故郷1
新幹線と在来線を乗り継いで数時間、着いた先は高校生までを過ごした故郷。
俺のほかに降りた人はいない。無人のホームを一人歩き、階段を上下して駅を出る。
何も変わっていない
とはいかない駅前。
去年来た時より更に寂れた感じが強くなった。俺が子供の頃は駅前に本屋と文房具屋があったが、今はもうシャッターが下りている。
小学生になった時に友達と一緒に文房具を一通り揃えに来た。
本屋には漫画を買いに来たり、立ち読みをしたこともある。
そんな思い出の場所はもう見る影もない。ここが閉店してしまって子供たちはどこで本や文房具を買うのだろうか。車で買いに出るのか通販か、それとももう子供がいないのか。
俺が上京してから新しくドラッグストアができたのだが、それもまた閉店しているのだからもう駅を利用している人すら少ないのかも知れない。俺のイメージでは駅前っていうのは一番人通りが多く賑やかだったのに。
家までの道のり、あの頃は当たり前だった道のり。当時は一人ではなかったこともあってか近いとも遠いとも思わなかったけど、今歩いてみると結構距離がある。
初めておつかいに行ったスーパーは閉店している。
元々古かった薬局は開いているのか閉まっているのかわからない。
タバコ屋は自販機が代わりに立っている。
何度かお世話になった町の電気屋はさんももうやっていないようだ。
銀行、料理屋、全て看板が下ろされている。
まるで抜け殻だ。
たまに車は通るが歩いている人は俺以外にはいない。
昔からこんなだっただろうか。遠い思い出は定かではないが、これでは町として機能しているようには思えない。この町は時代の新陳代謝に取り残されて壊死しているのだろう。
家に着く少し手前、知った顔に会う。小学校からの付き合いの相田優紀子だ。庭先の木々に水をやっているようだったが、近づいたらこちらに気づいたようだ。
「一年ぶりだな。今年も帰って来たよ。」
「そろそろかなって思ってたよ。おかえり、まこちゃん。」
ゆっくりとした笑顔でそう言って俺を迎え入れてくれる。その見慣れた笑顔を見ると俺は心から安心することができる。
変わってしまった故郷の中をまるで浦島太郎のような気分でここまで歩いてきたが、優紀子の顔を見て故郷に帰ってきたのだと実感できた。それに、俺のことをまこちゃんなんて呼ぶのはもう優紀子くらいのものだろう。
「また変わったな、ここも。」
「そうかな。ずっと住んでるとよくわからないよ。」
「子供の頃に比べて寂しくなったよ。」
「皆いなくなったからね。もう、どっちで寂しくなったんだかわからないよ。」
進学や就職で友人が、後輩が、次々と町を出て行くのを優紀子はどんな気持ちで見送ってきたのだろう。
「今年もしばらく居られるの?」
「ああ。その予定だ。」
「そっか・・・。」
「どうかしたのか?」
「ううん。ただ、嬉しいなって。」
そう言ってまた笑顔を向けてくれる。
優紀子に会うのが帰省の目的の一つになっている俺にとって、嬉しいと言ってくれるのは素直に嬉しい。
だけど、皆と同様に町を出て行った俺には、自分の気持ちに向き合えない俺には、その言葉を言う資格はない。
優紀子と別れしばらく歩くと俺の家がある。昔住んでいた家に入ると何故か全てが小さく見える。高校を卒業して出て行ったから成長によるものはほとんどないハズなのに。
荷物を置いたら窓を開け部屋に風を入れる。今日は掃除だけで終わってしまうだろう。
人が住まなくなると家は傷むのが早いと言うから、この程度の手入れでは長くはないのかも知れない。
このままこの家が駄目になったら、俺はどうすればいいのだろうか。
住んでいるわけでもないのに維持に手間や金はかけられない。
だからといって廃屋にするのは心苦しいし、取り壊す決心はつかない。