エイリアンに死後の仕組みを聞いてみた
私は格闘技が大好きだ。女性で格闘技を学ぶ人口は男性のそれより遥かに少ないし、下手に学んだら逆に危険な場面で自分で何とかしようとして大変な目に会う場合もあるらしいが、まあ、それでも私は格闘技が大好きなのである。
ひたすら動作を繰り返して体に慣れさせ、体が覚えている技を反射的に繰り出す瞬間が好きだ。互いに洗練させた動作をぶつけ合うのが好きだ。自分の体が思った通りに動いてくれて、それが決まる瞬間が好きだ。格闘技はただの殴り合いではない。すべての武術には理があって、理を極めることで見える景色が違ってくる。
ただ私は格闘技に入る時期が遅かった。そこまで才能があったわけでもない。才能とは要するに遺伝子と脳の発達ぐわいを指す。幼い頃の私の脳は勉強で埋め尽くされてしまい、運動に費やする時間はそれほど多くはなかったのである。
私の親は勉強して成功することこそが成功であると信じて疑わない類の人間だった。それが間違いだとは思わない。会社はある程度安定性を求めるので、履歴書に学歴があると入社しやすい。それだけじゃなく、単純に学んだ分野が実用的であればあるほど、将来の安定性を確保できる。それ自体に間違いはない。ただ、私自身がそれを心から求めていたのかというと、首を傾げざるを得ない。
そもそも私は自分が何が好きで何が得意で何を楽しむのかを模索する機会すらも与えられなかったから。仕事に就いていたころには、もう時すでに遅し。大学で生物学を勉強して、大学院まで卒業して研究所に就職したまではいいものの、そこから趣味がない。周りには言わばナードと言った連中が大半で、彼ら彼女らの大人しい趣味に付き合うのはどうにもむずがゆいと感じていた。
そんなある日、周りから料理動画とか参考になると言われ、短い動画が流れる動画サイトのプレミアム会員登録をして、ランダムのフィードを流していたら、私は格闘技の世界に出会った。最初は何が何だかわからなかったし、むさ苦しいとだけ考えていたけど、なんとなくフィードを追っているうちに、格闘技の見方がわかって来て、それからはもう格闘技にハマってしまった。
一応ジムには体型の維持のために通っていた。子供の頃から尊敬していたある宇宙物理学者は、大学の時にレスリングをやっていて、体格も大きく歳をとってもずっと運動をしていた。頭を回すのに運動は必須。血流が良くなって、脳に運搬される酸素の量が増え、思考をクリアにしやすく、体調を整えるにも運動は欠かせない。
だから周りのナードたちが部屋に引きこもってTRPGなどに熱中している時、私はできるだけジムで体を鍛えることに使うようになったのだ。ただこれは大学を通い始めてからで、その前までは体育の時間だけ運動をしていたんだけど。
とにかく、体はそれなりにできているわけだから、何とかなるんじゃないかなと、安易に考えながら学び始めたのはボクシング。ボクシングかレスリング、二つのうち一つから総合格闘技の世界に入るのが普通で、レスリングをしたら耳が潰れるというので、さすがにそこまではする気がないと、ボクシングから始めたのである。空手やキックボクシング、BJJ(ブラジリアン柔術)、ムエタイ、ちょっと変則的にカポエラーやFMA(フィリピンの格闘技)から始める場合もあるみたいだけど、ボクシングが一番わかりやすいというか、空手は子供たちとか多そうだったし、キックボクシングとムエタイはハードコアなイメージがあったし、BJJは女性同士ならともかく男性と組むとなるとすべてが寝技なので色々大変なことになりそうだったし、カポエラーやFMAはそもそも近所に道場がなかったので、言わば消去法でボクシングを選んだわけである。
だからといい加減に学ぶつもりもなかったし、普通のその世界をたっぷり堪能したかった。それで基本的な部分を学び始めると、パンチ一つを正確な動作で繰り出すのにもそれなりに工夫が必要なことがわかった。正しい姿勢じゃないと威力は半減どころの騒ぎじゃなくなる。そして集中力。やってみてわかったことだけど、相手の頭はずっと動いていて、それに向かって正確なパンチを当てるのはそう簡単なものじゃない。軸足を回転させて、腰をターンさせながら肩に力を行き渡らせ、正確に狙った場所へとパンチを繰り出す。
