『ざまぁ』ならやり返します。
連載物を毎日書き続けていたら、短編が無性に書きたくなって……。
楽しんで読んでいただけたらうれしいです。
「スターイン子爵令嬢アナスタシアを告発いたします!」
学生達が学期末のパーティーを楽しんでいる学園の大広間。
そんな和やかな場に似つかわしくない言葉と声が響き渡った。
声を上げたのはマイヤーリング公爵家のロザリンド嬢。
告発されたのはスターイン子爵家のアナスタシア嬢だ。
ふたりは仲の良い友人だったはず……。
ロザリンドは彼女の第一声で静まり返った大広間の一段高い壇上で、婚約者の隣に立ちアナスタシアを見下ろしている。
アナスタシアは驚きのあまり立ち竦み、右手を胸に当てて戸惑っているように見えた。
「……ロザリンド様?」
アナスタシアがやっとの思いで、ロザリンドに声を掛けるがその声に被せるようにロザリンドが叫ぶ。
「アナスタシア!
あなた、私の婚約者であるアーネスト王子殿下を誘惑していたわね!
それも何度も何度も!!
私と友人として付き合っていたのもそれが目的だったのでしょう!
私とアーネスト様がそれに気がつかないとでも思っていたの!?」
アナスタシアは右手を口元に当て震えている。
ロザリンドの隣に立つアーネスト王子がそんなアナスタシアを冷酷な笑みを浮かべて見下ろした。
「君の魂胆はもうわかっている。
ロザリンドの良い友人だと思っていたが……。
そんな浅ましいことを考えている女だったとはな!」
アナスタシアは顔をしかめて「……なんのことでしょう?」とやっと声を絞り出した。
シーンとしている大広間にその小さな声は良く響いた。
その自分の声にびくっとしたアナスタシアはわけがわからないという表情でロザリンドを見上げた。
「ロザリンド様、私……、あなたに優しくして頂いて……。あなたを苦しめるようなことは何もしていません!」
華奢な身体に白い肌、淡い金髪に青い瞳。
儚げな美しさで男子生徒に隠れた人気があるアナスタシアだ。
涙目で震えながら懸命に弁明しようとする姿は大広間にいる男性達からある種の熱を持って見つめられている。
女性達はその気配を感じ取って……、ロザリンドの味方をすることに決めたようだ。
「何もしていないとおっしゃるのね?」
ロザリンドが口角を上げて微笑む。
自信満々な笑みだ。
「はい、私はロザリンド様と一緒にいたことは多かったので、アーネスト王子殿下と顔を合わせることは確かにございましたが、それはロザリンド様の友人としての立場で……」
「そう……、ひとつひとつ言わなきゃわからないようね……」
ロザリンドは艶のある赤茶色の長い髪を揺すってさらっと手で流す。
女性達はその仕草に知的なものを感じたようだ。
「では、1カ月前あなたは学校の中庭でアーネスト王子殿下を呼び止めましたね。
ひとりで、しかもたくさんの人がいる中で!」
「ひとりで?」「中庭で殿下に声を掛けるとは!?」「ロザリンド様の婚約者と知っているのに?」
ざわつく大広間の学生達。
中庭は恋人達が過ごす定番、あるいはこれから告白しようとしている者が相手を呼び出すのによく使われている場所である。
「あ……、1カ月前? 中庭?
あれはロザリンド様に頼まれて!」
「声を掛けたことは認めるのね?」
「は、はい、確かにアーネスト殿下に声は掛けましたが、それはロザ……」
ざわつく声が大きくなりアナスタシアの声はかき消されてしまう。
「では次よ!
期末テストの一週間前のクラブ活動が休止に入った日のこと。
あなた、クラブのお知らせがあるとアーネスト王子殿下を部室に呼び出したわよね?」
アナスタシアの顔色から血の気が失せる。
「そ、それはロザリンド様に頼まれて!
