2.②(視点変更)
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(視点変更)
ドエラの姿が見えなくなった頃、王が口を開いた。
王妃に向けられる視線は刃物より鋭いのではないかと思わざるを得ない程。
きっとドエラがこの場に居れば縮み上がって震えていたでしょう。ドエラがいれた茶を口にしながら王妃は王を観察する。
「あの少女は…?」
可憐な花のような綺麗なピーチピンク色の髪の毛を結い上げ、まるで宝石のように輝く金色の瞳を持つ少女の姿が見えなくなるほど後姿を見つめ続けた王に、王妃は一瞬表情を作るのを忘れた。
能面のような無表情を一瞬にして変え、口元には笑顔を浮かべる王妃は、少しだけ王の眉間に皺が寄るのを確認する。
それを確認したとしても王妃の笑みは崩れない。
心底この状況を楽しんでいるかのように思われたとしてもだ。
「王宮の……、今はもう使われていない建物に閉じ込められていましたのを私が見つけ、保護をしたのです」
そう告げた王妃の言葉を、たっぷりと眉間に皺を刻み王は睨みつけた。
「王宮に閉じ込められていた…?王宮の管理は王妃であるお前の仕事だろう。
それに、お前がよく思っていなかった彼女によく似た子をよく保護をしようと思ったな」
「誤解なさらないようご説明させていただきますが、王宮のあの場所については陛下自ら手出し無用と宣言した場所にございます。
その為、私の管轄には含まれておりませんでした。
ですがメイド達から”小さな子供の声がする”とよく相談されていた為、陛下には先ぶれとして書面を出し報告していたのですが……」
ちらりと視線を送る。
あたかも演技だと思ったのだろう、王の眉はピクリと動いた。
「返事がなかったといっているのか」
「不躾ながらも…、その通りでございます」
本当に失礼だと思っているのか疑わしい明るい表情を浮かべた王妃に王の苛立ちは態度にまで現れ始める。
そもそも王には次から次へと仕事や情報が舞い込んでくる。
子供たちの為に教育施設を設立したいというまともな政策から、どこぞの阿呆がやらかした婚約破棄と新しい婚約届、他の国との貿易をする貴族の情報まで大小関わらずやってくるのだ。
それでも信頼のおける部下のお陰で不適切な政策や怪しい企みを持つ者への対策は未然に防いでいるし、婚姻についても神殿側が認めているのならばと気にせずに許可を出せるものもある。
ここで王が王妃に対するあたりが強い理由をお話ししよう。
そもそも王自らは恋愛結婚を推奨したいと掲げているのだ。
政略結婚を受け入れ、相手を愛する努力をするならまだしも、その努力をすることもなく冷めた関係を続けることも、愛する相手がいる人から無理やり引き離すという、非道徳的な考えもどうかと思っていたのだ。
だからこそ、貴族の婚姻については王家の許可の他に、貴族関係とは切り離された神殿にも認めさせるように変えた。
何をもって神殿が許可を出しているのかは明らかにされていないが、神殿にも認めさせるようになってからは上手くいく婚姻が多く思える。
とはいっても、婚約においては王家も神殿も関わることが無い為、多少のいざこざはあるが。
それは貴族達が解決することであり、王家が介入することではない。
そして確固たる地位を築き上げられることが出来なかった王子だった頃、愛する女性と別れ、強制的に決められた今の王妃との婚姻を撥ね退けられず籍を入れた。
それだけならば受け入れた。
その他大勢の中との婚姻。誰が相手でも構わない。貴族社会では普通のことだ、と。
だが、王はある日耳にしてしまったのだ。
愛した女性に手を出したと思われる目の前の女の発言を。
いい感情を抱くことはこの先もないと、自分の妻となった王妃へのあたりを強くさせ、そしてそれを前面に出し続けていた。
父である前王が苦言を呈していても、既に王位は継いでいるのだ。
王として最優先にやるべきことは国を生かすこと。そう主張してきた。
「それで、お前が私の愛した女性に似たあの少女を引き取るとは思えないが」
「私が陛下の愛したあの方に良い思いを抱いていないのは事実に御座います。
ですが、それとあの子とは無関係。同一視するのは不適切と申し上げます」
「では、本当にただの善意からによるものか」
「ええ。でなければ、あの子も私にあそこ迄懐かないでしょう」
口元に長い指先をあて考える仕草を取る王に、ニコリと微笑む王妃の元にドエラが戻ってくる。
スッと王妃の後ろに控えるドエラに王は尋ねた。
「そなたは今幸せか?」
「は、はい!王妃様の傍で働かせていただけていること、誇りに思います!」
笑顔で言い切ったドエラに王は目を見張った。
ドエラの表情は決して言わされたものではないと、直感だがそう感じたからだ。
王は「そうか。ならばそのまま励むがよい」と声をかけ、そして暫しの時間を過ごした後王と王妃の茶会は終わった。
それから、度々王と王妃が顔を会わせる機会が増えていった。
傍には常にドエラが控え、ドエラが入れた茶に「今日も美味しいわ」と声をかける王妃を王は複雑な感情で眺めていた。
今迄王の王妃に対する感情は、とてもいいものではなかった。
まさに高位貴族として凛とした姿勢で対応するその姿には好感を抱いたが、下の者に対する態度が王には受け入れられなかった。
明らかに弱い立場の者を集団で虐げ、終いには達者な口でのらりくらりと逃れるその精神が受け入れられるものではなかったのだ。
だが、今の王妃を見て王は思った。
(俺は思い違いをしていたのか…)
彼女が敵意をあらわにするのは、俺が好いた女性のみ。
当時の彼女は怒りの感情をコントロールできず、そのまま感情に伴った言動をとってしまったが、俺が関わることが無ければ今の少女へ接している通り、心穏やかに接することが出来たのか。と、そう思ったのだ。
それから王は王妃と積極的に交流を深めた。
そして遂に王と王妃との間に子供が生まれた。
しかも後継ぎになれる男児だったため、国を挙げて祝った。
王子の誕生を一か月もの間誰もが喜んだのだ。
(視点変更終)