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9.契約の枠を超える想い

結婚式は滞りなく進み、式場は厳粛な空気に包まれていた。クレノースは完璧な振る舞いを見せていたものの、時折深いため息をつく姿が目立っていた。サクレティアは、その様子を見て内心で苛立ちと不安が入り混じる。




《何か不満があるのかしら……》




彼女は耐えきれず、小声で彼に問いかけた。




「クレノース様……何か不満でもおありですか?申し訳ありませんが、これが終われば、私はほとんどクレノース様と関わらないつもりですので、少しだけ我慢していただければ……」




その言葉に、クレノースの表情がわずかに変わった。彼の瞳の奥に怒りの色がちらついたが、それはすぐに消え、代わりに冷静なまなざしが戻ってきた。




神父が二人に向かい、厳かに声を響かせた。「それでは、これより二人は誓いの言葉を交わしていただきます。」




サクレティアとクレノースは互いに向き合った。サクレティアの胸は不安と緊張で張り詰めていたが、顔には冷静さを保とうとする表情が浮かんでいた。クレノースの瞳には、彼女をしっかりと見据える鋭い光が宿っていた。その視線には、彼女が今まで見たことのない感情が含まれていた。




神父の言葉が静かに続く。「互いに愛を誓い、苦難も喜びも共に乗り越え、共に歩むことを誓いますか?」




サクレティアは、微かに息を吸い込み、口を開いた。




「私は……誓います。クレノース様の妻として、共に歩み、全ての時を共に過ごすことを……」




彼女の声は静かで、冷静を保とうとしていたものの、その中に潜む彼女の決意が感じ取れた。サクレティアにとって、この誓いは「自由」を手に入れるための一歩であり、彼女の未来を左右するものだった。




そして、クレノースが口を開く番だった。彼は彼女を見つめ、しばらくの間、その美しさに圧倒されていた。彼の胸の中で揺れる感情が、次第に言葉となって形を成していった。




「……誓うさ。」




その言葉は、静かだがどこか苛立ちと感情が込められていた。彼はサクレティアに向かい、続けた。




「サクレティア……君を妻として迎え、全ての時を共にすることを……誓う。」




クレノースの声には、冷たさとは裏腹に、何か熱く込み上げてくる感情が混じっていた。その視線は、彼の内に秘めた思いを語っているようでありながら、彼自身にも理解できない感情の渦が感じられた。




神父が厳かに続ける。「それでは、誓いのキスを交わしてください。」




その瞬間、クレノースは決意したようにサクレティアを見つめ、唇を近づけた。彼の手はサクレティアの腰に触れ、少し荒々しく彼女を引き寄せた。そして、彼の唇が彼女に触れた瞬間、それは単なる儀式の一環ではなかった。彼のキスは荒々しく、熱を帯び、感情が爆発するかのようだった。




サクレティアは驚きに目を見開いた。予想していた穏やかな形式的なキスとは全く異なり、その激しさと情熱に戸惑いを隠せなかった。




《何……このキス……?》




彼女は、彼の感情の奔流を感じながらも、その中に秘められた意味をまだ理解できずにいた。




結婚式がつつがなく進み、誓いのキスが終わった後、サクレティアはまだその熱烈なキスの余韻に包まれていた。彼女の心は揺れ動き、クレノースの突然の激しさが何を意味するのか、どうしても理解できなかった。彼女にとってこの結婚は計画的なものであり、感情の入り込む余地などなかったはずだ。だが、あのキスには何か強烈な感情が込められていた。




《……あのキス、どういう意味なの……?》




サクレティアは心の中でそう問いかけながらも、目の前に立つ招待客たちに優雅に微笑み、祝福に応えていた。華やかな会場で、人々は祝福の言葉を口にし、笑顔を向けてくる。彼女も表面的にはその祝福を受け入れ、何事もないかのように振る舞っていたが、心の中ではクレノースのあのキスの意味をひたすら考え続けていた。




一方で、クレノースはまるで別人のようだった。披露宴の間も、彼は完璧に振る舞っていたが、その瞳には隠しきれない苛立ちが見え隠れしていた。彼の動きは正確で、どの一つをとっても公爵としての品格を保っていたが、その背後には明らかな焦燥感が漂っていた。周囲の人々も、その圧倒的なオーラに気づかないわけがなかった。




《もう……早く終わらせたい……》




彼の苛立ちが頂点に達していたのは、初夜のことが頭から離れなかったからだった。サクレティアとの初夜――その瞬間を待ちきれず、祝福の言葉を交わすたびに、その時間が近づいていることを感じながら、苛立ちは募るばかりだった。




