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どうも、お望み通りの悪女です。

作者: 千秋 颯

「ユリアーナ・フォン・ヴィンクラー!」


 私は大衆の面前で名を叫ばれる。

 鋭い声で私を呼んだのは婚約者のエトヴィン・バルドゥイーン・フォン・デアルツ第一王子殿下。

 私の婚約者だ。


 国中の人々が王都へ集まる建国祭の日。

 高位貴族が集められた野外パーティーの会場の真ん中で、私は多くの視線に晒される。

 その視線の殆どには疑念と恐怖、そして蔑みが含まれていた。


 そしてエトヴィン様の腕の中では青い顔をして崩れ落ちた侯爵令嬢パウリーネ様の姿があった。

 彼女の足元には落ちたグラスの欠片が散り、零れたワインが地面を赤く濡らす。


「貴様はついに、人としての一線を越えたな! この犯罪者が!」


(違う)


 エドヴィン様が何を言いたいのかは理解していた。

 私は首を横に振るがそれは無意味でしかない。


「俺の友であるパウリーネに嫉妬し、学園で陰湿ないじめをするだけでは飽き足らず、ついに殺人にまで手を出したか!」


 エドヴィン様はパウリーネ様が倒れた原因は彼女が飲んだワイン――私が彼女へ渡した飲み物であると言いたいのだ。

 私は王立学園で薬学と回復魔法を専攻していた。ヴィンクラー公爵家は山に囲まれた広大な領地を持っており、数多の薬草を採取して研究する事だってできたから、私は幼い頃から薬学に精通していた。