画面越しに見ていると簡単そうに見えたのに、やってみると全然そうじゃなかった。我ながら舐めていたようである。ありありな勘違いというか、ジムに通っていたんだから運動神経はいいんじゃないと。そんな簡単なことではなかった。決まった動作を狙った筋肉を鍛えるために繰り返すことと、体全体を特定の目的を果たすための道具として正確な動作をその時その時選ぶのは、脳の使い方が根本的に違う。ただ体ができていると体を作るまでの筋トレ期間が相対的に短くなるだけ。
ボクシングをそこそこ学んでからはキックボクシングに移った。現代のキックボクシングは様々な技が入っていて、割と総合格闘技に近い。空手から派生しているけど、ムエタイからローキックを取って来て、全方位に対応できるようになっている。ただ空手にある必殺技みたいな派手な蹴り技とかはあまり学ばず、堅実で素早い蹴りをメインに学ぶという違いはある。それに空手には流派とかもあるらしくて、何を選んで学べばいいのか迷ってしまったため、キックボクシングを学ぶようになった。
ただ知らなかったのは、キックボクシングの蹴りは、足の骨を細かく砕けながらくっつけて強くする鍛錬をしていて、やはりハードコアじゃないかと、最初にトレーナーさんから聞いたころはぞっとしたものである。でも周りの皆がやっていて、実際にやってみると、確かにそれなりに痛いけど、耐えられない程でもない。体の痛みに比べたら、頭の中に訳の分からない化学式や生物の部位名を詰め込んでテストに臨んだ頃の方が頭が痛かった。物理的に痛いわけじゃなくて、ストレスがすごかった。痛みは所詮は電気新語で、それからストレスを感じるかどうかは状況にもよるのだ。
それでキックボクシングをそれなりにしてからは、思い切って寝技をするBJJに挑戦。案外女性もそれなりにいて、トレーナーさんは男性だったけど、別にセクハラをされることもなく、普通に楽しめた。ちなみに私の身長は169センチで、それなりに鍛えているので体重は59キロ。腕と足が筋肉でバキバキになってから、元の54キロから5キロも増えている。鏡を見てると腹筋も割れてて、腕と背中の筋肉の形も鮮明になってて、殴る力とかはもう、ただの一般人のそれじゃない。付き合っていた彼氏からは君は一体何を目指しているのかと言われたけど、別に世界王者になりたいとかじゃなかった。
誰かを殴りたくてやったわけでもない。技の駆け引きや読み合い、カウンターやプレッシャーの掛け方などを地道に学ぶこと自体が楽しかったのだ。その過程でパンチの力をもっと出せるにはどうしたらいいのかと工夫してみたらたくさん筋肉が付いた。それだけのことである。
キックボクシングのアマチュア大会に出て優勝したこともある。ただ私と同じ女性のフェザー級は参加者数自体が少なく、四回戦っただけで優勝しただけなんだけど。プロには挑む勇気が持てなかった。そもそも、私はそれほど体の動かし方に才能があるわけじゃない。これは脳の発達と関係があって、子供の頃に複雑な動作を繰り返していると、運動神経を担当する脊髄や小脳や動体視力を司る部分が発達しやすい。そんな人たちと戦って勝てるのかというと、あまり自信がなかった。それに、私はあくまで研究員で、スポーツ選手ではない。年齢も年齢だったし、彼氏と結婚もそう遠くない未来に訪れて、結婚したら子供を産んで子育てもすることになるので、あくまで趣味の領域。動作をずっと繰り返していたものだから、体が正確な動作を覚えていて勝てた。それだけの話。実際の動体視力はそこまで良くはない。むしろずっと勉強ばかりしていたせいで視力は悪い方。試合を始めると相手の顔の輪郭ははっきり見えるけど、眼鏡をしてないので顔立ちは全然わからない。だからプロは狙わない。大きな試合にも参加しない。
そんなある日、事件が起きた。深夜の道はあまり通わないようにしているけど、その日は研究に成果が出たことで、仕事仲間との祝賀会があったのだ。タクシー代を持ってくるのを忘れて、彼氏に電話をすれば彼は友達のうちに来て軽くお酒を飲みながらTRPGをやっているという。当然、車は持ってきてない。それに、歩いて帰れなくもない距離だった。四十分はかかるけど、別にやることもないからと、行ったこともない道を時折スマホのナビゲーションを頼りながら歩いて、入り組んだ路地を突っ切っていると、女性の悲鳴が聞こえてきた。気のせいかと思いつつも気になって近づいてみると、若い男性の二人組が一人の女性を車に連れ込もうとしていたのである。時刻は深夜で、周りには私しかいない。
