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第七章:自壊

放課後の更衣室。誰もいない鏡の前に、香坂美羽は立っていた。


制服のリボンを整え、髪の巻き具合を整え、完璧に仕上がった笑顔を確認する。


——今日も可愛い、完璧な私。


そのはずだった。


「……あれ?」


鏡の奥の自分が、一瞬だけ“微妙に違う顔”をしてこちらを見返してきた。

頬のライン、目のカーブ、口角の角度……ほんの僅かな歪みが見える。


「何これ……」


美羽は一瞬息を呑んだが、すぐに笑い飛ばすように自分に言い聞かせた。


「……疲れてるだけだよね」


バッグを肩にかけて立ち去ろうとした瞬間だった。


鏡の中の“もう一人の美羽”が——動かなかった。


自分が動いても、鏡像は微動だにせず、ゆっくりとこちらに首を傾け、微笑んでくる。


完璧な笑顔。理想そのものの自分。


「……誰?」


震える声に、鏡の中のもう一人が囁いた。


『私はあなたよ。本当の“香坂美羽”』


「は?」


『あなたが重ねた嘘と演技。その積み上げで作られた理想の“完成品”が、私』


鏡の奥からにじり出るように、もう一人の“美羽”が微笑みながら一歩踏み出してくる。


『さあ、交代の時間』



翌朝の教室。


「おはよー、美羽!」


クラスメイトたちは、笑顔で駆け寄ってくる。

囲まれていたのは——完璧な微笑みを浮かべる、“あのもう一人の美羽”だった。


本物の美羽は、教室の隅で声を上げた。


「ちょっと待って、何でみんな——私ここにいるよ!!ねぇ、見えてるでしょ!?」


だが、生徒たちは誰一人としてこちらを見ようとしない。

むしろ、目の前に立っているはずの美羽の姿を“存在していない”ものとして振る舞っていた。


「今日も可愛い〜美羽〜」

「ほんと、スタイルいいし天使だわ〜」

「美羽ってやっぱ女子の憧れって感じ〜」


(違う…それ、私じゃない!)


必死に叫んでも、まるでガラス越しの世界に閉じ込められたように声は意味を失っていく。



昼休み。職員室。


美羽は泣きながら駆け込んだ。


「先生っ、私……香坂美羽です! 名簿、記録、何でもいいから確認して!」


担任は困惑した顔で名簿を開く。

そこには確かに「香坂美羽」という名前が載っていた。だが——


載っている顔写真は、“偽物”の美羽だった。


「えっと……君……。あれ? 美羽さん……?顔が……少し違う気も……いや、でも確かに名簿には……」


担任はしばらく名簿と美羽の顔を交互に見比べていたが、次第に曖昧な表情になっていった。


「……いや、悪い、何か混乱してるみたいだ」


(そんなはずない……!)



夕暮れの下校時。


美羽はフラフラと歩道を歩いていた。誰も彼女を視界に捉えようとしない。

すれ違う生徒たちは、まるで“誰もいない場所”を歩いているかのように避ける。


「お願い、見て……! 私ここにいるの……!」


声は空しく響く。音としては届いても、“意味”を持たず消えていく。


(……消えていく?私が?)


ふと、ガラス窓に映った自分の姿に視線が止まる。

その顔は、日ごとに形を失っていた。


輪郭が曖昧になり、目の奥に光がなくなり、唇の色も薄れかけていく。

自慢の容姿は、まるでゴーストのようにぼやけ始めていた。


「うそ……やだ……やだ、消えたくない……!」


足元がふらつき、しゃがみこんだ美羽のスマホが、カチリと勝手に光り出した。


画面に浮かんだのは——玲の姿を纏ったアズライル。


『お前が欲しかったのは、嘘で飾った理想の自分』


『ならば今度は、その“理想”に食われるがいい』


『お前の作り上げた嘘は、お前自身を押し潰す』


美羽は嗚咽を漏らしながら、顔を両手で覆った。


「やだ……誰か、誰か助けて……私の居場所返してよぉ……!」


だがその声に、世界はもう何の応答もしなかった。



放課後、昇降口の柱の影。


玲の姿を纏ったアズライルが、静かに微笑んだ。


「二人目、終了」


その声には冷酷さの奥に、わずかな“憐れみにも似た”感情が滲んでいた。


「さて——」


彼の口から、次の標的の名が低く囁かれる。


——八代颯真。


復讐は、いよいよ最も深い地獄へと進み始めていた。

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