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第十六章:日常

春の空気が、静かに教室を満たしていた。


玲は新しいノートを開くと、ゆっくりと日付を書き込んだ。


(――今日から、また始まる)


あの日から、時間は確かに動き始めていた。


あの主犯たちの姿はもうない。廊下で怯えていた毎日も、机の中を覗く恐怖も、今は遠い過去になりつつある。


もちろん、すぐに友達ができたわけではない。


まだ、教室の空気はどこか距離を置いている。けれど、それでも今の玲には、あの頃のような孤独は感じなかった。


誰にも話しかけられなくても、心の中に静かな光があった。


(私は一人じゃない。もう、何も終わってなんかいない)



昼休み。窓際の席に座った玲は、お弁当箱の蓋を静かに開けた。


母が作ってくれたおかずが、色鮮やかに詰められている。


(……ありがとう)


口に出さなくても、胸の中で自然とその言葉が浮かぶ。以前なら抱いていた“申し訳なさ”も、今はない。


少し遠くの席では、何人かのクラスメイトが雑談していた。


そのうちの一人が、ふとこちらに目を向ける。


「ねぇ、東雲さん…!」


玲は少し驚き、そっと顔を上げた。


「えっとさ……今度のグループ課題、一緒にやらない? 人数あと一人足りなくて」


ほんのささいなきっかけだった。でも、その一言が、玲の心を大きく揺らす。


「……いいの?」


「もちろん!むしろ一緒にやってくれたら凄い助かる。」


相手の笑顔は、ごく自然な優しさだった。


玲はゆっくりと微笑みを返した。


「ありがとう」


自然と出たその言葉は、今までとは違う柔らかさを含んでいた。



放課後。


新しいグループでの打ち合わせを終え、玲は教室を出た。


西日に照らされた廊下を歩きながら、ふと窓の外に目をやる。


柔らかな春風が校庭を撫で、遠くには白く小さな雲が流れていく。


玲は静かに立ち止まり、小さく深呼吸をした。


(あの時の私が願ったこと――)


誰かが与えてくれた選択肢。

自分で選んだ“生きる”という道。


まだ不安もある。でも今は、確かに希望を抱ける自分がいる。


「……大丈夫。きっと、これからは」


玲は静かに微笑んだ。


そして、光の差す昇降口へ向けて歩き出した。



こうして――


少女の物語は、静かに幕を閉じた。


だがその裏で、新たな物語の歯車が、ゆっくりと音を立て始めていた。


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