試験前だから、会うのをやめなくてはいけないけれど、この手紙を渡して……」
またもや『手紙を渡して』のあたりでアナスタシアの声はざわめきに押し潰されてしまう。
「まあ! 手紙ですって!」「どんな手紙だったのかしら!」「ふふふ、おとなしそうな顔をなさっているのにやることは大胆ですのね!」
アーネスト王子が芝居がかった仕草でポケットから封筒を取り出した。
「これが、その手紙だ」
女生徒から悲鳴のような声が上がる。
「皆も興味があろう?
『愛しいアーネスト王子殿下。
私、あなたにロザリンド様がいることをわかっているのにこのお慕いする気持ちを止めることができません。
一度でいいので、私と学園外でお会いして頂けないでしょうか……。
あなたに恋するアナスタシア』
なあ、こんな頭の悪そうな手紙を渡されて、私は大いに困惑したよ!」
アナスタシアの顔色はもう真っ白と言ってもいいだろう。
ロザリンドがさらに声を張り上げる。
「それから、試験が終わり、私とアーネスト様が学園外で久しぶりのデートを楽しんでいる時ですわ!
あなた、私達のデート先に現れたわね!」
ざわつく声の中に悲鳴も混じる。
「なんて恐ろしい!」「ストーカー!?」「そんな学園の外まで追いかけるなんて!!」
ざわざわがなかなか引かない。
ロザリンドが片手を上げると、周囲は彼女の意を汲み静かになった。
「アナスタシア、あなた、私がちょっとアーネスト様のそばを離れた隙に近づいて声を掛けたわね?」
アナスタシアは喘ぐようにして、それでも言葉をなんとか発した。
「本屋で……でも、それはアーネスト王子殿下を……」
「認めたわ!!」「学園外でも殿下に声を掛けるとは!!」「しかも、ロザリンド様とのデート中よ!」
うねるような大きなざわめきに打ちのめされたようにアナスタシアはその場でへたり込んでしまった。
その姿を見て、ざわめきはだんだん静かになり、やがて静まり返る。
「ね、アーネスト様。
こんな私の友達のふりをしながら、あなたに恋をして浅ましく付きまとう女、どう思います?
男の方はそんな姿でもいじらしくかわいらしいと思うのかしら……。
私は……、アーネスト様を信じていましたけれど……、それでも傷つきました。
そう、アーネスト様の心は自由です。でも、私は傷ついた……。
だから、私の心を踏みにじり傷つけたということで私はアナスタシアを告発します!」
拍手が巻き起こり、ロザリンドとアーネスト王子を称える声が上がる。
アナスタシアは怯えた表情でその場に縮こまった。
アーネスト王子が手にグラスを持ち壇から降りてくる。
アナスタシアに近づき、グラスの水をわざとゆっくりと浴びせて行く。
アナスタシアは縮こまり俯いたまま、髪に水を垂らされ続けじっとしていた。
「私達の真実の愛の前に、お前の誘惑など何も効かなかったな。
私はお前を軽蔑する」
ロザリンドもアーネスト王子のそばへ近付き、彼の手からグラスを受け取る。
「アナスタシア、あなたの用意周到な悪巧みも私達にとってはこの透明なグラスのようにすべてお見通しだったのよ。もうおしまいね!」
ロザリンドはアナスタシアの横にグラスを投げ捨てた。
グラスが砕ける音に大広間に悲鳴がいくつか上がった。
アナスタシアは身体を震わせただけで、じっとしている。
「ふふふ、もう弁明もできないようね。恋泥棒さん」
ロザリンドの投げかけた言葉にアーネスト王子が眉を顰める。
「泥棒って、私の心は最初からロザリンドだけのものだろう」
「ふふふっ、そうですわね!」
