表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

『地図にない町』

作者: 山太郎
掲載日:2025/12/27


『地図にない町』



金曜の夜、視界が白く弾けた。


気づくと丘の上にいた。灰色の空。枯れた草の匂い。風が冷たい。同僚たちが地面に倒れている。オフィスは消えていた。


スマートフォンは死んでいた。娘からのメッセージが、画面に残ったままだった。


「パパいつかえってくる?」


日曜は娘の誕生日だ。七歳になる。


遠くに町の灯りが見えた。


---


町は静かだった。


石畳の道、木造の家、ランタンの灯り。住民たちが出てきて、温かいスープを差し出した。湯気が顔にかかる。野菜の匂い。


「お休みください。帰る方法は、明日」


長老が微笑んだ。同僚たちは安堵した。


健二だけが気づいた。住民たちの笑顔が、全員同じ形をしている。口角の上がり方。目の細め方。判で押したように同じだった。


誰も「どこから来たのか」と聞かなかった。


---


日が沈むと、空気が冷えた。


「夜は外に出ないでください」


長老の声が低くなった。


「何が聞こえても、窓を開けないで」


部屋に入った。鍵をかけた。窓には厚いカーテン。


深夜、音が始まった。


何かを引きずる音。湿った呼吸。地面を揺らす重い足音。窓の外を、巨大な影が横切った。影が通り過ぎるとき、生臭い風が隙間から入ってきた。


隣の部屋から、大森の声がした。


「すごい……」


歓喜の声だった。


「全部、繋がってる……」


そしてすすり泣き。それから沈黙。


「ここにいよう」


抑揚のない声だった。


---


朝になった。


大森は住民たちと並んで座っていた。スープを啜り、パンをちぎり、穏やかに笑っている。


「いい町だな」


目が空虚だった。奥に何もなかった。笑顔は、住民たちと同じ形になっていた。


健二は町を歩いた。


北へ向かった。道が曲がった。気づくと広場に戻っていた。東へ向かった。道が曲がった。広場に戻った。


どこへ行っても、同じ場所に戻る。


路地裏で、壁に手をついた。


ぬるかった。


そして、動いていた。ゆっくり膨らみ、ゆっくり縮む。心臓のように。


井戸を覗いた。水を汲んだ。


赤かった。鉄の匂いがした。


---


夕方、長老が来た。


「帰りたいですか」


「帰りたい」


「方法があります」


心臓が跳ねた。


「北の丘に門があります。夜だけ開く。あの門を抜ければ、帰れます」


長老の目は穏やかだった。だが口元は、あの同じ笑顔だった。


---


夜になった。


健二は走った。あの音が響く中を、息を殺して走った。生臭い風。地面を揺らす足音。振り返らなかった。


丘の上に門があった。


石造りの門。その向こうに、見覚えのある景色。東京の夜景。ビルの灯り。車の列。


あと少し。


門に手を伸ばした。


ぬるかった。


そして、脈打っていた。


門の向こうの夜景が、歪み始めた。ビルが溶けた。灯りが濁った。見えてきたのは、巨大な口だった。歯が並んでいた。粘液が糸を引いていた。


背後で声がした。


「あの方は、見たいものを見せてくれるのです」


長老だった。住民たちが並んでいた。全員が同じ笑顔だった。


「あなたも、すぐ分かります」


足元が裂けた。


赤い肉が見えた。粘膜が光っていた。足首を、温かいものが包んだ。ゆっくり沈んでいく。膝まで。腰まで。


温かい。


不思議と、怖くなかった。


「パパ」


娘の声が聞こえた気がした。


「いつ帰ってくる?」


健二は目を閉じた。口元が緩んだ。あの笑顔の形に。


「ごめんな」


声に、抑揚はなかった。


---


朝になった。


町は静かだった。住民たちが歩き、笑い、日常を過ごしている。


広場のベンチに、男が座っていた。穏やかな顔。空虚な目。


遠くの丘の上に、人影が見えた。


新しい客だ。


住民たちは立ち上がり、迎えに向かった。


全員が、同じ笑顔で。



ここまで読んでいただきありがとうございます!

「面白かった」「続きが気になる」と思っていただけたら、

下にある☆☆☆☆☆から、評価ポイントを入れていただけると執筆の励みになります!ブックマークもぜひお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