1 知らない街へ
元賢者の骸骨から取り出した真っ黒な魔石は、実におしゃべりな魔石だった。
【儂の事はゼロ様と呼べ。儂はお前の師匠だから。そうだな、ゼロ大師匠でも良い。お前はキラというのか。ではキラ、転移とはどんな物か見せてやろう。これからのシュ・・・】
余りに五月蠅いので、無限収納に入れておくことにした。
頭に直接響く声は、とてもじゃないが痛くて適わない。
転移の時だけ出せば良い。ここに運んできてくれた魔石には感謝しているが。
だが、ここは一体何処だ?
目の前には、異界の門と同じような門があるが、師匠の所とは違う場所だ。
「そうか、各地にあると言う異界の門へ転移したんだ。ゼロに聞けば分かるだろうが、彼奴は面倒だから辞めておこう。」
キラは、異界の門から離れて、浮遊の魔法で空高く飛び上がった。
上空から眺めると、遠くに街があるのが見えた。そこへ行けばここがどこか分かるだろう。其の侭地面に降り立ち、先ほどの町の方へ走り出した。
街に近づいて、立ち止まり懐から布を取り出して額を隠した。また魔石を隠して生きていかねばならなくなった。苦笑いがキラの口からこぼれた。
それでも、以前とは違う。キラには力が有ることが分かったのだ。ビクビクして生きて行かなくても良くなったのだから。
キラの腰には師匠から渡された立派な剣が差してあった。
服装は高価な冒険者の格好だ。年齢はまだ12歳だが背丈が伸びたから、ギリギリ15歳で通るだろう。当分は冒険者をして様子を見れば良いか。
ダメなら、商人をしても良いが、商人になるためには紹介状が必要だ。まだ商人は無理だろう。後は何もしないでいても良いのだ。お金は師匠に沢山貰っている。だが、何もしないでいるにはキラは若すぎて無理だろう。何時も何かをしていないと落ち着かない質でもある。
街の門の前で、門番に止められた。
「お前は冒険者か?証明書を見せてみろ。」
「まだ、これから冒険者に成ろうとしているんです。証明できるものは無いです。」
「初心者の割りに随分立派な防具だ。何処の貴族のぼんぼんだ。この門をくぐるには銀貨1枚掛かる。持っているだろう。」
「はい。」
キラは懐に入れておいた財布から、金貨を出した。
「こんなもん出しやがって嫌みか?釣りがねえじゃねか。まあ良い、其の侭入って後で持ってこい。分かったな、坊主。」
口は悪いが案外良い人だった。後で必ず持ってくると約束をして、門から街の中へ入っていった。
少し歩くと、冒険者ギルドの看板が見えた。そこを目指して走って行った。
「済みません!僕冒険者に成ります。手続をしたいのですが。」
「何だぁ。威勢の良い坊主だ。何処の貴族だ。」
受付でぶらぶらしていた十代後半の冒険者がキラを見て言った。
やはり、着ている物が高価すぎた。何処へ行っても貴族と間違われてしまう。早く普通の物に変えないと目立ってしまう。
「僕は貴族ではありません。この防具は頂いた物です。それより手続はここで良いんですよね。」
「ああ、ここで手続は出来るが。チョット待ってな。」
そう言ってヒョイとカウンターを跨いで受付の椅子に腰掛けてしまった。
「あの、貴方は冒険者じゃ無かったのですか?」
「ああ、冒険者さ。ここでは手が足りなければ何でもやらなけりゃなんねぇ。今は、受付係だ。分かったか?」
キラは建物の中をくるりと見まわしてみた。確かに誰も居ない。閑散とした中には、冒険者も一人もいなかった。
「他の方達は、魔物を討伐に行っているのですか?」
「ああギルド長はな。冒険者は俺一人しかいねぇ。こんな処に入りたく無くなったか?嫌ならいきな。もう少し行けば違う組合がある。そこは繁盛しているぜ。」