アナスタシアはゆっくりと立ち上がった。
そして優雅な所作で礼をすると、ゆっくりとした足取りで出入り口に向かう。
みんな、何も言わず、遠巻きのまま、その姿を見送った。
アナスタシアの姿が会場の外へ消える。
「アーネスト王子殿下! ロザリンド公爵令嬢! 真実の愛というものを見せて頂きました!」
「素晴らしいおふたりの愛の絆ですね!」
「それにしてもあのアナスタシア嬢、可憐な見た目をしているのに。
本当に人は見かけによらないものですね……、それに騙されなかったアーネスト王子殿下はさすが!」
みんな口々にロザリンドとアーネスト王子を褒め称えた。
ロザリンドとアーネスト王子はお互い腕を絡め、にっこりと微笑み合った。
「婚約者のいる男性に恋して、自制できず誘惑しようとするような女性には、このような『ざまぁ』がいいお仕置になると思いますの!」
ロザリンドの言葉に女性達は拍手をして賛同の意を示した。
◇
会場を出たアナスタシアはこみ上げてくる涙と嗚咽をなんとか押さえ込み、それでも零れる涙を一度目をつぶって指で拭うと、走り出した。
彼女がゆっくりと優雅に退出したのは、最後の意地だった。
誰にも見られてないのなら、もう、意地を張る必要もない。
すべてロザリンドに仕組まれていたのだということは途中から気がついていた。
走っている途中「アナ!」と声を掛けられ腕をつかまれた。
学園で教師をしている従兄のハウルだ。
「ハ、ハウル兄様……」
「どうした!?
こんなびしょ濡れで……。何があった?」
アナスタシアの瞳にまた新たな涙が溢れ、零れ……。
アナスタシアはハウルに抱きついて大きな泣き声を上げた。
◇ ◇
「そんなことが……、全然気がつかなかったよ」
ハウルがため息をつきながら、大泣きして疲れて寝てしまったアナスタシアの寝顔を痛ましげに見て呟いた。
「はい、アナには注意するように言っていたのですが、まあ、こんな手でくるとは、思いませんでしたわ!
それにしてもあのバカ王子!!
ロザリンドに踊らされやがって!」
ハウルと話しているのはハウルの妹のキャロラインだ。
ここはハウルとキャロラインの家であるマウリツィア伯爵家の屋敷。
ハウルはアナスタシアを保護してこの屋敷に連れ帰り、彼女を宥めて休ませた後に、キャロラインが帰宅したのだ。
キャロラインはあの大広間にいて、すべてを見ていた。
従姉妹のアナスタシアを助けたい気持ちがなかったわけではない。
実はアナスタシアとキャロラインはあることから言い合いになり、しばらく離れて過ごしていたのだ。
そのため、キャロラインはアナスタシアがいいようにやり込められているのを苦く思いながらも、事が終わるまでは全てを見て真実を見極めることにしたのだ。
「アナは馬鹿よ。
ロザリンド嬢にアーネスト王子が他の令嬢に心を奪われていて取り返すのを手伝って欲しいなんて持ちかけられて、その気になって……。
……自分がアーネスト王子に思われていて、わざとその相手に仕立てられていることに気がつかなかったのですもの」
キャロラインの脳裏にロザリンドの思惑を巡って言い合いをしていた時のアナスタシアの姿が浮かぶ。
「ロザリンド様が私にしか頼めないとおっしゃるの!
かわいそうに泣かれていたのよ」
「だから、人の恋だの愛だのに首を突っ込むのはおやめなさいって言ってるの。
ロザリンド嬢はそんなことで泣くような令嬢じゃないと思うけど」
「キャルは冷たいのね。
どんなに強い女性でも恋には臆病になるものよ!」
「そういうことは本人同士で何とかするしかないんだって!
