少年の日の終わり
次の日、荷物をまとめて駅に向かう。
もう帰らなければ。明日からは仕事だ。
途中、優紀子が俺を待っていた。
「もう・・・行っちゃうんだね。」
「ああ。休暇は今日までだからな。」
「今年も、山に行ってたの?」
「・・・ああ。」
「やっぱり、・・・私には、教えてくれない?」
俺がその言葉に答えられないでいると優紀子が「そっか・・・。」と言って俯いてしまった。
そのまま二人で駅まで歩く。
「・・・なんだか懐かしいね。高校生の時はこうやって登校してたよね。毎日。」
「ああ、そうだな。毎朝早くて大変だったよな。」
「私は嫌じゃなかったよ。あの頃は皆で遊びに行ったり、勉強会やったり。楽しかったなあ。」
「何気ない景色の全部に思い出があるもんな。ここは。」
そう言って辺りを見渡す。
二人で何度も歩いた道。
夜に別れ難くて二人で話し込んだ場所。
子供の頃、近道だとか言って走り回った水路。登って歩いた壁。
よく遊んだ公園、駐車場、荒れ地でさえ全部に何かしらの思い出がある。
だがあの頃から変わってしまった景色には、思い出がない。
「まこちゃんはさ、どうして、・・・東京に行ったの?」
「それは、ここだと仕事がないから。」
「嘘。本当はいくつか誘われてたよね。途中までは出て行く気はなかったでしょ?」
「それは・・・。」
「それも私には、言えない?教えてくれないの?」
「それは・・・優紀子には、」
そこまで言って俺は口をつぐんだ。だけど言わんとしていることは伝わってしまう。それだけ長い付き合いだから。俺にとって、お互いにとって、離れてもなお一番長い付き合いだから。お互いのことは何となくわかる。
「関係ない?かも知れないけど、でも、私は。」
優紀子は俺のことを気遣ってくれているんだ。力になりたいと思ってくれている。ずっと昔から。だから俺も、まずは打ち明けなきゃいけない。俺の事を。俺の気持ちを。
駅に着いて、二人でよく過ごした誰もいない待合室。
通学の時に何となく決まったお互いの定位置ともいえる椅子に腰掛ける。
「来年さ、」
「うん。」
「連れてくよ。」
「え?」
「山。」
「・・・いいの?」
「ああ。でも結構大変だぞ。」
「頑張るよ。」
「その時にさ、全部話すよ。今まで内緒にしてたこと。でも凄い情けない話なんだ。わけわかんない話だし。だからきっと優紀子が思ってるようなことじゃ全然ないんだ。」
「でも、まこちゃんにとっては大事なことなんでしょ?」
「・・・ああ。」
「だったら知りたいな。来年、待ってるからね。私。」
電車の到着が迫って、二人で待合室を出た。
「なあ、優紀子。」
「ん?」
「優紀子はさ、東京に出てくる気、ないんだっけ。」
「・・・うん。あんまり、ないかな。不安、なんだと思う。ここを出る事も、ここの事も。」
「その、そういう不安とかさ、解消できるように頑張るからさ、ついてきてほしいって言っても、駄目かな?」
「え?それって・・・。」
「今すぐに答えてくれなくてもいい。だけど、考えておいてくれよ。」
沈黙の間に電車がホームに到着する。
「来年また帰ってくる。その時に俺の気持ちを聞いてほしいんだ。」
情けないくらい少しの勇気しか出せない俺に、優紀子はいつもの笑顔で
「うん。」
と。そう答えてくれた。
俺は今でも、そして未だに。あの夏の日をおっている。
そんな俺が前に進めるんだろうか。そんな俺が優紀子を幸せにできるんだろうか。
そんな不安を胸に俺は毎日の生活に戻る。故郷を離れて。
思い出を後にして。