キラにしてみれば願ったり叶ったりの状況だ。ここで良い、いやここが良い!ここで登録すれば誰にも目を付けられずに普通の冒険者になれるはずだ。
「ここで登録してください。お金ならあります、お願いします。」
「変わった坊主だな、まあ、それなら此処に書類があるから書き込んでくれ。後は登録料だが、銀貨一枚掛かる。まあ、お前にとっては端金だろうがな。」
キラはまた金貨を出した。細かいのがないので仕方がないのだ。
「ちっ、ガキのくせに大金貨なんか出しやがって。釣りがねぇ、後でいいや。」
また、付けになってしまった。このままではあちこちに付けが出来て行きそうだ。
「両替屋は何処にありますか?」
「つくづく嫌味なガキだ。少し行けばあるから、待っているから行ってこいよ。」
キラは急いで両替をして帰ってきた。金貨が銀貨1000枚になった。師匠がよこした金貨は大金貨ばかりだった。これでは両替が大変だ。後で少しずつ変えておこう。無限収納に増えすぎた銀貨の大半を仕舞い、当座使う分だけを財布に入れ、門番のところへ行ってお金を払った。
冒険者ギルドに戻ってもう一度登録の書類を出して貰い書き込んで行く。
「しかし、お前、本当に15歳か?どう見ても13歳だろ。正直に書けよ。ここでは10歳から登録出来るんだぜ。」
キラはバレていることにひやりとした。キラは年齢を13歳に書き直した。
「この欄に特技と書かれていますが。普通はどんな物がありますか?」
「普通は?普通13歳のガキに特技は求めてねぇよ。書けることがあれば書いとけ。」
キラは、剣術と書き込んだ。これでいいだろう。満足して書類を差し出すと、
「やっぱり、お前は貴族じゃねえか。面倒ごとは困るんだが、まあ良いだろう。ほれ、これが証明のタグだ。首にでも提げとけ。」
「あの、宿はどこか良いところを紹介して頂けますか?」
「宿だぁ、お前は冒険者に成ったばかりだから、ここの二階へ只で泊まれるんだが、貴族じゃ嫌だろうな。」
「いえ、ここで良いです。泊まれるんならここでお願いします。」
この服装は早くなんとかしなければならない。いつも貴族で無いと否定して行くのは面倒だ。
「あの、名前を聞いてないのですが。僕はキラです。」
「ああ、俺はサムロイだ。サムって呼ばれている。宜しくな。」
この冒険者ギルドには、他にもギルド長と受付係がいるが今は不在だという。冒険者はサムとキラだけらしい。以前はもっといたのだが、事情があって居なくなってしまった。経営は大丈夫なのだろうか。
「サム、この国はなんていう名前?」
サムは、キラのことを馬鹿な子を見るような目つきで見た。
「ここは、ボース国。ボース国のサミア領都ダイダロスの街。分からないで何故ここに来た?ここは辺境だぞ。お前大丈夫か?」
「う、ありがとう。よく分かったよ。随分遠くに飛んできたんだな。」
「は?お前何言っているんだ?」
「・・何でも無い寝ぼけていた。」
食事の時間になったが、多分食事は自分でなんとかしなければならないだろう。キラの無限収納にはまだ沢山食料が入っていた。それを部屋で食べていると、サムがノックもせずに入ってきた。
「おい、キラ。飯連れてってやるよ。ってもう喰ってるのか?どこで買ってきた。随分旨そうじゃあねぇか。」
「良かったら、どうぞ。」
「お、ありがとうな。」
サムは意外と良い奴だ。これから仲良く遣っていけそうだ。
「サム、この防具を誰か買ってくれないかな。これは目立って嫌なんだ。」
「それは子供用だから、この街で買える奴は限られるぜ。お下がりで良いなら俺が使っていた旧いのがあるからくれてやる。それで我慢しな。」