警察を呼ぶにも間に合わないと判断した私は、ヒールを脱ぎ、バッグを置いて走り、男の一人の画面にストレートパンチを見舞いした。混乱しているもう一人に素早く接近してローキック、姿勢が崩されるところを追うように踏み込んでワンツー。安心せずそのまま女性の手を引っ張って逃げようとしたら、背後から一撃を貰った。鉄パイプで頭を殴られたのである。良くそこまでするのだと感心しながら振り向いて、相手の頭の位置を視認した瞬間にハイキック。クリーンヒットして地面にそのまま突っ伏す。また走ろうとしたら、今度は運転席からもう一人が鉄パイプを持って降りて来た。やむを得ないと、私はその人を素手で制圧することに。頭を狙っての横からの殴りをしゃがんで避けて、腹部を殴ってからアッパーカット。反射的に鉄パイプを振るおうとしたら、続けてのローキックで姿勢が崩れた。相手の鉄パイプをこちら側からも握ってそのまま頭を打つと手から鉄パイプを手放す。私はそれを握って遠くへ放り出し、女性と逃げきれる。そう思っていた。しかし続けて聞こえてきたのは聞いたことのない、爆竹のような音。
腹が熱い。鈍重な衝撃が内臓をかき乱すような感覚が続いた。この音がまたする前に体を隠さないといけない。だから私は女性とひたすら逃げて、私たちは交番の前にたどり着いた。三百メートルくらいの先にあったのである。ただ路地を何回か回ったので、その爆竹、いや、銃声音も聞こえてなかったはず。
女性は何度も私に感謝して、謝っていた。巻き込んでごめんなさい、助けてくれてありがとう。そう言われたら、助けたがいがあるというものである。
やけに肌寒い日だなと思った。視界が霞んできて、目を瞑り、やがて音も聞こえなくなる。それで目を覚めた時に、私の目の前には大きな横に長い楕円形の窓があって、そこから地球の姿が見えた。
星を一望できるなんて、夢なのかなと思っていると、自分が見たことのない、ふわふわな白いワンピースを着ているのがわかる。体は薄っすらと光っていて、穏やかな表情を浮かべている、透明な青い肌を持つ、身長の高い性別のわからない何者かが私のところへと歩いてきた。やはりこれは夢なんだなと思っていると、そのものから話しかけられる。
「目が覚めたんですね。」
どこか安らぎを感じさせる声でそう呼ばれた。やはり性別はわからない。というか、そう言う次元の話じゃないかも。神様か何かなんだろうか。
「えっと、どなたでしょうか。もしかして神様?」
「いいえ、私たちは神様ではありません。私はブルエールとでも呼んでください。私たちは、あなたからしたら未来人のようなものです。あなたはカルダシェフスケールというのを聞いたことはありますか?」
「はい、えっと、確か、宇宙単位で文明レベルを判断する尺度、みたいな?」
タイプ1からタイプ3まであって、タイプ1は惑星にあるすべてのエネルギー、太陽光を含めて地熱、雷、風、台風までも利用できて、気象も完全にコントロールできる状態。タイプ2はダイソン・スフィアと言われ、文明が属している太陽系の中心となる星からのエネルギーをスフィア、球として囲んで利用できる状態。タイプ3は銀河全体のエネルギーを利用できる状態の文明なんだけど、これはまだ想像だにできない規模の話なので、特にこれと言ったモデルは存在しない。これ以外にも宇宙全体のエネルギーを利用できるタイプ4とかマルチバースのエネルギーを利用できるタイプ5とか、まさに空想の領域の話もあるんだけど、それがどうしたんだろう。
首を傾げていると、ブルエールさんは説明を始めた。曰く、自分たちはカルダシェフスケールで言うタイプ3の文明を発展させた遠い銀河から来ていて、まだ文明レベルの低い世界の魂がランダムな体に入らないようにと導く役割をしているとのこと。
「つまり、神様のような技術をもった高度に発達した文明から来て、無償で善意をばら撒いているという事なんでしょうか。」
そう言うと、ブルエールさんは穏やかな表情のまま続けた。