巻き込まれて変なことになるかもよ!」
「ロザリンド様は私のことを親友だって仰ってくれたわよ。
勝手には動かないわ。頼まれたことだけを。
親友が泣いているのを黙って見てはいられないわ!」
キャロラインは眠っているのに閉じた目から涙が滲むアナスタシアの寝顔を見て、ため息をついた。
「ロザリンドは、この告発を仕組んだ側のくせに、アナに『ざまぁ』してやったと嘯いていたのよ。
あのふたり、許せないわ……」
◇ ◇ ◇
学期末の休みが明けて新学期が始まった。
アナスタシアは意地で登校した。
彼女は告発されるようなことは何もしていないのだから。
あの時、事実として挙げられていたのは全部ロザリンドに頼まれたことだったのだ。
『中庭にいるアーネスト殿下に伝言を!』
『アーネスト殿下をあなたの名前で呼び出してあるの。
この試験頑張れっていう激励の手紙をこっそり届けて来て欲しいの!』
『久しぶりのデートなの。
アーネスト殿下へのプレゼントを買う間に、ばったり出会った風に声を掛けて引き留めておいて欲しいのよ!
あなたにしか頼めないのよ、アナスタシア! 私達、親友でしょ!』
もうわかっている。
全てアナスタシアを嵌めるためにお願いされていたということ。
でも、ここで逃げて学園を退学するなんて、絶対に嫌だった。
従姉妹のキャロラインは心配して警告してくれていたのに。
その話を聞こうともしないで、遠ざけてしまったのも、またアナスタシア自身なのだ……。
アナスタシアは講義は最前列で受け、ランチはハウルの教官室に避難させてもらった。
ハウルは「いつでもおいで」と言ってくれ、アナスタシアを気にかけてくれた。
実際、アナスタシアを『傷物令嬢』として見て『付き合ってやろうか?』などと絡んでくる男子生徒もいたのだ。
その度に危ない所でハウルがタイミングよく通りかかり助けてくれた。
それを見た女子生徒達がまたアナスタシアを悪く言う……。
キャロラインに謝りたかったが、このような状態では逆にキャロラインが悪く言われてしまうかもしれない……とアナスタシアは迷い、未だに謝ることができていなかった。
キャロラインは変わっている子だった。
容姿はアナスタシアとよく似ている。
なのに、美しい髪はただ結んで小さく固くまとめただけ、化粧もせず、その他大勢に紛れる装いをしていた。伯爵令嬢とはとても思えない。
今までは。
新学期になると、キャロラインはまるで変った。
その姿はアナスタシアによく似ていて、まるで、アナスタシアの再来のような……。
たちまち『あのかわいい子は誰だ!?』と男子生徒の注目を集めていた。
キャロラインはアナスタシアに愛想をつかしたのだろう。
よく似ている容姿で、キャロラインの方が爵位が上、なのでそれを不憫に思い、アナスタシアの婚約が整うまでは目立たないようにわざとしていたのだ……という噂がまことしやかに囁かれた。
確かに、キャロラインとアナスタシアの容姿と立場は入れ替わったかのようだ。
そんな時、キャロラインが生徒会に入ったという情報が流れた。
生徒会は王家の人物と成績優秀な先生に認められた人物しか所属できない。
そして、会長は王子であるアーネスト殿下で、ロザリンドは成績の問題で所属を認められていない。
アナスタシアも役員であったのだが、今回のことで生徒会に顔を出せなくなり、彼女の代わりにキャロラインが推薦されたということらしい。
まもなく……、ロザリンドがアナスタシアに再び、声を掛けてくるようになった。
「アナスタシア、もう十分反省しましたでしょ?
