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社畜復讐  作者: 我茶
3/5

第3章 観察者

仕事に疲れ、全てが壊れてしまった人間の悲しい復讐劇

離婚から三か月が経った。

相沢は変わらず会社に通っていた。

遅刻も欠勤もない。数字も最低限は達成している。黒田の叱責も減った。反論しなくなったからだ。感情を見せなくなったからだ。

人は、反応がない相手には興味を失う。

それに気づいたのは、離婚後すぐだった。

黒田が資料を机に叩きつけた日、相沢はただ「修正します」とだけ答えた。声の抑揚も、悔しさも、焦りもない。

黒田は一瞬、違和感を覚えた顔をした。

だが、それ以上は何も言わなかった。

怒りは、燃料が必要だ。

相沢は燃料になることをやめた。

昼休み、社員食堂の隅の席に座る。

以前は同僚と愚痴を言い合っていた。だが今は一人だ。

孤独は苦ではなかった。むしろ都合がいい。

人の会話がよく聞こえる。

「昨日も終電だよ」

「黒田マジで無理」

「転職サイト登録したわ」

耳に入る言葉を、ただ記憶する。

反応しない。相槌も打たない。

観察する。

会社の空気は、以前よりも濁っている。

いや、濁っていたことに、ようやく気づいただけかもしれない。

相沢はノートを買った。

表紙は無地。誰にも見られても問題ないよう、仕事用に見せかけた。

そこに、会社の構造を書き出した。

・人材不足

・慢性的な残業

・評価基準が不透明

・昇進は上層部の主観

・若手の離職率上昇

事実だけを書く。

感情は排除する。

復讐は、怒りでは続かない。

計画でなければ意味がない。

最初の対象は、新人だった。

今年入社の佐伯という男。二十三歳。真面目で素直。営業成績も悪くない。

ある日、佐伯が資料作成に悩んでいるところに声をかけた。

「大丈夫か?」

「あ、相沢さん。ちょっと、プレゼン資料で……」

相沢は椅子を引き、隣に座る。

丁寧に教える。黒田が求める視点。修正の癖。注意点。

佐伯は目を輝かせた。

「ありがとうございます! やっぱり経験が違いますね」

経験。

その言葉に、かつての自分が重なる。

「なあ、佐伯」

相沢は、さりげなく言った。

「この会社、五年後どうなってると思う?」

佐伯はきょとんとした。

「え?」

「いや、最近業績厳しいだろ。来期の予算も削られてるし」

事実だ。

「まあ……そうですね。でも、頑張れば」

「頑張れば、か」

相沢は小さく笑う。

「俺もそう思ってたよ」

それ以上は言わない。

否定しない。脅さない。

ただ、余白を残す。

人は、空白を勝手に埋める。

数週間後。

佐伯は残業が増えていた。黒田に詰められているらしい。

ある夜、佐伯がぽつりと漏らした。

「俺、向いてないんですかね」

相沢はパソコンの画面から目を離さずに答える。

「向き不向きってより、環境じゃないか」

「環境……」

「営業って、会社によって全然違う。うち、教育制度も整ってないしな」

また事実だ。

「転職考えてる人、多いぞ」

最後にそれだけ付け足す。

嘘ではない。

佐伯は黙り込んだ。

三か月後、佐伯は退職した。

理由は「一身上の都合」。

人事は深く追及しなかった。

黒田は「根性がない」と吐き捨てた。

相沢は何も言わない。

ただ、ノートに一行書き加える。

・新人1名退職(入社半年)

胸が高鳴ることはなかった。

達成感もない。

ただ、計算通りだと思った。

壊すとは、爆発させることではない。

削ることだ。

少しずつ。

誰も気づかない速度で。

その夜、帰宅した部屋は相変わらず静かだった。

冷蔵庫の音だけが響く。

ソファに座り、天井を見る。

ふと、自分の感情を探してみる。

罪悪感はあるか?

……ない。

佐伯を脅したわけではない。

嘘も言っていない。

選んだのは彼自身だ。

自分はただ、現実を提示しただけだ。

それだけだ。

相沢は目を閉じる。

以前なら、美咲の顔が浮かんだ。

今は浮かばない。

代わりに、会社の組織図が頭に広がる。

どこを削れば、どこが弱るか。

誰が抜ければ、どこが回らなくなるか。

それを考える時間だけが、心を静かにした。

彼はもう、当事者ではなかった。

会社という巨大な生き物を観察する、研究者のようだった。

そして研究者は、実験を重ねる。

次は誰にするか。

焦らない。

時間はある。

定年まで、あと三十二年。

十分すぎる。

相沢はゆっくりと息を吐いた。

壊れているのは会社だ。

自分ではない。

そう結論づけると、心は驚くほど穏やかだった。

その穏やかさこそが、

彼が最も失ってはいけないものだったのかもしれない。

だが、彼はもう振り返らない。

削る。

静かに。

確実に。

物語は、まだ始まったばかりだった。

昨日アップ忘れてました。

ごめんなさい


次回、4章は8日予定

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