「無償というわけではありません。私たちはいずれ、宇宙単位の文明に発展するでしょう。やがて時空間も自在に操るようになり、新たな世界を創造することになる。あなたたちからしたら私たちは遥か遠くからの来訪者かも知れませんが、私たちからしたらあなたたちは親愛なる隣人となります。」
「私たちって、大変な状態だと思うんですけど、実際に私とか殺されてますし。」
ブルエールさんの話を聞いて状況を察した私がそう言うと、ブルエールさんは語り始めた。
「この宇宙はあまりにも意識を持った存在に不親切です。普遍的な進化の原理は生命体を常に苦しめ、天体が内包しているエネルギーは一生命体にとって無限に等しい。そこで意識を生成し、投影し、形と意味を作ることは、矛盾と妥協、謝りと間違いに満ち溢れている。それはどこにでも例外ではなく、今の段階に置いてのあなた方、人類でも例外ではない。」
「でも、あなたたちからしたら、私たちは本当に単純で、こんな話をしても宗教的な人や懐疑的な人はまるで信じないと思います。そんな人たちまでも相手にして、彼らの魂までも導いているんですか?」
「もちろん。我々の意識は過去、現在、未来を繋げていて、我々の過去も大して今のあなたたちと変わらなかった。ただ、例外的な場合もあります。あなた方の住まう地球は比較的に活動的な星で、惑星の環境は激しい地殻変動で不安定な状態にあって、そのせいで進化も随分と早いペースで進まれていましたが、赤色矮星が太陽の惑星では長期間にわたり穏やかに進化が進んでゆき、同じく穏やかな文明へと辿り来ます。」
そう言われて、私は男性ホルモンと男性的な脳の構造が攻撃性を増幅する役割を持つことを思い出す。男性性が持つ固有の物理的、圧力的な攻撃性は、社会的な部分もあるにはあるけど、それ以上に進化の結果でもある。遥か昔、人類がまだ捕食者たちとの生存競争にあえいでいた頃、物理的な攻撃性を持つことこそが生存競争で生き残る要因となっていて、圧力をかける対象は他の捕食者の種そのものだった。
その対象となる種がなくなっているので、文明が発達するにつれ、外国人、自分より劣るもの、犯罪者、抑制者、逆に抑制される側、はたまたは女性などに向いてしまっているけど、それは進化の結果でもある。つまり私は男性がそうやって進化するしかなかった現実によって殺されたようなものだ。反対に女性は家や洞窟などに殆どずっととどまって、育児をしながら筋力や暴力性より免疫力やコミュニケーション能力を発展させた。だから免疫力と直接的に繋がる脂肪が多く、寿命が男性より長く、コミュニケーション能力を発展させた結果他者に共感しやすい。
これもまた、私を殺した要因となっていると言える。私が女性に共感しなかったら、放っておいていたら、私は銃に撃たれて殺されずに済んだはずだから。しかしやけに思考がクリアである。どうしてだろう。その疑問に対し、ブルエールさんが考えを読んだように答えてくれた。
「どのような宗教を持っていても、国や家族などの集団が持つ境界線に囚われていても、魂はそれらを持ちません。魂がどのようにして生まれるかに対して、我々でもまだ意見が分かれるところですので、起源に対しては何とも言えませんが、魂は少しでも複雑な神経組織を持っていたらどこからか現れ、それに宿ってしまいます。例えばあなたの肉体に宿った魂は、前はアフリカに住まう男性でした。彼は直接的な植民地支配が及ばないサバンナ地方に住んでいましたが、しばらくしてから国民国家を作ることになり、あなたが属していた部族もその輪の中に編入されました。西洋人により搾取されることを目撃しながらも無力感に苛まれることを学ぶあなたは、老衰して死亡し、ここに来てこう願いました。西洋人の姿はあまり見たくないので、西洋以外の場所で生まれたいと。私は穏やかな日本人の家計にあなたを生まれさせました。続きはあなたが経験した通りとなります。」
「要望を聞いてくれるんですか?」
「それはあなたが、他の魂を持った存在を意図的に壊そうとせず、他人を見てその人の魂が持つ重さを理解できる性質を持っていたからです。そうでなければ、私たちは時にそのものを動物にまで落とします。」
「えっと、こういうのはちょっとあれかもですけど、何の権限があって、というか、何様のつもりでそんなことをしているんですか。別にあなた方を敵視したいわけじゃないんですけど、単純に気になってて。」
