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3.終わりと二度目の人生の始まり




王妃の傍仕えだったドエラはまだ九歳というとても若い年齢だったが、王子の世話係として任命された。

王妃様の大事なお子様を私が!と喜ぶ彼女は懸命に取り組んだ。

慣れないおしめを変え、夜泣きする王子の為に一晩中抱きかかえて慰め続けた。

好き嫌いしないように工夫をして食べさせ、何事にも関心を持てるように認められた範囲の中ではあるが、積極的に散歩に連れて行った。

そして王子がスクスクと育ち、スラスラと喋れるようになった頃事件は起こった。


いつものおやつ休憩中に王子が倒れたのだ。

ドエラは慌て、急いで助けを求める為にその場を離れた。

倒れた王子を思い出しながら、青ざめた顔でドエラは必死に足を動かした。

王宮には王族専用の医師が控えている。

ドエラは医者に助けを求めた。

必死に走り、そして王子が倒れた部屋に戻った時だった。


「彼女が飲食を用意しました!」


共に王妃様付きで働いていたメイド仲間がドエラを指さしてそのように口にした。

ドエラは意味がわからなかった。

状況が読み込めなかった。

だからドエラの中では、早く今この時も苦しんでいる王子を助けてあげてほしい、それだけを占めていて、そのように告げたとき、王妃が涙を流しながらドエラに対して声を荒げた。


「この状況でよくもそんなことを言えたわね!!アナタがやったことでしょう!!!」


今迄みたこともない王妃の表情にドエラは息をのんだ。

子を今にも失おうという瀬戸際の悲し気な表情ではなく、強い憎しみがひしひしと感じ取れるほどの怒った表情がドエラに向けられていたのだ。


どういうことなのか、ドエラにはわからなかった。

だけど、王妃様に憎まれているということはわかった。

そしてメイド仲間の証言を思い出し、倒れた王子の原因は私にあると、そう疑われているのだと察することが出来た。


ドエラは縋った。

いや、縋ろうと駆け寄ったその瞬間ドエラは捕らえられ、地面へ叩き付けられた。

女性へ対する態度よりも、非道な犯罪者に対する対応をされたドエラは潰れた声を漏らし、肩が外れた。

あまりの激痛にドエラは呻く。


そんなドエラの様子を静かに見ていた王が、表情を変えず…いや、僅かに眉間に皺を寄せ口を開いた。


「牢に連れていけ。王族への傷害罪として沙汰を言い渡す」







(どうして…。なんでこんなことになったの…)


ドエラは牢へと放り込まれ、肩を治されることなく放置された。

うつろな目をしながら、薄汚れた牢屋の天井を見上げる。


敬愛している王妃の息子である王子をドエラはとても愛していた。

まるで我が子…という年齢ではないため、姉が本当の弟を思うかのようにという表現が正しいだろう。

それほどにドエラは王子に愛情を与え、育ててきた。


王子が倒れたとき、ドエラは青ざめ血の気が一気に引くという感覚を味わった。

助けを呼ばなければと、そればかりが先行して、だから部屋から一人出ていき医者を呼んできたのだ。

どこの世界に医者を呼ぶ犯人がいるのだろうと後から疑問に思うだろう人がいるかもしれないが、王妃があのように口調を荒げ、ドエラを咎めてしまえば誰も意見を言う事等出来ない。

そして最後には王もドエラが犯人だと認識し、沙汰を言い渡すと吐き捨てた。


別に犯人がいようが王と王妃の判断を覆すことはもう出来ない。

ドエラの身元がはっきりしていれば、そして立派な後ろ盾がいれば声をあげてくれるかもしれないが、それも望めなかった。


(ルーク王子は助かったのかな…)


