ツンデレ転生令嬢は、モブの兄をスパルタ教育中
買い物に行った時、お兄ちゃんの服を一生懸命選んでる妹とそれを黙って受け入れるお兄ちゃんを見て、微笑ましいなあと。でも書いてみたら違う方向に(笑)
イザベラ・グリーンは自分が転生者であることを思い出した。
原因は木に登ろうとしたところを落ちたからだ。イザベラは男爵家の四女である。つまり、礼儀作法ができてなくても誰も困らない。むしろ家庭教師をつけるお金の方がもったいない。
それよりも問題は、兄である。自分のことは覚えがないが、すぐ上の兄の顔は知っていた。前世で遊んでいたゲームにちょっとだけ出てくるモブキャラである。
異世界から招かれた聖女が通うのは、貴族たちの通う学園。そこで聖女は王太子やら大臣の息子やら騎士団長の息子と恋愛模様を繰り広げるわけなのだが、兄はその入学式の日に現れる。聖女の前で他の貴族に馬鹿にされている兄を、聖女は助けるのだ。そして。
「あなたはそのままで素敵よ。」
とか言われてその気になってしまう。
しかし聖女は他の候補者と仲良くなる。そういうゲームだから。
そして兄は怒って、聖女を殺そうとし、その時一番仲の良い攻略相手に成敗されてしまうのだ。
さらにその後、家も断絶する。つまり。
「このままだと私も死ぬってことじゃない!」
イザベラはベッドの上で思わず叫んでしまった。自分の声がたんこぶに響く。
「いたた……。」
「イザベラ様?」
心配そうに覗き込む侍女に、なんとか笑顔を返す。
「大丈夫。なんでもない。ところでさ、兄様が学園に行くのっていつだっけ?」
侍女は少し考える。
「四月に入学ですから、三月の後半には家を出られると思いますよ。」
今は一月の終わり。この世界でも一ヶ月は三十日。兄が成敗されるのは入学して一ヶ月くらい経ってからだから。
「あと百日……。」
なんとしても救わなきゃ!
救う方法その1。学園に行かせない。
ということで、イザベラは父親の書斎にやってきた。ちょうど母もいて、二人でお茶をしていたらしい。
「イザベラ、木から落ちたと聞いたけど、大丈夫かい?」
「ええ。初めてではないですから。」
「……もうちょっとお淑やかに過ごしてもらえると嬉しいのだけどね。」
母親の言葉は無視をして父親にお願いをする。手を前に組んで必殺のお願いポーズだ。
「お父様。お兄様はどうしても学園に行かなければなりませんか?ここでだって学べると思うのです。」
「あらあら。イザベラってば。いつからそんなお兄ちゃん子になったのかしら。大丈夫よ。三年もあれば戻ってきますからね。」
揶揄うような母親の言葉に、イザベラはカッとする。
「べ、別に寂しいとかそういうわけじゃないんです。ただ、お兄様が都会に行ったら絶対にいじめられますわ。私はそれを阻止したいんですの!」
「確かにカインは人と話すのが苦手だからねえ。僕から止めるようには言えないけど、イザベラのお願いなら聞いてくれるかもしれない。本人に直接話をしてみたらどうだい?」
「お兄様が行きたくないと言ったらよろしいんですのね?」
「もちろんだとも。」
「分かりましたわ!」
イザベラは意気揚々と部屋を出ていった。父親が母親に尋ねる。
「カインの話、イザベラにしたのかい?」
「いいえ。でも、あの様子だと可能性が出てきましたわね。」
父親と母親はうふふと笑いあった。
兄のカインは、植物が好きな物静かな人だ。よく言えば。社交界的には、相手を楽しませる会話もできない暗い人になる。
それでもイザベラにとっては優しい兄だった。お茶会に母が呼ばれ、子供同士で遊んでいるように言われる時でも、カインは1人でその庭園の花や木を見つめている。悪ガキがいてカインをいじめてるのを助けるのは、いつもイザベラの役目だ。イザベラは正義感の強い子だった。
「お兄様。学園に行くのはおやめくださいませ。」
「どうしたんだい?イザベラ。そんな丁寧な話し方で。悪いものでも食べたのかい?」
急に入ってきたイザベラに驚きもせず、カインはいつもの静かな声で話す。
