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天翔翼臣伝 美貌の白き貴公子は比翼の友と天を翔ける  作者: 五色ひいらぎ
幕間3

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15/27

早餐

 呉天翔と彼の軍勢が、都へ入城する直前のこと。


 目指す都を前に、周碧海は苛立っていた。

 夜明け前の厨房に、鍋を振る小さな背中があった。じゅわっ、じゅわっと音が爆ぜ、新鮮な油の香が漂ってくる。煽られた人参と(にら)、多少のもやしと茸が、肩越しに舞って見える。

 目覚めたばかりの腹が、空腹を訴えてくる。欲を覚える己自身に、碧海はさらなる苛立ちを覚えた。

 ふと、腹が鳴ってしまった。少年が碧海を振り向く。


「あっ、碧海さん。おなかすいたの?」


 屈託のない笑みで、少年は目を細める。


「でもごめん、これ辛くするつもりだから。それでもよければ分けてあげるけど」


 邪気のかけらもない表情が、ますます腹立たしい。

 白虹居士なるこの道士、あどけない子供のふりをしつつ、いったい何を企んでいるのか。


「碧海さん、辛いの嫌いだよね。悪いけど、これ天翔大哥(おにーさん)の――」

「……あなた、何を企んでいるのです」


 碧海は、低い声に脅しの色を籠めた。だが白虹は動じない。

 にこにこと笑ったまま、白虹は傍らの小鍋を取った。中の汁を大鍋に注げば、激しい音と共に湯気が湧いた。


「答えなさい、白虹居士とやら。あなたは何のために、呉太守に取り入ろうとしているのですか」

「取り入ろうとなんてしてないよ?」

「食事と怪しげな術で、太守の歓心を買おうとしているでしょう」

「おいしいご飯を作ってあげて何が悪いのか、僕にはちっともわからないよ」


 碧海は無言で佩剣を抜いた。

 刀身が、白虹の頬へ押し当てられる。白虹は何も言わないまま、ひとすくいの豆板醤(トウバンジャン)を鍋に溶かし入れた。顔にも指先にも、一切の動揺が表れていない。辛味を含んだ蒸気が、辺りに満ちる。


「その(スープ)で、何をするつもりですか」


 剣を突きつけたまま問えば、笑い混じりの答えが返ってきた。


「『おいしく食べる』以外の使い道、あったら教えてほしいんだけど。碧海さん、そんなに僕のこと嫌い?」


 あはは、と、愉快げな笑い声が上がる。

 一瞬怯んだ隙に、剣は奪い取られていた。白虹は刀身をこともなげに手で掴み、頭上に高々と掲げてみせた。唖然とする碧海へ、少年道士は屈託ない笑みを浮かべた。


「だよね、嫌いだもんね碧海さんは。天翔大哥(おにーさん)に近づく奴らは、みんな嫌いなんだもんね」


 満面の笑顔には、一切の邪気が感じられない。

 だからこそ言葉を返せない。絶句した碧海へ、白虹はさらにたたみかけた。


「でもだめだよ。大哥(おにーさん)はみんなのものだ。みんなを大事にして、みんなに大事にされて、みんなを幸せにして、みんなと幸せになる。そういうひとだよ、大哥(おにーさん)は」

「何が……言いたいのです」


 碧海がうめき混じりに言えば、白虹は表情を曇らせた。目つきが、少しばかり険しくなる。


「碧海さんこそ何がしたいの。大哥(おにーさん)に頭巾なんて被せて。あんなことしてちゃ、大哥(おにーさん)は囚われたまんまだ。『凶相』の呪いに」


 反論せねば、と思った。

 だが言葉が出てこない。苛立ちをこめて白虹をにらみつければ、またも、楽しげな笑い声があがった。


「碧海さん、ほんとはわかってるんでしょ。このままじゃいられないってこと」


 笑いながら、白虹は碧海に剣を返した。刃を握っていた掌に、傷ついた痕はまったく見えない。


「僕はただ、籠の中の(おおとり)を、外に出してあげたいだけだよ」


 鍋の中身を器へ移し、盆に乗せ、白虹は厨房を出ていった。

 あとにはただ、抜き身の剣を携えた碧海だけが残された。頭を数度振り、剣を鞘にしまえば、出るのはただ溜息ばかりであった。

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