「そうですね、例え話をしましょう。魂は、過去の経験に基づいて次に向かいたいと、過去と緊密な繋がりを持っています。あなただってそうだ。アフリカ人の男性だったあなたは、狩りを生業としていた。自然をよく観察して、どうすれば効果的に狩りができるのかだけじゃなく、自然界そのものをただ見て興味深いと思っていた。だからあなたは今世に置いて、生物学を学び、武術にのめり込むようになりました。しかし私たちがあなたを導かなかった場合、あなたは確立に依存して生まれることになったはずです。人口が一番多い国で、低所得層に生まれる確率は50%を超える。しかしあなたは私たちに導かれることによって、日本人の女性として生まれました。」
「他の人も同じ何ですか?」
「いいえ、あなたは、ほんの少しだけ特別です。この惑星に住まう他の魂より比較的に早い時期に人間になったのですから。」
「それはどういう意味ですか?」
何となく予想は付くけど質問をしてみる。
「あなたの知っての通り、医療と産業化により、人口は急激に増えました。そうやって増えた人口の魂は無から生成されるわけではない。どこから来るか、わかりますか?」
「他の惑星の知的生命体とか?」
「そのようなケースは極めてまれで、一般的ではありません。答えは動物です。主に人間と近しかった、人間を近くで経験したことのある動物、そして人間によって殺される知性の高い動物が、次に人間となる。」
その話だけ聞くとなんか。
「それって大丈夫なんですか。つまり、隣の家の夫婦は前世は犬猫だったとか、そう言うことなんですよね。」
「夫婦となると話は変わります。」
なぜ変わるのだろう。
「詳しく説明してくれませんか。」
興味が尽きないし、何でも説明してくれるので聞いてみると、ブルエールさんは長い説明を始めた。
「人口の爆発は犬猫から補うだけでは、コントロールできない混沌へと向かってしまう。だから、私たちは人口爆発が起き始めた頃に、国ごとに分けました。人としての人生が一回目の場合は特定の性別に、二回目からはまた反対の性別にと。そうすることで、自然に惹かれ合い支え合えるようになる。一回目の魂は二回目の魂を見て学び、二回目からの魂は、一回目の魂を教え導くことで、助け合う魂の性質を深めることになる。そしてしばらく生まれる魂の順番を性別で固定させることによって、文化を安定させる。一回目には一回目が持つ固有の感覚があり、二回目からも二回目から持つ固有の感覚があります。一回目の魂は生の重さが実感できず、だから自由に想像を広げられる。二回目からの魂は生の重さを重心にした、リアリティのある文化を作り出せる。それが性別によって区切られることにより、社会は固有の文化を発展しやすくなる。」
なんて壮大なスケールの話かと、あっけに取られながらも続けて聞いた。
「じゃあ、日本は二回目からは女性という事になりますね。私が二回目からでしたし。考えてみれば彼氏はまるで大型犬みたいに可愛かったんですけど、これがあなた方が狙ってそうなったと言うのなら納得です。」
それに、日本の少年漫画はリアリティを意図的に省く傾向があるので、やはりこれも納得せざるを得ない。私は続けて聞いた。
「皆二回目からは女性というわけじゃないんですよね。」
「隣の韓国は一回目からは女性で、二回目から男性という事で、リアリティを重視する文化に発展しています。例えば社会階級や貧富の格差などを題材にした作品が文化の核になる。」
「アメリカも二回目からの魂は男性なんですよね。」
「次はアメリカに生まれたいんですか?ちなみに黒人は男性が一回目からとなっています。」
別にそう言うわけじゃない。それと地味に人種でそう言うの決めるのはどうかと思う。何というか、なぜそんなことをする。魂に人種なんてないはずなのに。その疑問を抱いたのがわかったのか、ブルエールさんは続けた。
「人種差別が蔓延しているからそうしているんです。一回目は一回目同士、二回目は二回目同士で別の性別として向かい合える。まあ、すべてがいい結果に終わるわけではありませんし、それは重々承知していますが、それはそれなりの形で関与していますので、心配はいりません。」
「どこからどこまで関与しているんですか?」