「別に悪いものなど食べてませんわ!ちょっと考え方を改めただけです。」
「そうかい?ならいいけれど。僕は学園に行って、植物のことについてもっと勉強したいんだよ。そうしたら、この領地だってもっと栄えるだろう?イザベラだって一年後には学園に通うんだよ?僕が先にどんなところか見ておいてあげるから。」
「一年後じゃ遅いんですの!」
イザベラが地団駄を踏むと、カインは口の端をちょっとだけ上げた。
「遅いのかい?」
「ええ。お兄様は学園できっといじめられますわ。一年も一人で耐えられるとは思えません!」
「イザベラはそう思うんだね。」
カインはちょっと考えるそぶりを見せた。
「じゃあ、こうしよう。僕がいじめられない方法をイザベラが考えてくれるかな。」
「いじめられない方法。」
確かに、カインがいじめられていたから聖女と関わりができるのだ。そこがクリアできれば、ストーリーを変えられるかもしれない。
「それ、それですわ、お兄様。」
イザベラは兄をじっと見る。髪がボサボサとしていて、顔が見えない。
「お兄様、ちょっと失礼しますわ。」
「な、何をするんだ。」
イザベラがカインの髪を持ち上げると、カインは顔を赤くして視線を逸らす。顔は悪くない。父親譲りの緑の目が多少垂れ目で、可愛げがある。が、ニキビがひどい。絶対に髪の毛のせいだ。
「まずは、髪を整えてスキンケアをいたしましょう。」
「別に僕はこの髪型でも困らないんだけどなあ。」
そんなことを言っているから、聖女に「あなたはそのままで素敵ですわ。」とか言われて舞い上がってしまうのだ。
「お兄様、人間だって植物と一緒です。丁寧に世話をすれば、ちゃんと応えてくれますわ。今のお兄様は世話をしてない植物と一緒。そんな庭師がいたらお兄様、なんて仰いますの?」
カインはきょとんとした顔をしたあと、破顔する。
「なるほどなあ。そんなふうに考えたことはなかったよ。僕は自分を育てる庭師としては最低のようだ。じゃあ、僕の庭師として、手入れを手伝ってくれるかい?イザベラ。」
「もちろんですわ!」
カインの気が変わらぬうちにと、イザベラは執事を連れてきた。
「お兄様の髪を美しく整えて欲しいのだけど、あなたにお願いできるかしら。」
執事はイザベラをじっと見て頷いた。
「もちろんですとも。では、庭でお切りいたしましょう。」
執事がカインと外へ行っている間に、イザベラは自分の侍女のところへいく。
「お兄様にスキンケアをお願い。顔だけでいいから。ニキビがすごいのよ。それから眉も整えて欲しいの。」
ニキビができやすいのはイザベラも一緒だ。だからいつも侍女が気を配ってくれている。
「分かりましたわ。イザベラ様のお道具を使わせていただいてよろしいですか?」
「もちろんよ!」
しばらくすると、カインが執事と戻ってきた。うねりのある茶色の髪が整えられ、何よりも綺麗な緑の目がしっかりと見える。
「その方が素敵でしてよ、お兄様。」
「そ、そうかい?」
カインはちょっと嬉しそうに顔を赤らめる。
「次はスキンケアですわ。侍女にお願いしてありますから、そこにお座りになってくださいませ。私、その間にお兄様に似合うような服を探して参りますわ。」
「動きやすいものにしてもらえると嬉しいな。」
カインの服は色々と母親が用意してくれていたのだが、汚れると嫌だからと、そのほとんどが奥の方に追いやられていた。その中でもカインに合うような色を探す。
「黒は定番よね。キャメルブラウンも素敵かも。」
服は本人の意向もあり、シンプルで動きやすいもの。それでも身体にあった服は兄の細身の身体を引き立たせた。お兄様、細マッチョだったのね……
その服でその日の晩餐にカインが行くと、全員が目を丸くした。
「こりゃ驚いた。カインがいい男になってる。」
「イザベラがやってくれたんだよ。」
「へえ。イザベラがなあ。どうする?カインが学園でモテモテになったら。」
からかうような長兄の言葉にイザベラは肩をすくめた。