 故に毒を作り、飲み物に含ませる事だって可能だろうと彼は言いたいのだ。


「違います! 私はただ、使用人に勧められて――」

「この期に及んで弁明するつもりか! 証拠は揃っている! それにお前が薬に詳しいことなど、この場の大半が知っている事実だ!」


 そう、私は飲み物を配り歩いていた使用人から飲み物を受け取る際に、まだグラスを持っていなかったパウリーネ様にもと二人分の飲み物を勧められただけだった。

 そう思って辺りを見回したが、私に飲み物を勧めた使用人の姿は見つからない。

 考えが追い付かず視線を彷徨わせる事しかできない私は、ふと、パウリーネ様と目が合う。

 彼女は私を見ると、口角を釣り上げて歪な笑みを浮かべた。

 瞬間、私は全てを悟る。


 私は嵌められたのだ。


 この日、この場では建国の日を祝う国王陛下の挨拶の準備がされており、今は丁度陛下が挨拶をなさる直前であった。

 その為パーティー会場に設置されたいくつもの拡声魔導具が、この場の音声をデアルツ王国全土へ届けるために起動していた。

 つまり国王陛下の御前で行われた罪の追及は周囲の貴族や陛下のほか、国民中の耳にも届いていた。


 この場を切り抜けなければ私だけではなく家族の立場すら危うくなる。私は必死に弁明しようとした。

 しかし私の言葉は悉くエトヴィン様に遮られる。


 彼は笑っていた。

 当然だ。

 彼は政略的な婚姻関係を結んでいた私を毛嫌いし、パウリーネ様に恋慕していた。

 学園でも社交界でも、私と共にいる事を嫌い、パウリーネ様の傍から離れようとはしなかった。

 パウリーネ様もそんなエドヴィン様の王族として相応しくない行いを否定する事はなく、彼から与えられる愛を余すことなく受けていた。


 これは邪魔ものである私を排除する為に愛し合う二人が企てた罠だったのだ。


「貴様と婚約関係にあっただなんて考えるだけでも悍ましい! 他者を手に掛けようとしたお前には牢獄がお似合いだ! ――この悪女が」

「違います! どうか……どうかお話を!」


 私は周りに助けを求めたが、誰もが私から目を逸らした。

 そして――


「ユリアーナ・フォン・ヴィンクラー公爵令嬢を捕らえよ」


 陛下の一言によって私は騎士達に捕らえられ、王宮地下にある牢獄へと閉じ込められる事となった。




 それから数日を地下牢で過ごした。

 私はどうなるのか、私が罪人となる事で家族にどれだけの迷惑が及ぶのか。家族にまで罪が降り掛かることはないか。多くの不安が押し寄せてきて私は気が気ではなかった。

 そしてろくに眠ることもできず、牢獄の隅で膝を抱えていた時。

 鉄格子の前に、フードを深く被った人物が現れる。


「ユリアーナ・フォン・ヴィンクラー」

「……どなた、ですか」


 背格好や声から、相手が男性である事だけは辛うじてわかった。

 男はフードの下から見える薄い唇で弧を描くと私へ手招きをする。

 怪訝に思いはしたが、鉄格子越しでは互いになにも出来はしない。

 私は少々躊躇ってから彼へ近づく。


「貴女に頼みがある」

「罪人まで落ちぶれた令嬢にですか?」


 彼は騎士には見えなかった。

 であるならば揶揄いに来た余所者だろうか。

 ここから声を出せば見張りの騎士が駆け付けてくるだろうか。

 そんな事を考えていた私が息を吸い込むと、男は私の顔の前で人差し指を立てる。

 静かにしてくれという手振りだ。


「貴女に社会的地位を取り戻す機会を用意する。だから私に協力をして欲しい」


 そういうと彼は人差し指を自身の唇へ添えてから、深く被ったフードを持ち上げた。

 そこから覗く顔は見覚えのあるもので、私は思わず息を呑む。


 私は彼の顔をまじまじと見つめて、暫し思案してから、小さく頷きを返した。



***



 あれから一年が経とうとしている。

 私はその後多額の資金を手渡され、牢獄から脱した。

 脱獄などすれば私の罪は重くなり、家族にそのしわ寄せが行く。

 そう懸念したが、あの時の取引相手は自分を信じて欲しいと話した。


 結果、彼の言う通りにした私は一年間細々とした生活を続けながら逃げ続けることが出来たし、家族も社交界での地位は危うくなり、評判は落ちたものの公爵家という地位自体は残され、生活は出来ている状態のようであった。