自分が捕らえられようが、あの場にはドエラが連れていった医師もいるのだ。

きっと処置はしてくれているだろう。


それでも不安に思う気持ちは止められない。

ドエラは無事であることを祈ろうと手を合わせようとした時、まだ関節が外れたままの肩に眉をひそめた。

痛みで声がでないとはこのことだと思いながら、ふと幼少期の事を思い出す。


王妃様に助けられる前は、今と同じように汚い部屋に転がり一人だったとドエラは思った。

そして自傷気味に笑った時、この牢屋に連れてきた者と同じ服を身に纏った騎士が現れる。

やってきた騎士にドエラが反応することがなかった。

手に持つ巻物を広げて、ツラツラと長い言葉を告げる騎士に目を向けると来なく、ドエラはじっと遠くを見つめるように眺めていた。

そして、”死刑と処す”と力強く言った騎士は巻物からドエラへと視線をずらす。


だが、もうドエラの目に力はなかった。


ただ


「王子は無事でしょうか…?」


とだけ口を開いただけだった。

騎士は嫌悪の眼差しをドエラに向けて、「王宮には優秀な医者が控えている。助からないわけがないだろう……お前には残念なことだったがな」と吐き捨てた。

ドエラの口が動く。

よかった。生きていて本当によかった。と呟く声は音にはならず、騎士の耳にも届かない。

他人に聞かせようとも思っていなかったドエラ。

罪人が何を呟こうとも関係ないとさっさとその場から去った騎士には、ドエラが何をしゃべっているかなんて関係ない事だった。



そして無事に王子が目が覚め、完全に回復したその日、ドエラの死刑が執行されたのだった。



■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



「………」


冷たく、埃とかび臭い部屋の中で"わたし"は目を覚ました。


切り落とされたはずの首が繋がっていることを手で確かめる。


そして体を起こそうと力をいれるが、自分の体が思うように上手く動かない事に気付いた時、短くなった腕と小さい手のひらが視界に入る。

どういうことだと、辺りを見渡してみるとそこは幼少期に自分が育ってきた一室であることに気が付いた。


健康的ではない体と同じようにいかない事は当たり前の事。

わたしは顔が汚れることもいとわず、うつぶせになってから起き上がった。

くらりと視界が回り、体がぐらつくが踏みとどまる。


久しぶりの飢餓状態に頭ではわかっていようとも、健康な体で生活してきた日々が長かったことで、思うように体を動かせなかった。

床に手を着き、ふらつく体と頭を落ち着かせるために目を瞑ると、ズキンと痛みが走る。


「…うっ……」


流れ込んでくる映像。


ある一冊の本を楽し気に読む女性。

本といえば文字ばかりだった印象が強いが女性が見ている本は絵がたくさん載っていた。


わたしが女性の手に持っている本に意識を向けた瞬間、まるで早送りされているかのように本の物語が頭に入り込んできた。



ある日周りの子たちよりも強い女の子がいた。

女の子は成長するたびに強くなり、村一番と呼ばれるほどとなる。

女の子は自分が生まれ育ったこの村を守りたいという純粋な気持ちで強くなったが、国で開催された大会に賞金目当てに軽い気持ちで参加した結果、優勝してしまう。

それから戦いの神子として認定され、女の子は国を守る役割を与えられた。

実は国が主催で開催された戦いは、戦力を確保する為に行われたものだった。

何故そんなことをしたのか、それは予言の神子が告げたことに由来する。

『災いが生まれる。それはこの国を滅ぼすだろう』

その予言を戯言だと王は思わなかった。

王がそういえば臣下たちはそれに見合った行動をしなければならない。

その為強い戦力が必要になった。

仕える騎士は国を守るために必要な存在。その為騎士以外にも、一般人から戦力を確保する必要があった。

そして戦いの神子を見つけ引き抜けた国は、神子を担ぎ上げた。

国を滅ぼすであろう災いを倒すために、戦いの神子と大会で惜しくも準優勝に収まってしまった一人の男性、この国の王子は選び抜かれた者たちと共により強くなるための旅に出る。