反省したなら、私達、またお友達になれますわよね?」
仲良くなり始めの頃はロザリンドの語尾の『?』を不思議に思ったけれど、かわいらしいとも思っていた。
今では、わざと、自分が本当に思っていることを、相手に言わせるための誘導であることがよくわかる。
それでも孤立していたアナスタシアは声を掛けてもらえてうれしいと思ってしまう自分の気持ちに愕然とした。
ロザリンドは何も言わないアナスタシアにさらに話しかけてくる。
「あなたの従姉妹のキャロラインのことだけど、アーネスト様にちょっかいを出しているようなの。
あの時、あなたを助けずに冷たい目で見ていたような従姉妹ですものね……」
ロザリンドは勝手におしゃべりをしては去って行く。
アナスタシアは気になって、キャロラインとアーネスト王子をよく観察するようになった。
そして気がついた。
……アーネスト王子の方がキャロラインにちょっかいを出している。そしてそれは、あの時期のアナスタシアと同じ……。
アーネスト王子はアナスタシアに好意を持ち、ちょっかいを出していたのだ。
それに気がつかずにいたら、ロザリンドが近づいてきた……。
「そうか……、そういうことだったのね」
アーネスト王子が気に入っているアナスタシアに近づいて、わざと周囲に誤解を生じる行動を起こさせ、そして周囲にアナスタシアがひどいと言えば、アーネスト王子に浮気をしてただろ! と暗に突きつけることになり、アーネスト王子はその心変わりを悟られまいと取り繕うだろう……。
ロザリンドにしてみれば、彼の心を取り戻したことになるのだ。
それがロザリンドのやり方ならば、次はキャロラインが危ない。
でも、ロザリンドはなぜかアナスタシアの方に来ている。
「どういうこと?」
観察していてわかった。
キャロラインに近づこうとしても寄せ付けないのだ。
だから、また、アナスタシアに近づいてきた。キャロラインの従姉妹だから、そこから繋げようとでもいうのか。
「また利用されるなんて、まっぴらだわ」
アナスタシアは決心した。
とりあえず、ロザリンドの動きを探るために、彼女の話だけは聞こうと。
ロザリンドはそのアナスタシアの微妙な変化に気がついて、熱を込めてキャロラインをこき下ろし始めた。
黙って聞くだけ。
いつの間にか「最近、ロザリンド様と仲良さそうね。仲直りしたの?」なんて聞いてくる学生が増え、アナスタシアを中傷するような話は聞かれなくなっていた。
そして学期末の大広間でのパーティーが行われた。
アナスタシアは前回のことを思い出し、気分が悪くなりそうだったが、従兄のハウルが一緒にいてくれるというので、一緒に大広間へと足を踏み入れた。
この学期末の休みで新年を迎えることもあるので、前回より規模が大きく華やかで王や王妃も参加している。
告発された時、王がいらしていたら何か違ったかしら……。
アナスタシアは少し考えたが首を振った。
何も変わらない気がする。
その時、凛とした声が響いた。
「アーネスト王子殿下とロザリンド嬢を告発いたしますわ!」
キャロラインの声だ!!
アナスタシアは驚いて、声の方へ走り出そうとしてハウルに止められる。
「ハウル兄様! キャルが!」
「大丈夫、キャルに任せておきなさい」
ハウルは楽し気にウインクした。
人々の隙間からそっと覗くと、壇の上のアーネスト王子とロザリンドをじっと見上げているキャロラインが見えた。
「キャロライン?」
アーネスト王子は戸惑っている。
「アーネスト王子殿下、あなたは婚約者がいる私に何度も何度もしつこく声を掛けてきて……。
誘惑しようとなさいましたね!
王子といえどもそれはしてはいけないことでしょう?」
ロザリンドがアーネスト王子の腕を揺すって叫ぶ。
「嘘でしょう? ね、アーネスト様?」
アーネスト王子はロザリンドの言葉で我に返ったようで頷いた。
「ああ、何を言い出すんだこの女は!?」
「3カ月前、生徒会に入るようアーネスト王子殿下からお誘いを受けました。
何度もお断りしたのですが、従姉妹のアナスタシアの抜けた穴を埋めるため……、もし受けないのであればアナスタシアを糾弾するがと言われて仕方なく……。
でも、生徒会に入ってからも生徒会の仕事以外に、まあ仕事を口実に生徒会室や図書室、アーネスト王子殿下の所属する弁論部の部室とやらに頻繁に呼び出されて困っていました」
アーネスト王子はロザリンドを見て慌てて言った。
「それは、すべてでっち上げだ!
