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貧乏令嬢と秘密のラウンジ~婚約者の浮気相手は私でした~  作者: 梅澤 空


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小さなお助け屋②

 気を取り直して、次の候補者だ。

 場所はちょっとおしゃれなオープンカフェ。

 やってきたのは、すこし古風だが仕立ての良いスーツを着た青年だった。


 没落男爵家の次男。爺さんいわく「育ちはいい。金に困ってて、なりふり構わないそうだ」とのこと。

 青年はハリエットの前に立つと優雅に一礼した。


「初めまして。今回の件何が何でもお引き受けしたいです」


 物腰は柔らかく、言葉遣いも完璧だ。先ほどの自称劇団員とは大違いである。

 これは期待できるとハリエットは少し奮発してアールグレイを注文した。


「それで、今回の依頼ですが」


 ハリエットは声を潜めた。


「場所は、今週末の船上で行われるパーティーになります」

「……」


 青年の手が止まった。カップを持つ指がカタカタと震えだし、顔色が青ざめていく。


「あ、あの、大丈夫ですか?」

「……ふ、船ですか?」

「ええ」

「揺れますか? 水の上、ですよね?」

「まあ、停泊中ですが多少は揺れると思います」

「うっ……」


 青年は口元を押さえた。


「申し訳ありません……私、子どものころから船に弱くて……絵本で船の挿絵を見ただけで吐き気が……」

「繊細すぎませんか!?」


 パーティーでエチケット袋を抱えたパートナー。目立ちすぎてしまい任務をこなせない。


「ありがとうございました。お大事に」


 ハリエットは青ざめた青年を丁重に見送った。


 アールグレイ代、三銅貨(ペニー)


 本人は悪くはない。ただ、今回のミッションとの相性が悪かっただけだ。それが余計に悔しい。


 今度こそは、とハリエットは公園のベンチで待ち構えていた。

 現れたのは、背筋の伸びた初老の紳士だった。

 元執事だという。主家が没落して職を失ったらしい。ガルシア家みたいなところが最近多いのだろうか。


(いやだわ……没落ブームでも流行してるのかしら)


「お任せください、お嬢様。船上でのパーティへのご同伴。完璧にこなしてみせます」


 頼もしい言葉だ。立ち居振る舞いも洗練されている。


「では、当日は私の『婚約者』という設定でお願いいたします。親密なふりをしてくださいね」

「かしこまりました」


 紳士は恭しくお辞儀をした。

 試しにリハーサルをしてみることにした。ハリエットが手を差し出す。


「さあ、参りましょうか」

「はっ! 滅相もございません、お嬢様!!」



 なぜか紳士は直立不動になり、冷や汗を流して後ずさった。


「使用人の分際で、お嬢様のお身体に触れるなど! そのような不敬できませぬ!」

「いや、だからそういう設定だし」


「なりません! 私の執事としてのプライドが許さないのです! どうぞ私を足置きになさってください! むしろ踏んで! 踏みまくって!」

「目立つし嫌だわ!!」


 ハリエットは額に手を当てて天を仰いだ。


 この人は職業人なのだ。ただ、真面目すぎて「対等なパートナー役」が出来ないだけだ。ただの変態ではないと信じたい。


 ハリエットは丁重に断り、彼に帰りの馬車代を渡した。


 ハリエットは港の見える公園の手すりに寄りかかり、魂が抜けたように川を見ていた。

 爺さんの紹介してくれた人は全滅だ。

 紹介料、飲食代、交通費。


 本日の損失、合計十八銅貨(ペニー)。母との食費三日分が、何の成果もなく泡となって消えた。


「まともな『男』がいない……全然いないなんて」


 ハリエットは乾いた笑い声を漏らしたとき。

 黒塗りの馬車が通り過ぎていくのが見えた。黒髪。灰色の瞳。一瞬だけ見えた横顔。

 ハリエットは舌打ちしそうになって、慌てて唇を噛んだ。


(……なんであの男は、いつもあんなに涼しい顔なのよ)


 認めたくないが、あの堅物だけは船酔いしそうにない。土下座もしないだろう。

 ハリエットは遠ざかる馬車を見送った。


(あの人が一番、『最適』だなんて)


 悔しいが認めざるを得ない。あの男のスペックの高さは異常だ。

 だが、彼には頼めない。

「ローズ」として長時間一緒にいれば、いつボロが出るか分からない。


(……あの目で観察されたら、絶対どこかでバレる)


 ハリエットは首を振った。


「……もう、男には頼らないわ」


 ハリエットは視線を馬車から外し、川に停泊中の巨大な客船へと向けた。

 パーティーの準備のためか、船の搬入口には多くの作業員が出入りしている。


 食料、酒樽、氷、そして美術品。


 次々と運び込まれる木箱を見て、ハリエットは閃く。


 以前、港で短期バイトした時のことだ。作業着を着て、重い荷物を運び続けた。あの時は指示ぐらいで他に誰とも話した記憶はない。誰にも気に留められなかった。


 ハリエットは自分の腕を見た。毎日の労働で鍛えた筋肉が自分にはある。


(……そうよ。何も馬鹿正直に正面から入る必要なんてないじゃない)


 招待状があるからと、客として乗ろうとするから同伴者なんて面倒なものが必要になるのだ。


 ドレスは持っている。鞄か何かに詰めて持ち込めばいい。


 まずは作業員に紛れて船に乗り込む。そして船内で着替え、「ローズ」として会場に現れればいいのだ。


「これなら、誰にも借りを作らずに済む」


 ハリエットの目に光が戻った。

 まずはフィンチ夫人の古着屋で汚れた作業着を調達しなくては。

 ハリエットは拳を握りしめた。今日の損失を取り返すため、彼女は力強い足取りで歩き出した。

大晦日ですね。

ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございます。


お知らせがございます。ストックが尽きてしまいました。


年始、充電期間をいただいて、一月五日頃から更新を再開する予定です。

ハリエットの奮闘はまだまだ続きます。


来年もどうぞよろしくお願いいたします。

良いお年をお過ごしくださいませ!

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