「具体的には運です。運の良し悪し。我々の設計によって被害を被ったものには運をいい方へ、逆に多くの魂に不快な経験をさせた場合は運を悪い方へと調整するのです。確率と言えばわかるでしょう。あなたが専門とした生物学に基づいて言うなら、いい遺伝子、酷い遺伝子の組み合わせが発生する確率は必ずいて、我々の設計によって不利益を被った場合は次の人生においていい遺伝子の組み合わせに、逆の場合は酷い遺伝子の組み合わせにするように調整するなどです。」
その話を聞いてまた疑問が生じた。
「善悪をあなた方の基準で決めているという事なんですよね。」
「そうとも言えますし、そうでないとも言えます。」
また曖昧な。
「もっと具体的に。」
「魂は意識を体から体へと運びます。今あなたの体は私たちが臨時的に再形成しておりますが、以前のそれではありません。例えるなら今のあなたは仮想世界のアバターになっている状態に近い。前の肉体が死亡した時に仮想世界に全く同じアバターを作ると、魂はそれに引っ張られてくるので、そうしていて、あなたが生まれ変わるなら別の肉体を選ぶことになる。放っておくと今のあなたと一番近い体へと引っ張られてしまう。確率的に最も高いのは、言ったように人口が一番多い国の低所得層となるでしょう。しかし、理不尽な苦しみを経験したものを、確率だけで引っ張って、また同じかそれ以上の苦しみを経験してしまうと、魂が徐々に決めてしまうんです。この世界は無価値で、残酷で、生きる価値のないものであると。それが一定期間続くと、魂はこの世界から去ってしまいます。どこかへ去ってしまうのまではわかりますが、どこへ去るのかまではわからない。この宇宙じゃない別の宇宙であることは確実ですが。この現象が続くと、長い期間、知的生命体として生きていた魂の総数が惑星から減ってしまうことになって、結果的に惑星文明の発展が遅れてしまうだけでなく、取り返しのつかない失敗までも経験することになります。ちなみに私たちの干渉が始まったのは、地球の人類が文明を形成し始めた頃ですので、実は結構減ってるんです。長生きした賢明な魂たちが。その結果、今の時代に至るまでのほぼ無制限に暴力が発散されている。」
「なんで文明を形成し始めてから介入し始めたんですか?」
「単純に我々の文明からして発見できないからです。魂が文明を経験すると深みを増して、波長が変わります。それを観測できないと、そこに生命体がいるかどうかもわからない。我々だって決して万能ではありません。万能だったら、そもそもこんなこともしない、宇宙全体を意識を持つ生命体に適した環境に変えているはず。つまりそう言うことです。」
宇宙物理学にそこまで詳しいわけじゃないんだけど、なぜ人類以外の知的生命体が発見されないのかに対しての考察は聞いたことある。いわゆるフェルミのパラドックス。こんなに宇宙が広いのに、知的生命体が発見されないのはなぜか。それに対して、単純に遠いからという意見がある。というのは、地球で文明が発生してからそこまで時間が経っておらず、何千光年も離れたところで我々を観測すれば、まだ石器時代の状態で、それ以上となると言わずもがな。
「えっと、どの銀河から来ているんですか?」
それで聞いてみると、予想外の答えが返ってきた。
「あなた方からした観測不可能でしょう。銀河全体を覆い、住みやすいパラダイスのように変えていますので。」
めっちゃ気になる。
「となると?」
「銀河全体をコントロールできるようになると、銀河の時空間が持つ性質を変えられます。我々の場合は、銀河サイズの陸地と空が続いていると想像してみてください。」
そんな意味不明なことができるようになるとは、未来科学、恐るべし。
「そこにたどり着くまでどれほどの時間がかかったんですか?」
「文明が形成されてから、ここの年月単位に換算すると三千二百万年ほどです。ただ我々には今のあなた方にとって我々のようにガイドをしてくれるものがいなかったので、あなた方の場合はもっと短くなるはずです。」
「えっと、この銀河には別の文明はあるんですか?」
「ありますよ。ダイソン・スフィア段階にまでたどり着いた文明もいくつかあります。」
地球が別段早いわけではないと。
「ずっとここで話していてもいいんですか?私一人だけを相手にしているわけでもありませんよね。」