「別に構いませんわ。いじめられるより100倍良いですもの。あ、カインお兄様。肉だけじゃなくて野菜を食べてくださいね。」
植物を育てるのが好きな癖に、カインは野菜が苦手なのだ。
「そうそう。お母様。お茶会を開いていただけませんか?見た目はなんとかしましたけれど、お兄様の話し下手は直しておりませんから。」
「そうねえ。カインもいいかしら?イザベラ一人でお茶会に出るよりも一緒の方がいいと思うけれども。」
母親は何故か「一人で」というところをやたら強調した。
「そうですね。何かあってもいけませんから。僕も頑張りますよ。それから父上。あとで少しご相談が。」
「もちろんいいよ。後で書斎においで。」
そして一ヶ月後。イザベラの家でお茶会が行われた。招かれたのは近くの領地にいる同年代の子供たちだ。イザベラにとってはいつものメンバーだが、相手にとっては違ったらしい。
「ちょっと、カイン様ってあんなにかっこよかったの?気づかなかった。」
「当然ですわ。私の自慢のお兄様ですもの。」
兄を褒められ、イザベラは誇らしげに答えた。
顔にあったニキビも全て消え、今の兄はイケメンである。
「ちょっとお話ししてきてもいいかしら。」
そのためにみんなを呼んだのだ。女の人と話すことも覚えてもらわなければ。
「どうぞどうぞ。」
カインの周りに女性達が集まって話を始める。カインも逃げたりせずににこやかに話をすることができている。
この一ヶ月の練習の賜物だ。侍女をお茶会の相手に見立てて何度も話す練習をしたのだから。
「イザベラ嬢。よろしいですか?」
満足そうに一人でお茶を飲んでいると、一人の男が声をかけてきた。隣の領地に住んでいる男の人だ。学園に通っていて、たまたま帰ってきていたのでお茶会に来たのだと、母親が言っていた。
「ええ。もちろんですわ。学園のお話など聞かせていただけるかしら。」
いそいそと男が隣に座ると、なぜかカインがやってきた。
「やあ、イザベラ。楽しんでいるかい?」
「ええ。この方が学園の様子を教えてくださるとおっしゃっていますの。」
「僕も一緒に聴きたいな。なにしろ四月からは僕も通うんだからね。」
イザベラを挟んで男の反対側に座ると、カインはにこりと笑う。
どうやらカインも人と話すことに少しは慣れてきたようだ。
イザベラはほっとした。
そして、カインが学園へと向かう日。
「私も一緒に行きますわ!」
「イザベラ。わがままを言ってはいけないよ。」
侍女にはがいじめにされているイザベラに、父親が困ったように言う。
「もうカインはいじめられることはないよ。それはイザベラも分かっているだろう?」
「それは、分かっていますけど、でも!」
イザベラの命もかかっているのだ。できれば聖女との出会いの場面は近くにいたい。接触できないように近くで見張っていたいのだ。
カインがイザベラのところにやってくる。
「可愛いイザベラ。僕は大丈夫だから。あと一年待っていてくれるかい?」
顔に手を添えられ、甘い顔で懇願されると、イザベラの顔は自然と赤くなった。
「せめて、入学式の時は行けませんの?お父様は行かれるのでしょう?」
「確かに僕は行くけれどね。一体何が心配なんだい?イザベラ。」
イザベラが心配しているのは、もうこの一点だけだ。
「お兄様が変な女に引っかからないか心配なのですわ!特にピンクブロンドの女には注意ですわ!」
「変な女ねえ。」
父親はツボに入ってしまったのか、横を向いて必死で笑いを堪えている。
「心配しなくても、僕はイザベラ以外の女の子と仲良くする気はないから大丈夫だよ。」
カインがこそっと耳元で囁いた。
「……え?」
カインがイザベラから離れる。
「では行ってまいります。父上、お約束はそのままで。」
「ああ、分かってる。」
イザベラはまだ知らない。
自分がこの家の養女であることを。
そして家族の全員から「ツンデレで可愛い」
と思われていることを。
読んでくださり、ありがとうございます。
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