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夏の想い出  作者: 枕返し
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故郷2

次の日、近所の家に挨拶に行った。これも毎年恒例のことだ。

たまに子供がいる若い家庭もあるが、ほとんどは老夫婦だ。そんな家を見るたび、ここの家もいつまでもつのか、と思ってしまう。

自転車の乗り方を教えてくれたおじさん。いたずらをした俺をその度に怒鳴っていたおばさん。みんなみんなもういない。

どこもかしこも閉鎖的で、思い出の中の自由で開放的な雰囲気はもうない。空気まで錆びてしまっているみたいに淀んでいる。


町で唯一と言っていい新しいものは老人ホームくらいだ。

周辺に不釣り合いなほど新しい単身用住宅はそこで働く人たちだけを当て込んでのものなのだろう。買い物に行くには車をしばらく走らせたところにあるモールに行くしかない。車社会が進行したせいか駅から随分離れた国道沿いだけは以前より栄えているようで、チェーンの飯屋やコンビニが何件かできている。

この町は、ただの通り道になっているみたいだ。


もう何年かして老人たちが死んでしまったらあの老人ホームはどうなるのか。いま住んでいる若い人たちはこの町に愛着をもってくれるのだろうか。昔は賑わっていたであろう町並みが今はただ物悲しい。町がいくら待っていても人はもう戻って来ない。


挨拶まわりを終えて家のことを済ますともう夕方になっていた。まだ夕方、時間はあると思えた子供の頃に対し、今は何かをするには遅い時間と思うようになった。

夕飯の支度をしようかと思っていると不意に家の呼び鈴が鳴る。玄関を開けると優紀子だった。

「急にごめんね、もう夕飯の準備しちゃった?」

「まだだけど。」

「よかったら今日うちで食べない?」

「いや、悪いだろ。」

「いいの。お父さんが呼べって言ってるんだよね。」

優紀子の親父さんには子供の頃に車で遊びに連れていってもらったり何度かお世話になったことがあるが、ここ何年かは挨拶してなかったかも知れない。

「そうか、じゃあお邪魔させてもらおうかな。」




「やあ、久しぶりだね。毎年帰ってきているって優紀子に聞いてはいたけど。」

「ええ、帰省みたいなもんですね。」

並ぶ料理に懐かしさを覚える。子供の頃は意識していなかったが郷土料理のようなものだったのだろう。自分で作るのは手間でしばらく食べていなかった品がいくつかある。多少味付けは違うが、その懐かしい味が本当に美味しくて随分といただいてしまった。


夕飯を終えおばさんと優紀子が後片づけをしに台所に行く。親父さんと二人きりになって、昔話や変わってしまった町の話をしていた。

「君は子供の頃は手の付けられない相当な暴れん坊だって噂があってね。だから優紀子が友達だと言って家に連れてきた時は身構えもしたもんだよ。」

「お恥ずかしい。もう何年も前の、子供の頃の話ですよ。」

「最近はこのあたりも人が減ってね。子供がいないんだ。だからあの頃のことがつい最近のことのように思えてしまう。やっぱり子供がいないと駄目だね。」

昨日今日と見てきたいくつかの公園を思い出す。俺が子供の頃は誰かしらが遊んでいたような気がするが、今はどの公園にも一人もいなかった。

「やっぱり、出て行っているからでしょうか。」

「そうだと思う。新しい人も入ってこないし、来ても単身者がほとんど。それに仕事で来ているだけという感じだし、やはり子供がいないと経済が回らない、縮小するばかりだ。もうそのスパイラルに入ってしまっているが、人がこれ以上減ればあるところからは加速度的に人口が減るだろう。この町がなくなってしまうのは、もう時間の問題かも知れんな。」

俺も同様に出て行った人間だ。そんなこと言う資格がないのはわかっているが、それでも

「自分の故郷がそうなってしまうのは、辛いですね。」

「そう思うなら、帰ってきてはくれないか?年に一回も帰ってこないのも多いが、君は毎年帰ってきているそうじゃないか。君の様な人にこそ町に戻ってきてほしいんだ。」

「でも俺はもう生活の基盤がこっちにないですし・・・。」

それに俺は覚悟をしてこの町を出た。今更帰ってきてしまってはその覚悟に対して、未練に対して、負けてしまうことになる。

「そうか、・・・それもそうだな。ところで君はまだ独身なのかい?」

「ええ。俺には縁がないようで。」

「そうか、・・・なら優紀子は、どうだろうか。」

「何言ってるんですか、そんな。」

「あれは女にしては少し大柄ではあるが器量は悪くないと思う。私は君に貰ってもらいたいと思っているんだ。この町ではあれにももう望みはないだろう。父親としてそれは不憫だ。」

「そんな、それは本人の意思もありますし。それに、俺は今のところ自分のことで精一杯というか・・・。」

「そうか。あれも引っ込み思案なところがあるから、君を好意的に思っていることは間違いないと思うんだ。少し、考えてやってはくれないか。頼むよ、マコト君。」

親父さんからしたらこの歳になっても家を出れない娘が心配なのだろう。この町を見ていると気が弱くなるのも無理はないと思う。

だけど、俺は色よい返事はできなかった。


帰り際、玄関で優紀子に見送られる。

「車で送っていかなくていいの?」

「ああ、ちょっと歩きたいんだ。」

「・・・お父さん、変なこと言ってなかった?」

「ああ、ここも寂しくなったなって。」

「・・・そう。」

「優紀子はさ、この町を・・・出る気はないのか?」

「んー、そうだね。今のところは、ちょっと、ないかな。私、本当にこの町しか知らないから。私一人じゃ他のところでやっていける気がしないんだ。」

「そうか。」

「なんでそんなこと聞くの?」

「親父さん、優紀子のこと心配してたんだ。このままこの町にいたら苦労するだろうって。」

「だから、貰ってやってくれって?」

「・・・聞いてたのか。」

「ごめん。少しだけね。・・・もしかして、貰ってくれるの?」

「そういう言い方はやめろよ。」

「ふふ、そうだよね。ごめん。」

「優紀子は・・・、」そこまで言いかけ、優紀子はそれでいいのかと言おうとして、その言葉を飲み込んだ。今の俺が言えることじゃない。町を出た俺が、未だに囚われている俺が、言えることじゃない。

「・・・いや、なんでもない。」

少しの間、二人に沈黙が訪れた。その意味することはわかる。どちらにせよ答えを出さなきゃいけないんだ。俺も、優紀子も。それぞれに対して。

「・・・じゃあ、帰るわ。今日は呼んでくれてありがと。ごちそうさま。」

「うん。また、来てね。」

優紀子と別れ帰路につく。


親父さんからあんなことを言われるとは思わなかった。

いや、本当は少し感づいていた。

俺にとって優紀子は大事な存在だ。だからこそ・・・。

そんなことを考えながら、子供の頃に何度も通った道を歩きながら。

明日、行くか。そう思った。

無駄だとわかっている。もう淡い期待すら抱かなくなった。では何故それを止められずに毎年続けているのか、心残りはいつになったら薄れてくれるのか。

俺の心はまだ、子供の頃のままなのかも知れない。

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