「はい、私は今現在、ざっと二百五十万ほどの魂とこうやって話し合っています。」
「もしかして人工知能なんですか?」
未来の人工知能じゃなくても、現在の人工知能でも一度に数え切れない会話を処理できる。だから目の前のブルエールさんが人工知能であっても不思議ではないというか。
「文明がある程度以上発展すると、人工知能と生物学的に生まれるものの間での差は消えてなくなるんです。なので、どちらとも言えません。それと、ここの時空間はもっとゆっくりとなっているので、時間の心配はしなくても大丈夫ですよ。」
その原理も気になるところだけど、ずっと質問をしていればきりがないし、多分転生したらここの会話の内容、全部忘れてしまうと思う。だって、ブルエールさんは私を見るのが初めてじゃないと言っているのに、私は、どこか懐かしい気持ちになりながらも初めて見る気しかしない。
「ブルエールさん、私にどのような選択肢があるのか教えてくれませんか?それと、私が助けてくれた人の事情とかも気になってて。」
「彼女はかなり危険な組織から金を借りて、返さなかったことで捕まえてノルマを稼げるまで、外国に送られ娼婦として働いて、若さを失えば殺害され臓器売買をされる予定でした。あなたのおかげで助かり、警察はあなたのような将来有望で堅実、善良な女性の研究員が銃火器で殺害されたことから本格的に捜査が始まり、組織は壊滅される予定です。」
「それって、もしかして決まった役割とかだったんですか?」
「実はあなたが決めたんです。話の内容は大分異なりますが、前世のあなたにも生まれる魂は人口爆発によって殆どが一回目か二回目であることを説明していました。その時あなたはこう答えたんです。その者たちのためなら、自分は別に犠牲になってもいいと。だから我々はあなたが犠牲に至るその瞬間が訪れるまで、あなたの運をそれなりに強く調整していたんです。美人で、親に愛され、人間関係に置いてミスもせず、様々なことをトラブルなく経験していました。お疲れ様でした。あなたは自分の役割を見事果たしてくれた。これで、この惑星の文明もあなた自身の犠牲によって未来へより早く進められた。そんなあなたのために、今度は犠牲ならずとも強運に見舞われることを提案したい。どうでしょう?」
それってつまり、こういう事なのかな。
「例えばアメリカとかに生まれるとなると、親が億万長者とかでしょうか。」
「物質的な要素はある程度は重要ではありますが、そこまで決定的というわけでもありません。そうですね、現代の問題児な億万長者たちは、人々の苦しみを顧みず、政治に関与して自らが有利になるよう政策を調整しようとする。そんな人間の子供になることは、あなたにとって強運なことですか?」
私は首を振った。そんなわけがない。そんなゴミみたいな連中の子供として生まれるくらいなら、普通に幸せでそこそこ裕福な家庭で健康体で生まれた方がずっといい。
「そう言うことです。それで、次はアメリカですか?」
別に考えを読めるわけではない。私は答えた。
「えっと、さっき言ってましたよね。別の惑星の知的生命体が稀に生まれる場合もあると。」
「本当に稀です。要望があって、別にその要望を叶えても問題ない場合に限ります。」
「別に地球が嫌いになったわけじゃないんですけど、別の惑星とかぶ行ってみないかなと。」
エイリアンの生態とかめっちゃ気になるし。まあ、多分人類だった頃の記憶なんて忘れているんだろうけど。
「具体的な要望はありますか?」
「具体的に?」
「はい、例えばすべてが海でできてて、生物の大きさが段違いで、その生物を資源として活用する文明が発展した惑星、ガス惑星の衛星のような酷寒でありながら、活動的なコアを持つ場合、赤色矮星のように比較的な穏やかな環境の惑星、ダイソンスフィアのシミュレーション世界なども含まれます。」
「ダイソンスフィアのシミュレーション世界?そう言うのもあるんですか?」
「様々な種類のシミュレーション世界があります。ダイソンスフィアでは個人に合わせた膨大な環境がシミュレーションできるので、例えば、あなたのオタクだった友人たちが好んでいた異世界転生や異世界転移などが再現できるシミュレーション世界もそれなりにあるんです。」
だからゲームのような法則性がまかり通るとか?モンスターを倒してレベルアップとか?