そんな王子と神子の恋愛話を綴った内容の本。


「戦慄のエリザベス」を読み終えた女性は満足そうに微笑み、その本を胸に抱いた。


『ああ、かっこいい……ルーク様』


その言葉を聞いた瞬間わたしは目を見開いた。

そして衝撃的な事実を知ったのだ。


この本に登場するルークと、わたしが知っているルーク王子は同一人物であることを。


年齢の違いがあれども、面影のあるその容姿は疑いようもなかった。


ルークの人物設定は、真面目で正義感が強い。まるでヒーローのような人。

幼少期、自分を育ててくれたメイドが自分を殺そうとした。

以降誰も信じられず、ただ引かれたレールを進むために日々を過ごしていたある日、自分の母である王妃がメイドを排除する為に仕組んだことであることを知ってしまう。

罪のない者を殺した王と王妃、そして社会全てを正しくするためルークは勉強に励み、そして剣術に明け暮れた。

両親を憎む気持ちを抑えながら功績を積み重ね、王太子として任命されたルークは、共に歩むと約束してくれた神子と旅を経て友情が恋愛へと発展し、災いを退けた後は二人が国を作り直すというストーリーだった。


「……わたしが殺されたのは、…王妃様に、仕組まれた…から…」


わたしは愕然とした。

だが、疑うことはなかった。


わたしが本が教えてくれた事実をそのまま受け入れたからだ。


尊敬していた王妃のことを今この瞬間信じようとしなかったのは、この世界に似ている、いやこの世界の事を書いている本の内容を先に知ることが出来たからだ。

本には王のことも王妃のことも、そしてわたしのことも詳細に描かれていない。

何故なら王妃が産んだ王子と、この世界を救う神子との恋愛物語だからだ。

神子とは神に仕える者のことである。

だが神子は人間であるため、実際に神に会うことはない。

それでも神子と呼ばれるのは神に選ばれた子として、不思議な力を与えられるためである。


本のヒロインでもあり主人公でもある神子のエリザベスは戦闘に優れた力をもち、王子と共に強くなり、王都に封印されている災いを倒す。


だからまだまだルーク王子が子供だった頃に処刑されたわたしはこの世界の後のことを知るはずもないのに、知ることが出来た。

それが真実かはこの場にいるわたしも、この国で生きている誰にもわからないことだが。


それでもわたしにはわかることがある。

わたしの人生だ。

本では“王妃に嵌められた”とだけ書かれていたが、一度経験した人生を振り返ればどの時点から仕掛けられているのか察することが出来た。


王が手出し無用だと告げたはずの建物にどうして王妃が足を踏み入れたのか。

調査をするのならば王妃じゃなくてもいいはずだ。

寧ろ唯一である王妃自らそのように自由に動くことは許されないはずだろう。

ならばそこに誰がいるのかあらかじめ知っていたのではないか。

それに、毎日のように食膳を持ってくるあの人の姿を、私は頭に流れ込んできた本の中で確認することが出来た。

私が死んだあと、王妃の横に立つ人物。

性別は違う。

だが、目元と口元のほくろも、背丈もどうみてもあの時の人だった。

そういえばと思い返しても、私はあの人が喋るところを見たことが無い。

性別だってメイド服を着ていたから女性だと思っただけだ。

だから何も喋ることがなかったのだ。

声で万が一にも性別が判明しないように気を付けていたから。


つまり、全てが王妃の策略。

私に気付かれないよう、暫くの間どこかに姿を隠していただけで、私を処分した後はまた王妃の傍で仕えていたのだろう。



王妃が私を殺した理由はわからない。

だけど王妃は詰め寄ったルーク王子にこういった。

『あの女は存在自体が害なのよ。それなのにあの年まで生かしていたことに感謝してもらいたいわね』

その言葉だけで、私がどれほど憎まれているのかがわかるだろう。

原因がわからなくとも、王妃の私への憎悪は深いと感じ取れる。



なにがどうして幼少期に戻ったのかは不明だが、小さくなった体と幼少期に暮らしていたこの光景から状況を整理する。


私は決めた。

ここを出ると。

いや、出なければならないと。


きっとこの後王妃がやってくる。

今がいつなのかの詳細が分からない為、行動するのなら早い方がいいだろう。





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