 地位のある者の助力があったおかげだろう。


 苦労を掛けていることに変わりがないが、それももうすぐで終わる。

 私は荒んだ街を歩いて行く。

 かつては大都市の一つだったこの街は一年ほど前に、街全体に普及していた水路に混ざり込んだ不純物のせいで感染症が広まり、廃れてしまった。

 私は医者と協力し、自身の知識を遺憾なく発揮し、流行り病に対抗する薬を開発した。

 お陰で病気による死亡者はいなくなり、街も少しずつ復旧が進み始めている状態だ。


 こんな感じの人助けを、私は一年間続けて来た。

 これは取引相手からの助言ではなく、私の性格の問題。

 人を助けられる能力があるにもかかわらず、苦しむ人々に見て見ぬフリをする。それを許容できなかったのだ。


 だからただ逃げるのではなく、旅先で苦しむ人達の為に薬を作ったり、敢えて次の滞在先に病で苦しむ地域を選んだりして生きて来た。


「そろそろね」


 呟いた時。

 空から一羽の鳥が舞い降り、私の腕にとまる。

 私はその鳥の足に付けられた手紙を取り外し、内容を確認する。


 数々の連絡事項と共に、日付と場所の指定が書かれていた。

 私は静かに微笑みを浮かべるのだった。



***



 人々で埋め尽くされた王都。

 無数の屋台が並び、客寄せやはしゃぐ子供などの声が馬車の扉越しにもよく聞こえる。

 私はその風景を視界に留めて微笑んだ。


 今日は建国祭。

 あの断罪から一年が経った同じ日だ。


 馬車は王宮前で停まる。

 早まる鼓動を抱えて馬車を降りれば、私の前に手を差しだす者がいた。


「久しぶりだな、ユリアーナ嬢」


 手を差しだしたのは銀髪に青い瞳を持つ端正な顔立ちの青年。

 一年前、鉄格子を隔ててみた顔と同じ顔がそこにあった。


 ギルベルト・フロレンツ・フォン・デアルツ第二王子殿下。

 一年前の協力者であり、密かに王位を狙う野心家だ。

 同い年である私たちは学園で顔を合わせる機会があった。そして勿論、エドヴィン様関係で王宮をお邪魔する際にも。


「ご機嫌よう、ギルベルト殿下」

「元気そうでよかった。さ、野外パーティーは既に始まっている。早々に支度にとりかからなければ」

「はい」

「不安に思う事はないよ。貴女は胸を張っていればいい。なんたって今日は――貴女の為の晴れ舞台だからね」


 ギルベルト様が不敵に笑う。私もつられて笑いながら、彼の手を取った。

 私達は王宮へと足を踏み入れる。




 野外パーティーの会場である庭園で人々はグラスを持つ。

 設置された拡声魔導具が起動し、人々は国王陛下が庭園の真ん中へ立つ瞬間を待つ。


 その中で、一組の男女が互いに夢中になり、グラスを受け取ることを失念していた。

 そこへ使用人が飲み物を運びにやって来る。


「失礼いたします。お飲み物をお持ちいたしました」

「ああ」


 男性が二つのグラスを受け取り、その内一つを女性へ渡す。

 その時だ。

 拍手と共に国王陛下が姿を見せる。


 陛下は丁寧な挨拶を述べた後、自身が持っていたグラスを掲げた。


「これまでの、そしてこれからの我が国の繁栄に――乾杯」

「「「乾杯」」」


 パーティーの参加者らがそれぞれ飲み物に口を付ける。

 そして、宴の賑わいが再来しようとしていた、その時。


「皆様、どうかご注目ください」


 そのような言葉が高らかに投げられる。

 そうして陛下の御前に立ったのはギルベルト様。

 不思議そうに目を丸くした皆の視線を受けながら、彼は話を続ける。


「私はデアルツ王国第二王子、ギルベルト・フロレンツ・フォン・デアルツ。今この場をお借りして、お話させていただきたい事がございます」


 事前に話しは通していなかったのだろう。

 国王陛下までもが目を剥いて、ギルベルト様を見ていた。


「さて、本題に入る前に……今からの話をする上でお招きしなければならないお方がいらっしゃいます。どうぞ、こちらに――ユリアーナ・フォン・ヴィンクラー公爵令嬢です!」


 その声と共に、先程飲み物を配っていた使用人――私はギルベルト様の隣へ出る。

 どよめきが走る会場の中で私は、淑女らしく恭しいお辞儀をする。


「ゆ、ユリアーナ……!?」

「う、嘘でしょう!?」


 エドヴィン様とパウリーネ様が悲鳴じみた声を上げる。

 私の心は怒り一色で染まっていたが、それを何とか内側だけに留めて微笑む。


「それではお話させていただきましょう! 我が兄エドヴィンと、その婚約者であるパウリーネ嬢。彼らが犯した一年前の罪について」


 ギルベルト様の言葉にエドヴィン様とパウリーネ様の顔が一層強張る。

 彼らだけが、ギルベルト様の言葉の真意に気付いているのだろう。


「あら、ギルベルト様? このようにお膳立てされようと、私からお話しする事は殆どありませんわ」


 私は二人へ見せつけるように勝ち誇った笑いを溢す。

 恐らくその目だけは鋭く冷たかった事だろう。

 エドヴィン様が何かを言おうと口を開くが私はそれを遮る。

 まだ話されては困るのだ。


「公爵令嬢ともあろう人間が、このような姿で失礼いたします。しかし、これには理由があるのです」


 今の私は使用人の給仕服に身を包んでいる。

 ドレスを身に纏っている訳ではないが、品のある仕草を気に掛けながら私はエドヴィン様とパウリーネ様を示した。


「私は私が調合した薬をお二人に飲んでいただく必要がありました。ですからこのように王宮の使用人を装い、このめでたい場へお邪魔させていただいたのです」


 二人はすぐに気付いただろう。

 先程飲んだワインが、ただ喉を潤す為のものではないということに。

 しかし顔を青くさせた二人は恐らく、混ぜられた薬の正体を履き違えている。

 私は決して、人体に影響を与えるような毒は入れていない。


「王宮への侵入、そして尊き立場のお方とその婚約者様に異物を摂取させた事。それらに対する罰は受けましょう。……しかしそれらの罰を覚悟してでも、私はこれを成し遂げなければなりませんでした」

「どうか私の立場に目を瞑り、この場をお借りさせてください。彼女の処遇については……全てが終わった時に改めてご判断いただきたい」


 私の言葉を聞いていた国王は目を剥き、見張りの騎士を私へ送ろうとする。

 それを止めたのはギルベルト様の口添えだ。

 彼のお陰で国王や騎士、そのほか周囲の人々は私を排除する姿勢ではなく、出方を窺う姿勢を見せた。


 私はコホンと咳払いを一つする。


「毒ではない。ならば何か――」


 それはこの場にいる者全ての疑問だっただろう。

 私は人差し指を立て、笑顔で言い放つ。


「――自白剤です」


 ほんの一瞬。誰もが黙る時間が生まれた。

 刹那の静寂。その直後に広がる困惑の声。

 その中で、エドヴィン様とパウリーネ様はただただ愕然としていた。


「強く念じた、思った、考えた――そう言った事柄がそのまま口から零れてしまう薬です。人は何かを問われればその事について考えずにはいられないでしょう。ですから私はこの薬を用いて今から――エドヴィン様とパウリーネ様にいくつかの質問をします」