私はそんな風に君に声を掛けたことはない!
アナスタシアの従姉妹だったな。
従姉妹同士、よく似ているのじゃないか!?
そうだ、アナスタシアの仇を取ろうとそんなことをでっち上げたのでは?」
ロザリンドが頷く。
「そうですわね。
キャロライン、私、悲しいわ。
そんな風に私達を見ていたなんて。
私はあなたをそんな風には見ていなかったから……」
『どの口が?』
アナスタシアは呆れた。キャロラインがアーネスト王子を誘惑してくるとさんざん言っていたのはロザリンドじゃないか!
キャロラインはにっこり微笑んだ。
「アナスタシアのことはそういう風に見ていたということにしたのに、私は違う路線で行くのね。
実に興味深いわ」
「なっ、アナスタシアのことは関係ないわ!」
「従姉妹だからって言い出したのはそちらでしょ。
ええ、アナスタシアと私は従姉妹です。
母親同士が姉妹なの。
だから、とてもよく似ているでしょ。
アーネスト殿下のお好みだと思うのよね。
私が美しく装うようになったとたん、アーネスト王子からのお誘いが始まりましたから。
アナスタシアは生徒会に所属していたから、その段階をすっ飛ばしてたんでしょうが」
「な、何を……、好みとかアナスタシアとか何を……」
アーネスト王子がわなわなと震えて顔を真っ赤にして怒っている。
「あら、怒るってことは認めたってことかしらね」
キャロラインの楽しそうな言葉にロザリンドが噛みつく。
「なによ! この男を手玉に取る悪役令嬢のくせに!」
「あらー、その言葉はそっくりそのままお返しするわ。
国王陛下! 私の兄と従姉妹をこちらに呼んで証人としてもよろしいでしょうか?」
王は頷き「そのようにしろ」と返事した。
「あなた!」
王妃が咎めるような視線を王に向けたが「隣国が絡んでおるからな」と言われて黙る。
ハウルとアナスタシアがキャロラインのそばに出てきた。
「兄様、いいわね。発表しちゃうわよ」
ハウルが頷いた。
「マウリツィア伯爵家のキャロラインは前回の期末休みの間に隣国のカシュガル帝国皇太子殿下と婚約を致しました!」
は?
アーネスト王子もロザリンドも目が点になっている。
アナスタシアも同じ、そんなの全然聞いていない!?
周囲の学生達も戸惑っている。
「……だから?」
ロザリンドがいち早く態勢を整えて問うてきた。
「だから?
帝国の皇太子の婚約者ですもの、帝国とこの王国のと、優秀な『何か』が私には付きます!
それは何でしょうか?」
「……影……」
アーネスト王子が呟いた。
「さすが御名答!
はい、影からの報告でアーネスト王子殿下が私に行った呼び出しや掛けた誘惑の言葉、それに無理やり身体に触れようとしてきたことなど、日時、場所がこの報告書に全部まとめられてます!
帝国と王国の両方の影からの報告書がありますので、でっちあげではないですよ。
それに、アーネスト王子殿下やロザリンド嬢とは違って、私は影に黙るようには指示してないですから!」
「影を黙らせる?」「そういえば、アナスタシア嬢の時は影のことを失念していたな!」「そうだよ、おふたりにも影がついていたんなら、もっと正式にアナスタシア嬢のしたことを細かく示して報告しても……」
静かなざわめき。
「国王陛下!
