11 カマドランへ
キラは、変装していた。
黒髪のカツラをかぶり眼鏡をして。
黒髪は顔にうっとうしく被さり丁度良い具合にキラの魔石を隠してくれている。
猫背に成ってゆっくり歩く姿は、とてもでは無いが、かつてこの屋敷で世話をされていた紅顔の美少年には見えなかった。
栗色に艶めく髪は、短く切られてしまっているので、カツラからはみ出る心配も無い。門番に、
「賢者はご在宅ですか?遠方より便りを託された者です。こちらの書面をお渡し願えますでしょうか?」
門番は何時もの手順に従い、手紙を受取りその場を去った。
キラは直接賢者の部屋へは行かなかった。転移が出来る様になったことを周りに知られたくなかったからだ。賢者の周りには何時も沢山の使用人がいたのだ。
暫くして、門番はキラを迎え入れてくれた。
「賢者様が、中でお待ちです。」
「何と言うことだキラ。お前はどこに居たのだ?この国に潜んでいたのか。」
人払いがされた部屋には、賢者とボブだけがいた。
「兎に角座って今までのことを話してくれ。身体は壊して居ないか?」
賢者はキラのことをずっと心配してくれていたのだ。その事をキラは改めて知った。
「はい、元気でやっています。僕は今どこに居るかは詳しく話せませんが、転移が出来る様になりました。そこからここに来ています。師匠に大切な知らせを持ってきました。これを国の為に活用してくれれば、今後は、子供を死なせることは無くなります。この書類に詳細が描かれていますからゆっくり読んで結論を出してください。」
キラは今までの臨床の結果を纏めた書類を賢者に渡した。
賢者はキラから渡された書類を大事そうに抱えてゆっくり読んで行く。
途中で眼を見開きキラの顔を見て、また書類を見る。書類を見終った賢者は、驚きを通り越して、気が抜けたようになっていた。
「私達は、今まで酷いことをしてきたのだな。子供を実験材料にして、それでも結果が出せないでいた。其の侭むごい手技を、さも神の業のように施していた。魔物の闇によって子供が腐ってしまっていたとは。」
「師匠。これからは幼すぎる子供には手技は禁じて下さい。せめて九歳からにすれば、自分で選んで魔法使いになることが出来ます。危険も格段に少なくなるのです。魔石の闇を取り除くには、まだ難しいでしょう。光の属性を持った神官を育ててからにしてください。」
「分かった。だが聞いておるぞ。キラは言いたくないだろうが、ボーア国では最近素晴らしい結果を残していると。君の仕業では無いのか?」
キラは答えなかった。答えてしまえば師匠は知ってしまったことになる。
何かあれば師匠にも責任が及ぶかも知れない。だんまりを決め込めば、責任はないのだ。
「まあよい。今はここには弟子はいない。キラは知らんだろうが、王の子は死んで仕舞った。無理に魔石を同化させたせいで予後が思わしくなかった。腐り始めてしまった。王はサミア国で聖者と呼ばれている人物を探している。次の子に何としても魔石を同化させたいようだな。」
サミア国の聖者?一体誰のことだ、キラの知らないだけで、サミア二は居たのかも知れない。とキラは思っていた。
「師匠この魔石はきちんと雑味を除いた物です。これを王のお子様に使ってください。絶対に同化できます。ただ、密度は低めですから属性は光しか付けていません。それを理解して貰わないとなりませんが。」
「もう良いのだ。私は王の子は弟子にとらない。この国の賢者の弟子はお前で最後だ。キラがここに居たくなければこの国には賢者はいなくなる。私はそれで良いと考えている。キラは自由に何処へでも行って聖者の道を進めば良いのだ。」
「私はまだ、聖者の足下にも届いていません。」
「まあ、そういう所が聖者の証なのだが。余り言ってもまた嫌がられるな。ボブは何か無いか。さっきから黙っているが。」
「俺はキラが生きているだけで嬉しいです。よく帰ってきてくれたキラ。賢者様も安心なされただろう。」
「キラよ、私は今師匠のように異界の門を作ろうとしておる。師匠が残された資料は全くなくて手探り状態だがな。兎に角死ぬまでには何とかしようとは考えておるのだ。」
キラはそれでは、と言ってゼロを取り出した。
「これは師匠の師匠が残した魔石です。これには異界の門の作り方の知識が詰っているはずです。これを差し上げます。」
キラにはもう必要なくなったゼロだ。師匠に返そう。
【儂を厄介払いしようというのか!許さん!儂はこんなじじいのところは嫌じゃ。孫弟子のキラといる!】
面倒なゼロを師匠に押しつけようとしたが。断られてしまった。
「・・こんなに嫌がる師匠の残滓を引き留めることは、私には出来んな。」
師匠も、面倒な魔石だと感じたらしい。すかさず断りの言葉を言ってきた。でも異界の門はどうするのかと問うと。
【仕方がない、これから言うことを書き取るが良い。さすればおぬしの問題がたちどころに解決するであろう。ヘタレの弟子よ。】
ゼロの知識のお陰で師匠の異界の門は、完成に近づいただろう。
賢者は微笑んで、キラに、
「ありがとう。また来てくれ君の部屋は誰にも近付けない。直接転移してくれば良い」と言ってくれた。
師匠は闇の影が薄くなって少し輝いて見えた。
『師匠こそ執着が無くなって、聖者の道を進んでいるように見える。』
キラはそう考えながら師匠の元から転移して消えた。