サクレティアが微笑みを浮かべ、祝福に応えている様子を横目で見ながら、クレノースは早くこの場を離れて、彼女との夜を迎えたいという強い思いに駆られていた。




《初夜が……待ちきれない。》




彼はさらに一つ深い息を吐き出し、苛立ちを抑えようと努めたが、その内に潜む感情がますます彼を支配していた。披露宴が終わりに近づくにつれて、その焦燥感はますます強くなり、彼の完璧な仮面は次第にひび割れ始めていた。




そしてついに、披露宴が終わりを告げる瞬間が訪れた。クレノースはサクレティアに手を差し出し、彼女を優雅にエスコートしながらも、その手に込められた力は、彼の焦燥感を物語っていた。




《さあ、ついに……》




サクレティアはその手に少し驚きを感じつつも、彼が導くままに歩を進めた。彼女の心にはまだ疑問が渦巻いていたが、次第に二人きりの夜が近づいていることを実感し始めていた。




豪華な初夜の部屋にサクレティアとクレノースが入ると、まるで特別な夜のために用意されたかのように、柔らかな照明が部屋を包んでいた。天蓋付きの大きなベッドが中心に据えられ、薔薇の香りがほんのりと漂っている。サクレティアは緊張と不安を抑えながら部屋の中を見渡した。




その時、部屋の隅で控えていた見届け人が一歩前に出て、静かに頭を下げた。見届け人は王から特別に選ばれた人物で、この重要な儀式の正当性を確認するために立ち会っていた。彼は儀礼的に二人に向けて挨拶を始めた。




「クレノース公爵様、サクレティア様。本夜、二人の結びつきが正式に認められる夜を迎えるにあたり、私は王の命により見届けさせていただきます。どうか心安らかに……」




彼の声は冷静で淡々としており、まるで儀式の一環であることを強調しているかのようだった。サクレティアは見届け人の言葉に緊張が高まり、軽く頬がこわばった。これが、単なる形式であっても、見知らぬ人の前でその瞬間を迎えるという事実が、彼女の心をざわつかせた。




クレノースは見届け人に向かって無言のまま頷き、その後、サクレティアの方に目を向けた。その表情は厳しくもあり、どこか焦りを感じさせるものだった。




見届け人はさらに言葉を続けた。「この役目を務めることは私にとって光栄なことであり、また王もお二人の結びつきを祝福しておられます。どうぞご安心ください。」




その言葉に、サクレティアは一瞬だけ息を整えたが、心の奥ではまだこの状況に慣れずにいた。見届け人は再び頭を下げ、静かに部屋の隅に控える姿勢に戻った。




その沈黙の中、クレノースはサクレティアをじっと見つめ、彼の瞳には明らかな期待と焦燥が宿っていた。初夜の静けさが二人を包み込み、部屋に漂う緊張感はますます高まっていった。




「俺は……遠慮はしないぞ。」




その言葉には、抑えきれない感情が込められていた。サクレティアはその視線を受け止め、わずかに顔を硬直させながらも、平静を保とうと努めた。




「は……はい。まぁ、これっきりですし。」




彼女の言葉は、どこか淡々としており、まるで彼との関係が一時的なものに過ぎないという意識が含まれていた。それがクレノースの中にさらなる怒りの火をつけた。彼の胸の奥で燃え上がる感情は、彼女が彼をただの契約相手として見ていることへの苛立ちだった。




《これっきり、だと?》




その言葉が彼の心に鋭く突き刺さった。彼はサクレティアの表情を見つめながら、彼女の無感情な態度がどうしても許せなかった。彼の心には激しい怒りが渦巻いていたが、その怒りをどう表現すればいいのかわからなかった。そして、その苛立ちは次第に彼女を抱くという行動へと変わっていった。




クレノースは無言のまま、強引にサクレティアを引き寄せ、その感情を彼女の身体にぶつけるしかなかった。彼の手は彼女をしっかりと掴み、まるで彼の心の中の混乱をそのまま表現するかのように、力強く彼女を抱きしめた。




サクレティアは、その激しさに驚きつつも、クレノースの感情の激しさを感じ取り、彼の中にある何かが壊れかけていることに気づいた。しかし、彼女自身もまた、この夜が終わればすべてが終わると信じていた。だからこそ、彼の怒りや苛立ちに対して何も言葉を返すことはなく、ただその場に身を任せた。

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