「モンスターを倒してレベルアップとか出来るんですか?」
「そう言う世界ならそれなりにあります。無難な人生を生きていて、出生率が低いため入る肉体の数が足りないこともあって、先進国のナードやオタクの間にはそれなりに選ばれますね。ただオタクやナードの数自体が社会全体からした少数ですので、やはり稀ですが。」
オタクやナードは皆ダイソンスフィアのシミュレーション世界に行くってこと?それってどうなの。
「スーパーヒーローが実在する世界とかファンタジー世界とかそう言うのもあるんですか?」
「実はそのような想像をするのは別段地球の人類に限られた話ではないので、割とそのようなシミュレーション世界はありふれています。ただ問題というか、その手のシミュレーション世界は個人用で、本人以外はすべて人工知能で、本人はそれを知らず、そのダイソンスフィアで普通に生活している人たちから娯楽として消費されるんです。言わば人生そのものがエンターテインメントと言えるでしょう。」
つまり異世界で好き勝手に過ごす主人公のようになりたい、なんて実際にそうなると、自分以外はすべて人工知能で、自分は見られていて⋯⋯。
「本体は何処にありますか?まさかシミュレーション世界の中でプログラムとして生まれるとか、そう言うのじゃありませんよね。」
「人工的に設計され作られた、脳を模した量子コンピューターの中に魂ごと入ることになります。」
それって大丈夫なの?
「いくら何でもナードとかオタクの人たちがそのような条件を知ってて受け入れるとは想像できないんですけど。そのタイプ2文明を生きている原住民たちは、その脳を模した量子コンピューターの中に魂があると知っているんですか?」
「本人たちも確実にわかっているわけじゃありませんが、作ったからと破壊する理由もありませんので。」
そんなんでいいの。
「普通にダイソンスフィアの中で原住民として生まれるのは?」
「それは少し難しいです。」
「なぜですか?」
「ダイソンスフィアに至るまで、原住民たちは無数の人生を経験し、様々な体験をして魂の色を深めている状態です。その中にあなたが入ると異分子となるでしょう。」
要するにまだ若いのに老人ホームに入ってどうするのかと。いや、そう言う話じゃないのはわかるけど、気持ち的に自分がまだ未熟であることを言われて、しずんでしまうというか。
「じゃあ、その量子コンピューターの中に入り込むと寿命とかはどうなるんですか?」
「その量子コンピューターの寿命そのものとなります。」
「その量子コンピューターの寿命は平均的にどれくらい?」
「短い場合は数百年、長い場合は数千年です。」
「そんな長く地球から離れて、戻れるんですか?」
「戻れません。別の、ちょうど彼らが死んだ頃と同じくらいの文明レベルの惑星か、また別のダイソンスフィアのシミュレーション世界へ向かうことになります。」
「でも、そうなると、好き勝手にしていた魂が量子コンピューターの寿命が終わって死んで、ブルエールさんみたいな存在と出会って、自分は所詮水槽の中の脳でしかなかったと、嫌な気持ちになるんじゃないですか?それを許容していいんですか?」
「別にシミュレーション世界だからと好き勝手にできるわけじゃありません。そんなことをするとプログラム側から妨害が入って、ある程度修正されてしまいます。エンターテインメントですからね。人の脳を模したコンピューターに自我を宿らせ、シミュレーション世界で何をするのかを追体験して楽しむという娯楽ですから、他のプログラムが見ている側、追体験する側を不快にさせるようなことはしないようにと修正が入るんです。それで魂は結果的に、ダイソンスフィアの原住民たちの魂が持つ平均的な成熟度に引っ張られ、成長するようになります。」
それを全部計算して調整しているなんて。
「じゃあ、別に地球に戻してくれても問題ないのでは。」
「そうも行きません。地球もこのままのペースでだと二千年後くらいはタイプ1文明に入るようになるでしょう。今までファンタジー世界を生きていた魂が適応できると思いますか?」
それもそうだった。
「じゃあ、シミュレーション世界を転々とするのが勝ち組というか、そんな気がしてなりませんけど。」
「どうしても見世物になってしまいますからね。それも構わない、それでも好きに楽しく、魔法とか使って暮らしてみたい、なんて言っている魂は割といるんです。どうせここでの会話記憶も忘れてしまいますからね。」
予想通り忘れちゃうと。
「なんか、本当に壮大な話がたくさん聞けて、何て言えばいいか。」
「別に何かを言う必要はありません。それより決めましたか?」
「じゃあ⋯⋯。」
私はブルエールに答えた。私の次の人生、私は一体どのようになるのか、今から楽しみだ。