15.救いを求める者たち
サクレティアが机に向かい、淡々と書類に目を通している。部屋には静かな空気が流れていたが、ふと重い足音が近づいてくるのが聞こえた。扉が静かに開かれ、大勢のメイドや執事が揃ってサクレティアの前に現れた。
彼らの表情は皆、切実なものだった。メイドたちは恐怖と悲しみを抱えた瞳でサクレティアを見つめ、執事たちもまた、強い決意を胸に秘めていた。部屋に足を踏み入れた彼らは、深く一礼し、サクレティアの前にひざまずいた。
「どうか……クレノース様を救い出していただけませんか……」メイドの一人が涙をこらえながら、サクレティアに訴えた。その声は震えており、深い恐怖が伝わってきた。
サクレティアは驚きと困惑の入り混じった表情を見せながら、彼らに目を向けた。「どういうことですか?」
すると、別のメイドが口を開き、声を震わせながら続けた。「私たちは、大奥様から酷い仕打ちを受けました。クレノース様もまた、あの方に……」
別の執事が静かに頷き、口を開いた。「クレノース様は、幼い頃から大奥様によって歪んだ教育を受け続けてきました。あの方の支配は異常です。クレノース様の心は、ずっとその支配下にあります。そして今も……」
彼の声は重く、苦痛に満ちていた。メイドたちは目を伏せ、涙をこらえながらサクレティアに訴える。
「大奥様は、クレノース様を幼少の頃から洗脳し、心を完全に支配しているのです。彼は母親の手の中で操られ、自由を奪われています……」
サクレティアは、その言葉に息を呑んだ。クレノースが受けてきた恐ろしい教育の影響を彼女は理解しつつあったが、それがどれほど酷いものかを今初めて目の当たりにした。
執事の一人が、さらに重い声で語り出す。「……クレノース様の父親、前公爵もまた、かつては大奥様の異常な行動を…そして様々なことを強要されていました。彼は耐えかねて、最後は首を吊りました……。我々はこの悲劇を繰り返したくないのです。クレノース様を……どうか、助け出してください……」
その言葉に、サクレティアの胸は締めつけられた。彼女は深く息をつき、目を閉じた。クレノースがずっと母親に支配されてきたという事実、そしてその結果としての彼の苦しみが、彼女の心に重くのしかかる。
「彼は……今も母親に苦しめられているのですか?」サクレティアは静かに尋ねた。
メイドたちは一斉に頷き、涙を浮かべながら答えた。「はい……クレノース様は、まだ……大奥様の手の中で、心も体も傷つけられています……」
サクレティアは一瞬、瞳を閉じてから深く息を吐いた。彼女の心の中には複雑な感情が渦巻いていたが、同時に、何かを決意する力が湧き上がってきた。
「みんな……。わかりました……クレノースを救い出します」と彼女は静かに、しかし確かな決意を込めて答えた。
メイドたちは涙を拭い、執事たちは深く頭を下げた。彼らはサクレティアの言葉に、希望を見出したのだ。
サクレティアはメイドたちの切実な訴えを聞き終えた後、深く思案した。彼女の中には複雑な感情が渦巻いていた。クレノースを救いたいという思いと、それを阻む大奥様の存在――このままでは、クレノースは永遠に母親の支配から逃れることはできない。
《クレノースをこのまま見過ごすわけにはいかない……でも、彼の母親をどうにかしなければ、何も変わらない……》
サクレティアは静かに目を閉じ、深く息を吐いた。すでに彼女の心は決まっていた。大奥様はすべての悪の元凶だ。彼女を排除しなければ、クレノースが本当の意味で解放されることはない。だが、自分の手で直接手を下すことに対して、サクレティアは迷いがあった。
《……誰か助けてくれる人がいないだろうか……》
そう思った瞬間、彼女の頭に浮かんだのは、王の存在だった。クレノースのことを案じ、そして何よりも国の安定を第一に考えている王なら、この危機的状況を理解してくれるかもしれない。サクレティアは決意を固め、机に向かうと手紙を書く準備を始めた。
彼女は丁寧な筆遣いで、王への手紙を書き始めた。
サクレティアは王に宛て、クレノースが母親の支配下で苦しんでいることを説明し、彼を救い出すための助けを求める手紙を送った。彼女は、公爵家の崩壊を防ぐためには大奥様を排除する必要があると伝え、王に対策を相談する内容だった。
手紙を書き終えると、サクレティアはそれを封じ、急いで信頼のおける使者を呼びつけた。
「この手紙を、今すぐ王のもとへ届けてください」と厳命し、使者は深々と頭を下げて立ち去った。
サクレティアは使者が去った後、深く息をつきながら、空を見上げた。月明かりが庭園を照らし出し、その中で青々とした作物が風に揺れていた。彼女の心には、静かに闘志が燃え上がっていた。
《クレノース……あなたがこのまま母親の支配下にいれば、私の自由もまた失われてしまう……だから、必ずあなたを救い出してみせる》
そう心に誓い、サクレティアは深い息を吐き出した。気持ちを落ち着けるために、自室へと戻り、庭に面した窓を開け放つ。優しい風が部屋に入り込み、彼女が丹精込めて育てた作物たちが緑の香りを漂わせていた。サクレティアは静かに庭に降り立ち、手を伸ばして作物の葉をそっと撫でる。
「これだけは、私が自由に作り出したもの……」
作物は日々確実に育ち、その姿は彼女がこの世界で築いた自由の象徴だった。彼女は、花や実が育つ様子を眺めながら、自分が手に入れた平穏と、これから失うかもしれない未来について思いを巡らせた。
「だから……絶対に手放さない。私の自由も、クレノースも……」
彼女は静かに誓いながら、作物の茎にそっと触れ、力強く育つ命を見つめていた。