第十五章:昇光
——夢の中だった。
薄暗い霧がゆらゆらと漂い、足元は柔らかな光に包まれている。現実とは異なる、けれどどこか懐かしい空間。
玲はゆっくりと歩いていた。
自分がどこにいるのかも分からない。ただ、目の前に伸びる白い道を、静かに進んでいた。
やがて、ぽつんと佇む“もう一人の自分”に出会う。
それは小さな、幼い頃の玲だった。
髪をおさげに結い、赤いランドセルを背負ったまま、悲しげにうつむいている。
玲は思わず立ち止まり、そっと声をかけた。
「……わたし?」
幼い玲はゆっくりと顔を上げた。
その瞳には、あの頃の孤独と、不安と、諦めがそのまま残っていた。
「ずっと、ひとりだったの」
「……うん」
「誰も、助けてくれなかった」
「……うん」
玲は小さく頷きながら、その小さな自分に歩み寄っていく。
「……でも、私は今、ここにいるよ」
幼い玲の表情がわずかに揺れた。
「でも……苦しかったのに、なんで生きるの?」
「苦しかった。でも、今は——生きたいって思えたから」
玲は静かに、優しく微笑む。
「わたしを助けてくれた人がいたの。顔も思い出せないけど……その人が言ってくれたの。“選べ”って」
玲はしゃがみこみ、小さな自分の手をそっと握る。
「だから私は……自分で生きるって、選んだんだ」
小さな玲は、しばらく黙ったままだった。
けれど、その瞳に、ゆっくりと柔らかな光が灯っていく。
「……生きても、いいの?」
「いいよ。もう、ひとりじゃないから」
玲は、両手で幼い自分を優しく抱きしめた。
温かい涙が頬を伝う。けれどそれは、もう悲しみの涙ではなかった。
その瞬間、霧の中に柔らかな光が広がった。
小さな玲の姿はゆっくりと溶け、静かに一体となって消えていく。
——過去の自分が、ようやく癒されていくように。
◇
目を覚ますと、玲は自室のベッドに横たわっていた。
窓の外では、朝日がゆっくりと昇っている。
自分の心が、少しだけ軽くなったような感覚があった。
(ありがとう……)
誰に向けた感謝なのかは、もう分からない。
けれど確かに、誰かが自分を支えてくれていたことだけは、玲の心が覚えていた。
新しい朝が、静かに始まろうとしていた。