アーネスト王子殿下に対しての告発は終わりましたが、ロザリンド嬢への告発はこれからしてもいいでしょうか!」
ロザリンドが顔色を失くし、王と王妃を見た。
「よい、やれ」
王はあきらめたように手を振った。
◇ ◇ ◇ ◇
すべてが終わり、ハウルの教官室で、アナスタシアとキャロラインは向かい合った。
「キャル……、私……、ありがとう。
私の名誉を取り戻してくれて。
そして、ごめんなさい……」
「私も、あの時、あなたを助けられなかったこと、今でも思い出すの。あの時はごめん。
その前から、少しおかしいとは思っていたのに、アナを守れなかった。
だから、やり返したの。
ロザリンドの言葉で言うと『ざまぁ』って言うらしいわよ」
「でも、でも、そのためにその婚約なんて……」
「そのために婚約したんじゃないわよ。
前からあった話だから。
影がつくなんてちょっと息苦しいななんて思って……。
あ、ちょっとだけだからね!
今回は本当にありがとうね! 感謝してます!」
慌てて周囲の空間に向かってお礼を伝えるキャロラインにアナスタシアは笑ってしまった。
「ふふふ、ロザリンド様……、あなたには私の悪口を。
私にはキャルの悪口を話していたのね」
あの後、アナスタシアにも臨時で影をつけていたことが発表され、彼女に嫌がらせをしていた男子生徒達も晒された。
キャロラインの影とアナスタシアの影の報告書の内容からアーネスト王子とロザリンドの影にアナスタシアに関わる正式な報告書を出すように王から命令が出された。
その報告書待ちで処分が決定するということだが、すでにアーネスト殿下は無期限謹慎となり、ロザリンド嬢は周囲から疑いの目で見られている。
「あーあ、水ぶっかけるくらいはやり返せば良かったのに!」
キャロラインの言葉にアナスタシアは笑った。
「カシュガル帝国皇太子妃となられる方がそんな言葉使いでいいの!?」
「いいのいいの! こういう私がいいって望んでくれたんだから!
ね!?」
ドアが開き「気づいてたの?」と頭を掻きながらひとりの男子生徒が入って来た。
「私の婚約者よ」
そこにいたのは隣国からの留学生のミルズ男爵令息だった!
「彼は気配を消すのが優秀よ」
「いや、キャロラインこそ!」
「アナが絡まれた時、ハウル兄様を呼びに行ってくれたりね、一緒に守ってくれたりしたの」
「あ、だから、タイミングよく!?」
ふふっとキャラロインは微笑んだ。
「でも、アナ、本当によく頑張ったわ。
あなたが意地になっているのはわかってたの。
辛かったでしょう。
本当に強いわ。あなたは。
いつの間にか周囲もあなたを認めていたものね」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アナスタシアとキャロラインは無事に学園を卒業した。
そして、アーネスト王子とロザリンドは学園を自主退学という形になり、伯爵位を賜り、王家から離れて若き地方領主になった。
ロザリンドにはアーネストと離婚してはいけないという契約が課され、これからも影がふたりを見ているのでこれ以上王家を公爵家を貶めるようなことはするなときつく言い渡されて、窮屈な生活を送っているそうだ。
キャロラインはカシュガル帝国皇太子妃となり、皇太子と影と一緒に街中での隠密行動を楽しんでいる。
アナスタシアは侍女としてカシュガル帝国に同行し、彼女達を追いかけるように帝国に留学してきたハウルと婚約中。
「まあ、私達が幸せになるってとこまでがセットで『ざまぁ』よね!」
キャロラインが豪快に笑った。
読んで下さり、ありがとうございました。
現代物で、いじめっ子に利用されて従姉妹の冤罪の断罪に知らずに手を貸してしまう結果となり、復讐するという夢を見まして。
面白いな、短編にできそうと考えていたら、こんな感じになりました。
かなり内容違うけど……。
私なりの『ざまぁ』が書けて楽しかったです。
久しぶりの三人称の文体も書いてて楽しかったなあ。
どうぞ、評価や感想をどうぞよろしくお願い致します。
ちなみにハウル兄様は確実に年上なので従兄と表記。
アナスタシアとキャロラインは同い年なので従姉妹(どっちが上とかそういう感覚はない仲なので)と表現しています。