12 他国へ寄り道
キラは自分の生まれ故郷に転移した。あまり出歩いたことがないのでここしか転移出来なかったのだ。懐かしい山の狩人小屋は今では半壊していた。ここで父と一緒に幼い時に住んでいたのだ。村にいた記憶よりここの方が我が家のように感じる。壊れてしまった小屋を直しながら、キラは昔父の言っていた言葉を思い出していた。
『お前の魔石は忌み嫌われる。ここに居ればお前は見世物小屋に売られてしまうか殺されて仕舞うだろう。』
この世界で、殺されて仕舞った子供はどれくらい居たのだろう。そして売られてしまった子供は今も生きているのだろうか。
直した小屋に数泊して、名残惜しげに振り返り村を去った。
キラのことを知っている人はいないだろう。村から東に進んで行けば隣国に通じる森がある。
森を抜けて、川を渡ればもう隣国オルンスだ。国境になっている河は深くて広いが、対岸が見えている。キラは初めての場所でも見えていれば行けるのでは無いかと考え試してみた。結果は微妙だった。見えていてもぼんやりだったためハッキリ頭に思い浮かべることが出来なかったからだろう。対岸のかなり手前に転移して河の中に落ちてしまった。慌てて泳いでなんとか岸にたどり着けた。
『参った、濡れ鼠になって仕舞った』
びしょびしょになった服を脱いで、近くの木に掛け乾くまで川縁でぼんやり過ごす。
「ここ暫くは祭壇にお祈りもしていなかった。ここで静かに祈れば心が満たされるだろうか。」
河の側で跪き無心に成って手を合わせた。
師匠と再会したり生れ故郷に帰って感傷に浸ったせいか、キラは少し落ち込んでいたようだ。『何時も何かから逃げて、人の目を気にして隠れながら移動したせいか、子供時代に戻った様な感覚になっていた。』
さあ、気を引き締めて、初めての土地を見て歩こう。額は帽子で隠して居るが心は晴れやかになっている。
乾いた服を着て、街がある方向へ歩き出した。
このオルンス国は、カマドランとは接点が無かった。広くて深い川は人の行き来を遮断している。オルンス国は殆どの国と交流が無い国だ。船を出せばカマドランへ行けるのだが、かたくなに鎖国状態を保っているようだ。
だから、国内事情はどうなっているのか知る人は少ないだろう。
河側の土地は広い平原になっていて、人は少ない。ここを耕作すれば、かなり豊かな農地になるのではないか。道なき道を歩きながらそんなことをキラは考えていた。
小高くなった土地に数軒の農家が見えてきた。
集落の周りを農地が囲んでいる。行ってみよう。
「こんにちは、旅の物ですが。少しお話を聞かせてください。」
農地を耕している若い農民に声を掛けてみる。
「おんやぁ、珍しい。こんな処に旅人が来るとは。何処から来なすった。」
「カマドランです。あの河を渡ってきました。」
「アンたぁ、大丈夫だったのか?あの河には魔魚がいて人を喰らうと言う事だ。よく無事だった。さあ、ここに座って。」
側にあった切り株を指さして若者は一休みをするようだ。
若い農夫はこの土地から出たことが無くカマドランと言う国のことも知らなかった。河には魔魚がいたらしい。キラには近寄ってこなかったので、全く気にしなかった。キラが意識していなくても、周りに常時結界が張り巡らされていたのかも知れない。
「あの川の上流には異界の門があってそこから流れてくる河には魔力が混じっているのさぁ。あの水を飲んだら魔物になるって言われているんでさぁ。オイラの妹も魔物に成って生れた。おっかぁが水飲んだに違いねぇ。」
キラはビクリと成った。
「妹さんは今どこに?」
「魔物は殺さなきゃなんねぇ。生れたときに水に沈めたんだと。」
多分魔石を持って生れたんだ。殺されて仕舞った。
魔力を多く含んだ土地には、魔石を持って生れる子供の比率が高いのかも知れない。
「異界の門へ行くには、この河を遡れば良いのですか?」
「そうらしいが、異界の門へ入るにはあの山を登らねばなんねえ。切り立った崖があって無理だぞ。」
「王都にはどの方向へ行けばつきますか?」
河から離れて、もっと東へ進めば海に面した王都があるそうだ。まずは王都へ行ってみよう。キラは若い農夫にお礼を言ってそこから王都へ向かった。