異世界に転移?俺が勇者?
『お願い!目を醒まして、セート!』
少女と思われる必死な声が聞こえる……綺麗な声だな…
澄んだその響きが余計に眠りへと誘う……
でも、酷く眠くて…目が開けられない……
起きようとする意思に反して、俺の意識は更に沈んでいった……
俺は寺和聖斗、14歳。
ごく普通の中学生……だった。
いつも通り部活に明け暮れては帰宅する、そんな毎日。
一つだけ違ったのは、帰り道で猫を見た…多分野良。
近年保護活動で野良猫を見なくなって久しい。
だからその猫が印象的に見えたんだ。
…猫が歩く姿をつい目で追っていると、いつの間にか近付いていた車が、スピード違反のレベルで突進してくる!
俺は大丈夫な位置だったが、このままでは猫は轢かれてしまう!
俺の身体は咄嗟に動いていて、猫を庇うように抱き締めた。
……ここまでが俺の記憶。
次の俺の意識は全身が怠く、酷く眠くて目が開けられない。
ああ、死んだんだなと思った。
あの猫だけでも助かってるといいな……。
ようやく意識が戻せる感じがしてきた。
身体はどこも痛くない。
薄っすらと目を開けてみる。
白い天井…病院かな?
視線を周囲に彷徨わせると……俺の周りにはたくさんの人が居る!
へ?もしかして病院じゃない?
洋風のホテルの一室みたいな感じで。
っていうか、この人達は誰なんだ?
俺を囲んで何か騒いでる。
ようやく聞き取れて来た言葉は
「何故スキルが無いんだ!」
とかって…スキルって仕事の?
俺は学生だからって言えばいいのかな?
いやそんなことより、周囲の人達はどう見ても日本人じゃない。
英語がお世辞にも得意とは言えない俺はパニックになりそうだったけど、耳に入ってくる言葉は日本語?俺にも聞き取れたから、慌てずに済んだ。
会話が出来るならどうにかなるか?
ふと目を開けた俺には何故か周囲の視線が冷たく向けられてる…多分。
何だろう?
「おお、目覚めたか、勇者殿。」
豪華な衣装の老人がすぐに俺に声を掛けて来た。
ん?勇者?
「勇者って俺のこと、ですか?」
間違ってたら恥ずかしいけど、老人が俺と目を合わせて言って来るからさ。
「そうじゃ、勇者よ。よく休まれたかな?」
あれ?感じいいぞ。
嫌な感じがしたのは気のせいかな…。
と思って周囲をチラ見したら、話し掛けてくれている老人以外は、やっぱり冷たい眼差し。
唯一普通に対話してくれているこの老人と話をしてみれば、この状況もわかるかも。
「あ、はい。やたらぐっすり寝た感じで。」
さっき眠くてたまらない感じだったから、長時間寝ちゃってたかな?
「ホッホッホッ、それは召喚により次元を渡った疲れじゃろう。」
笑いながら言われた言葉に、さらっと挟まれたキーワード。
『次元を渡った』
「へ?え、え?」
「勇者殿は元居た世界から次元を渡って、この『セント・フリージア』にいらっしゃったのじゃ。」
勇者って呼んでたってことはさ、日本なわけが無い。
次元を渡ったとかも地球では、ゲームや漫画でしか聞かない。
わけがわからないことだらけで、聞くことがたくさんあるけど、このご老人以外は、何となく俺の事を歓迎モードじゃないって雰囲気。
こちらからの言葉にいつまで答えてくれるか怪しい。
俺が勇者だとしたら、何でそんなに冷遇されるのか意味がわからない。
聞けるうちに聞けるだけ聞いておかないと…。
教えてもらえた範囲内で纏めるとこんな感じだ。
ここは地球とは違う『セント・フリージア』なる場所で、所謂異世界だ。
魔族と人間は生存を掛けて戦っている。
その魔族側に魔王が降臨した事で、有利だった人間側が不利に陥った。
そこで、古くからの文献にあった『異世界の勇者』を召喚すれば魔族を殲滅できる…らしい。
その勇者が俺で…。
勇者は次元を渡る際『スキル』が与えられて、そのスキルで魔族…魔王を倒せる、ということだそうだ。
ファンタジー世界満載の言葉だらけで、ゲームをやっていて初めて「良かった」と思えた。
つまりはせっかく召喚した俺にスキルが無いから、魔族に対抗する力が無い……それで周囲の人達(貴族や神殿の人達だそうだ)が俺に絶望していたと、それゆえの冷たい雰囲気だったのか。
そんなこと言われたって、俺だってスキルが欲しいけど、俺にはどうしようも無い。
一通り聞くと、さっきから俺に詳しく説明してくれた、この国の国王様が、「スキルは後に発動するかもしれない」と周囲の人々に言ってくれたので、冷たい視線からは逃れられた。
「さて勇者殿にお願いがあるのじゃが。」
ひとまず知識も情報も仕入れて少し落ち着けたと思ったところで、王様が俺に再度言葉を向けた。
右も左もわからない俺に懇切丁寧に説明してくれたのだから、出来る事ならやってみようと思って、王様の次の言葉を待った。
「勇者殿…」
「寺和聖斗です。」
そういえば名乗ってなかったな。
「てら……ではセートよ。」
日本語は発音が難しかったかな。
王様が言い直したから、次からはセートと名乗ろう。
「セートを召喚したのはこの国の聖女なのじゃ。」
聖女……あの透き通った声は聖女のものだったんだ。
納得すると王様が続ける。
「聖女はセートを召喚し、その直後に攻めて来た魔族からセートを守って、セートに結界を張って守ったのじゃ……」
俺を守ってくれてたんだ……それなのに呼び掛けに答えられなかった…。
「そして、魔族に拐われてしまったのじゃ。」
「えっ!?」
「聖女とはいえ、召喚に結界と続けて大きな力を使った後では、魔族に敵うわけもなくてな。」
「そ、そんな…」
「恐らく召喚の儀で聖女が弱るタイミングを狙ってきたのじゃ。して、狙いは勇者の命じゃった。」
「じゃあ聖女は俺の身代わりに…」
「そうなのじゃ。じゃからのうセート、聖女を救ってやってはくれんか?」
俺を庇ってくれた聖女を助けたいのはやまやまだ。
スキルが無い俺に可能なんだろうか?
でも状況は嫌とは言わせないって感じだよな。
スキルが後から発動する事を祈って、俺は聖女救出の旅に出る事にした。
まだタイトルのシーンまでたどり着けず…。
次回ようやくタイトル通りになる予定です;