表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
貧乏令嬢と秘密のラウンジ~婚約者の浮気相手は私でした~  作者: 梅澤 空


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/17

謝罪のドレス

「……」


一瞬、思考が停止した。

なぜ、この男がここにいてローズを指名したのか。

ソーン団長と一緒に来店した時は、ハリエットと目が合っただけで一言も言葉を交わしていない。見つめられてはいたが、まさか一目ぼれ……なんてことはこの堅物にはありえないだろう。


(まさか――バレた? いや、一旦落ち着こう)


ハリエットは内心の動揺を押し殺した。

今の自分は「ローズ」だ。髪は艶やかに流し、化粧は濃い。昼間の地味な眼鏡娘とは別人だ。バレているなら、もっと違う反応があるはずだ。侯爵家の嫡男が、自分の「恥」になるようなことを黙って見過ごすとは思えない。


(……探りをいれてみようかしら)


ハリエットは営業用の笑みを貼り付けた。


「あら、お客様。先日ソーン団長さまとご一緒されていた方……ですか?」

「ああ」

「改めまして、ローズ、と申します。ご指名いただきありがとうございます」


そのままソファに腰掛けようとしたとき、レックスが口を開いた。


「先ほど、そこの廊下で支配人と話していただろう」


ハリエットの動きが中途半端なところで止まった。


「ドレスが必要だと」


(最悪だ! 聞かれていたなんて)


金がなくて店の衣装を借りようとし断られた。その一部始終を、よりにもよってこの男に聞かれていたなんて。


(どこまで見てたのかしら。まさか壁に頭を打ち付けてるところは見てないわよね?)


恥ずかしさで顔が熱くなる。だが、それ以上に疑問が湧いた。

なぜ、この男がそんなことを気にするのか。

ラウンジ嬢の事情に、貴族の騎士が首を突っ込む理由がない。まして、初対面も同然の相手だ。


「……お恥ずかしいところをお聞かせしてしまいましたわ」


ハリエットは曖昧に微笑んでみせた。


「お気になさらないでください。ラウンジ嬢にも色々と事情がございますの」

「俺が出そう」

「……は?」

「ドレス代だ。俺が払う」


あまりに唐突な申し出に、ハリエットは言葉を失った。

レックスの顔を見る。冗談を言っている様子はない。灰色の瞳は真剣そのものだ。


「冗談はおよしになって」


ハリエットは笑顔のまま、声のトーンだけ落とした。


「初対面も同然のお客様から、そのような申し出をいただく理由がございませんわ」

「理由ならある」


レックスはテーブルの紅茶に視線を落とした。


「先日、うちの……ソーン団長が、お前に不愉快な思いをさせた」


ソーン。あの野蛮なマントヒヒ男の名前が出ると腰に回された手を思い出した。仕事なので笑顔で受け流したが、本音を言えば拳で殴りたいぐらい嫌だったのだ。


「部下の不始末は上司の責任というが、今回は逆だな。俺は上官を諫める立場でありながら止められなかった」


レックスの声は静かだったが、どこか苦いものが滲んでいた。


「あの夜からずっと、どう詫びるべきか考えていた。金で済む話ではないことは分かっている。だが、せめて――」

「お待ちになって」


ハリエットは片手を上げて遮った。


「整理させてください。つまりお客様は、団長さまの非礼に対する謝罪として、私にドレスを買ってくださる、と?」

「そうだ」

「贈り物ではなく」

「ああ。これは謝罪だ。代償は払うべきだろう」


施しではない。借りでもない。あの不快な夜に対する慰謝料的なものなのだろう。

ハリエットは目の前の男を観察した。

レックスの表情に下心は見えない。打算も見返りも求める気配はない。ただ、真っ直ぐにこちらを見ている。


(本気で言ってるのかしら?)


ラウンジ嬢一人の不快感を、ここまで気にする貴族がいるものだろうか。それとも、何か別の思惑でもあるのか。


(あれ? ちょっと待って)


ハリエットは、ふと思い当たった。

この男は自分(ハリエット)の婚約者だ。あの地味な出で立ちの令嬢の。

そして今、「ローズ」にドレスを買おうとしている。

冷静に考えれば、最低の行為である。謝罪だの賠償だの理屈をつけてはいるが、やっていることは「女に貢ぐ」のと変わらない。

だが――ハリエットにとっては、都合がいい。

ローズとして受け取る金は、ハリエットとしての「借り」にはならない。


(このお人好しの財布を、利用させてもらおうかな)


ハリエットはゆっくりと目を伏せ、少し間を置いてから顔を上げた。


「お気持ち、ありがたく存じますわ。レックスさま。よろしくお願いいたします」


ハリエットは立ち上がり、優雅に一礼した。

ドレス代が浮いた。その事実に内心で小さくガッツポーズをする。


「では、今から行こう」

「今から、ですか?」

「ああ、大通りの仕立て屋なら、まだ開いているはずだ」

「あの、私まだ仕事が――」

「店には話を通してある」


レックスは懐から皮財布を取り出すと、テーブルの上に何かを置いた。


「お前の今夜の時間は、俺が買い取った」

「……はい?」

「行くぞ」


有無を言わさず、レックスが立ち上がる。ハリエットは置かれたものをちらっと見た。


(……金貨(クラウン)? 五枚!?)


目を疑った。ローズの時給換算で――考えるのをやめた。考えるとクラクラする。


(金持ちって、こういう生き物なのね)


ハリエットは内心で遠い目をしながら、立ち上がった。

浮いた金で何をしようか考える。久しぶりに肉屋に行くのも良いのかもしれない。母に栄養のあるものを食べさせてあげたい。


「では、お供いたしますわ」


ハリエットは「ローズ」の笑顔を浮かべ、私服姿の騎士のあとに続いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