過去8
遠目に見た時は相当高い山で、探検は数日がかりになると思っていたし、まさか頂上まで行けるとも思っていなかった。
でも初日に、まだ日が昇っている内に頂上に着くことができた。そこは小さな丘のようになっていて、木の生えている数も少なく生えていても背が低かった。そのため木に登らず地面にいても見通しが良く、簡単に四方を見渡すことができた。
「着いたね。」
「うん。」
「案外いけるもんだね。」
「そうだね。」
二人して意外という顔を見合わせた。
「俺さ、あっちに住んでるんだ。あの山の向こう。隠れちゃってて見えないけど。ヨーコ姉ちゃんは?」
「私?私はあっち。やっぱり見えないけどね。」
視界が開けていると言っても結局見えるのは山ばかり。だけどこんな景色はテレビでも見たことがない。どこを見ても人の気配のない山々。吹き抜ける風。それは今まで感じたことのない程の達成感と解放感、そしてなぜか少しの安心感があった。
「やっぱりマコト君は凄いね。」
囁くような小さな声でヨーコ姉ちゃんが言った。
その言葉の意味が俺にはよくわからなかった。
「俺なんか全然だよ。」
「そんなことない。・・・私ね、いつもの遊びに退屈して、・・・色々嫌になっちゃって。内緒であの場所に遊びに来てたの。でもマコト君にこの山に登ろうって言われたとき躊躇しちゃった。私、結局自分で狭めてたのかも知れない。マコト君はいつも私に新しい遊びをしようって言ってくれるから、マコト君のお陰で私、世界が広がったよ。楽しいっていうことが、わかった。ありがとう。」
ヨーコ姉ちゃんは真っ直ぐ俺の目を見ていた。忘れもしない、初めて会ったあの時のように。
「俺もさ、前にも言ったけど友達と上手くいってなかったんだ。でもヨーコ姉ちゃんのお陰で仲直りできたし、それに今日この山に登れたのも、登ろうと思ったのも、全部ヨーコ姉ちゃんがいたからだよ。俺一人じゃ絶対ここまで来れなかった。ヨーコ姉ちゃんと二人だからこの景色が見れたんだと思う。だから俺の方こそ、その、ありがと。」
思っていることを、心からの言葉だけど面と向かってお礼を言うのは照れてしまう。
それから俺とヨーコ姉ちゃんは二人、手をつないで景色を眺めていた。どれくらいの時間が経ったかはよくわからない。そんなに経っていないと思うけど自分では全く感覚がなくなっていた。それどころじゃないくらい、俺は繋いだ手のことで胸がいっぱいで景色なんて見れてなかった。他の女の子と手を繋いでもこんな気持ちになることなんてなかった。その感覚を、気持ちを、俺はまだ頭で理解ができていなかった。
ただわかっていることは、この時間がきっと人生の中で最高の時なんだってことだけだった。
「太陽が、もう落ちてきちゃったね。」
ヨーコ姉ちゃんにそう言われて俺は意識が戻った。見上げるともう時間にゆとりがないことがわかる。
「帰ろっか。」
当たり前のこと。頭ではわかっているのに。早く帰らないと日が落ちてしまうのに。俺はずっとここにいたいと思っていた。帰りたくないわけじゃない、ただ、今が終わるのが嫌だった。
「今すぐじゃなきゃ、ダメかな。」
「うん、早くしないと。」
「俺、もっとここにいたい。もう少しだけでいいから。」
自分でも我儘だと思っている。まるで理屈の通らない子供の我儘。でもそれを
「しょうがないなあ。少しだけだよ?」
と囁き、肩を寄せ俺にもたれかかるようにするヨーコ姉ちゃん。
その時、俺は高揚感と共に全能感すら感じていたと思う。頭が真っ白になりながら、心臓の鼓動が早くなっていることを、息が荒くなっていることを、汗ばんでいることを、ヨーコ姉ちゃんに知られたら恥ずかしいと思いながらその距離を離すことはできなかった。
それから少しして、
「・・・もう、限界かな。・・・行こっか。」
ヨーコ姉ちゃんが俺から離れる。太陽はさっきより更に落ちていた。
夢の時間は、終わってしまった。