「ああ、耳や口を塞ぐのは構わないが、余り推奨はしませんよ。……罪人であるはずの彼女を前に、後ろめたさを感じていることを証明するようなものですからね」

「自白剤の話は本当なの? だとしたらあれについて考えないようにしないと」

「ま、まずい……っ、嵌めた事について聞かれるに決まっている……!」


 さて。ギルベルト様が忠告をされた直後、私が何かを問うよりも先に、二人はぺらぺらと話し始める。

 勿論、薬の効果によるものだ。

 エドヴィン様とパウリーネ様はそれぞれ自身の考えていることがそのまま言葉になってしまった事に気付き、血の気を引かせる。


「あらあら。まだ何も聞いていないというのに、ご自身でお話しくださるのですね?」


 そして彼らの発言と反応を見ていた大半の者は、私が混ぜた自白剤が本物であると理解しただろう。

 敵意を孕んだ無数の視線が薄れ、彼らの注意は完全にエドヴィン様とパウリーネ様へと移った。


「ではエドヴィン様とパウリーネ様。たった今ご自身がおっしゃった『あれについて』、『嵌めた事について』。お聞かせいただけますか?」

「考えるな、考えるな、ユリアーナに殺人の罪を着せたなどと話せば王位継承権す、ら……あぁぁ……?」

「毒を飲んだふりをしていただけなんてバレたら……っ、へ、ぁ、ぁああっ」

「素直に教えてくださって、どうもありがとうございます」


 勝手に動く口に困惑と恐怖を膨らませる二人。

 私は更に問いを投げる。


「エドヴィン様とパウリーネ様はお二人が婚約者という関係になる為、何も知らない私に罪を着せて排除したと。私はそう認識しておりますが、あっていますか?」

「違うと言え!」

「否定しなきゃ!」

「そうですか。因みに、私にパウリーネ様の飲み物を運ばせた使用人と、パウリーネ様を診察したであろう医師は買収されたのですか?」

「薬師も……」

「解毒するフリをするやつ、を」

「ああ、確かに。まあ王子殿下はお小遣いには困りませんものね?」


 口を開けば開く程掘られていく墓穴。

 二人は必死に口に力を入れ、閉じ続けようとしていたがそんな事は無駄だった。




 その後続いた尋問で、二人は私へ冤罪を被せるまでの過程を事細かに白状した。

 本当に事細かで、当事者でなければ話せないような告白を疑う者はいなかった。

 やがて二人は意志とは勝手に動き続ける口と、どんどん浮き彫りになる自分達の罪を恐れて泣き始めた。


「さて、これで一年前の私の罪は晴れましたか?」


 周囲が返すのは沈黙。

 それこそが答えだ。


「ひっ、ぐ、ユリアーナを゛、けせ、けせると思ったのに、わたしのほうが、かわい゛、ぐてぇ、ふさわし、が、ただけなのにぃ゛」

「俺の地位がぁ……ごんな奴のぜいで、国王の座があ゛あぁっ、もうゆるじでぐれよぉ゛ぉ゛っ」


 二人とも涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。

 私の罪は晴れ、誤って失墜させられた私や家族の名声は一年越しに取り戻される事となるだろう。

 けれど――これだけで終わらせるつもりはない。


「あら。まだ聞きたいことは山ほどありますよ?」


 その言葉に二人は震え上がる。

 私は笑みを深める。


「東の街で流行った感染症。水路を汚染し、多くの民を死なせたのは旅行で訪れた貴方方ですか?」

「北で魔物の死骸を腐敗させ、土を腐らせ、子供を死なせたのは貴方方ですか?」

「西の農村の畑で隣国で高値で取引をされているという情報しかない得体のしれない草――麻薬のもとを作らせ、社会的に死に行く村人たちを見捨てたのは貴方方ですか?」

「南の隣国へ自国の国家機密を漏らし、利益を得ようとしたのは貴方方ですか?」

「貴方達はそれら全ての罪を自覚しながら、権力と財力でもみ消し、多くの民を見捨てましたか?」


 私は早口で、淡々と問い続ける。

 これらの情報は私が訪れた地で実際に目の当たりにし、耳にした事ばかりだ。

 そしてそれらの情報の裏付けとなる証拠は全てギルベルト様が入手してくれている。


 私への冤罪など、可愛いものだ。


 彼らは己の欲の為に、この一年で数えきれない程の罪を重ねた。

 それら全てが、決して許されるべきではないものだ。

 憤りから釣り上げた口角が引き攣る。

 今の私は余程歪な嘲笑を浮かべていた事だろう。


「さあ、お答えくださいませ! 罪をお認めになってくださいませ! この声が全国民へ届く、今この瞬間に!!」


 全て心当たりがある。自分が全て話してしまうとわかっている。

 そして話してしまえば自分達は間違いなく社会的に死んでしまう。

 それがわかっていたからこそ、二人は正気ではいられなかった。


 パウリーネ様は絶叫し、頭を掻きむしって蹲りながら自分の行いを語った。

 エドヴィン様は自身の口を両手で塞いで無理矢理声を殺した。けれど結局、パウリーネ様が全て話してしまったのでその努力は水の泡だ。

 二人の罪は拡声魔導具によって国中へ広められる。

 うつ伏せになって泣きじゃくるパウリーネ様。その傍で泣きじゃくりながら呆然とするしかないエドヴィン様は、両膝を付いたまま、うっすらと微笑む私を見上げた。


「…………悪女」

「あら。おかしなことを言うのですね」


 ころころと、私は笑う。

 目だけは、エドヴィン様を睨みつけて。


「私が悪女になる事を望んだのは、貴方方でしょう? エドヴィン様」

「あ……あぁ……っ」

「私はただ――お望み通りの悪女になったまでですわ」


 エドヴィン様はその後、子供のように泣き喚いた。




 その後、私やパーティーに参加していた家族は陛下直々に謝罪を受け、また私が冤罪であったという話は陛下の口から国中へ広められた。


 また後日。

 エドヴィン様は王族としての地位を剥奪され、国外追放。

 パウリーネ様は処刑が決まった。


 王宮のテラスでお茶をしながら、私はその話をギルベルト様から聞かされた。

 冤罪騒動に終止符が付き、公爵令嬢としての生活にも落ち着きが見られるようになった頃、私はギルベルト様に王宮へ招かれていた。


「私が貴女に手を差し伸べた理由? 大方見当はついているだろう?」


 二人きりのお茶会で私が投げた問いにギルベルト様は目を瞬かせる。

 話が途切れないようにという理由だけで切り出した話ではあったが、確かに彼の言う通りだった。


「王太子の座ですよね」

「ああ」


 ギルベルト様は第二王子だった。この騒動の前までの王位継承権は第二位。

 王太子になるには継承権の順位をひっくり返すだけの功績か、上位の相手を引きずり落とす情報が必要だった。

 慎重派な彼はその両方を手に入れるべく、偶然婚約破棄の為に罪を着せられた私を利用したのだ。


「国王になりたいというのもあるけれど……あんな人間が国の長となる事を考えるだけでゾッとするだろう」

「それは同感ですわ」

「まあ、それ以外にもあるんだが」

「野心の他に?」

「簡単な話だ。貴女のように優れた方がただ蔑ろにされてしまうのが許せなかったのさ」

「……私達、学園でもただの知人くらいの立ち位置だったかと思うのですが」

「貴女にとってはそうだろうね」


 ギルベルト様は小さく笑いながらカップに口を付ける。

 それだけで絵になってしまう彼の姿に見入っていると、ギルベルト様の視線が私へ向けられる。


「ところで、公爵令嬢へ舞い戻ったのはいいが、婚約相手はいなくなってしまっただろう」

「ええ。探すのも一苦労しそうですわね。なんせ、自白剤を一人で作って、勝手に仕込んでしまう女ですから」

「であれば、私はどうかな」


 意外な提案だった。

 しかし静かに微笑む彼の耳が僅かに赤いことに気付き、私はそれが冗談ではない事を知る。


「疑わしいと思う事があれば言ってくれていい。自分から自白剤を飲んでみせよう」

「……そんな口説き文句は初めて聞きましたわ」


 ギルベルト様が声を上げて笑う。

 それにつられて笑いながら、私は思った。


 彼が私に手を差し伸べた理由は、もう一つあったのだろうと。

 そして、売られた恩(・・・・・)を持つ私は、彼の提案を承諾する。


 こうして私は再び王族の婚約者として返り咲いたのだった。


 ――今度こそは自白剤を必要としない、健全なお付き合いが出来るだろう。

最後までお読みいただきありがとうございました!


もし楽しんでいただけた場合には是非とも

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それでは、またご縁がありましたらどこかで!

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