12.問いかけ
「ならばそいつらを片付たあと再び伝える。
その時は俺の娘としてのこれからを受け入れてほしい」
「な、なりません。王妃はこの国の貴族たちに認められた存在。
その者を排除することは貴族のあり方に異を唱えるものです。
私は孤児として、そして神殿のものとして、神に仕えるだけです」
「貴族たちに認められた存在?…違うな。
貴族たちを味方につけ無理やり王妃となり、更にこの国を滅ぼそうとした反逆者だ」
「反逆…そのような言葉…!」
思わず反論した。
この国を滅ぼすという言葉が突拍子のない想像に過ぎないと思ったからだ。
「事実だ。……だが証拠がそろっていないことも事実。
その上でお前に問いたい。
アリシア、お前は自分を死に追い詰めていた王妃を懲らしめたいと思うか?」
「…え……」
私は言葉に詰まった。
相手が例えこの国で一番偉い人物だとしても、そのような言葉を口にしてしまっていいものなのか。
復讐したいなんて考えたことはなかった。
だた利用されて殺される運命なら、その運命から逃げ出したい。
冤罪で死ぬなんて嫌だ。
例え助かったとしても、ルーク王子を巻き込み苦しい思いをさせたくなかった。
新しい人生を誰にも利用されず生きたいと、そう思っていた。
だから逃げ出した。
逃げ出した先で、私は幸せを感じていた。
親切にしてくれた神殿の人たち。
私の力を頼ってくる国民たち。
捉えようによっては私の力を利用していると考える人もいるかもしれない。
でもそうじゃないことは私にもわかる。
癒しの力を受け取った人たちは私に感謝の言葉を伝えた。
私の体調が悪い時、誰も文句も言わず歌うことを強制することもなかった。
皆が心配してくれた。
そんな環境にいたら、私だって皆のために力になりたいと思えるのだ。
だから歌う。歌っている。
そんな幸せな生活を送っていると、例えもう近づきたくないと誓った王城にだって、大好きだったルーク王子を一目だけでも見たい、そんな欲望が湧いてくる。
私は今、一人じゃないから。
神官長も神官たちも、コンラートもいて、そして町の皆もいるから。
でも王妃を懲らしめたいかと聞かれたとき、私は戸惑った。
復讐心なんてなかった筈なのに、言葉に詰まる。
そっとこれまで一切の発言をしていないジョセフさんに視線を移した。
私の視線に気づいたジョセフさんは、やっぱり何も口にすることなく、黙って頷いた。
それが何を示しているのかわからない。
だけど、何の確証もないけど、二人が私の味方なのかもしれないと、漠然とそう思った。
その時、バンと勢いよく開かれた謁見の間に一人の男の子がやってきた。
「兄上!!」
と王に向かって駆け寄った男の子。
年は今の私とあまり変わらなそうに見えた。
キラキラと金髪に輝くサラサラヘヤーに、私と同じ金色の瞳。
「アルベルトか…。今俺は大事な話をしているのだが?」
王が咎めるように男の子に告げると、まるで悪びれることもなく男の子はいった。
「知ってるよ!癒しの神子とだろ!?
僕会いたかったん___」
まるで時が止まったかのようにアルベルトと呼ばれた男の子は私を見るなり固まった。
ピシッとまるで石になったかのように動かない。
王が「おい!」と声をかけて体を揺らしても、ジョセフさんが耳元で指を鳴らしても動く気配はなかった。
「おい、まさかこいつ…」
「可能性はあるな」
二人がそろって私を見る。なんでみられているのかわからないけれど、王は謝罪を口にしアルベルト様を担ぎあげ、ジョセフさんは私の手を取って謁見の間から逃げるように立ち去った。
「あ、あの!どうかしたんですか!?」
「申し訳ございません。アリシア様。
こちらからお呼びしたのにこのような状況となってしまい申し訳なく思います。
が、今はアリシア様も陛下への返答を考える時間が必要でしょう。
考えが纏まりましたら、ご連絡いただければお迎えに上がります」
「そ、それは構いませんが…」
それでは、といつの間に手配したのか、馬車の中に私とコンラートを押し込めてジョセフさんはにこやかに手を振った。
出発する馬車にあっという間に小さくなるジョセフさんと王城。
私とコンラートは目を瞬き、暫く何も言えなかった。
その中で沈黙を止めたのはコンラートだった。
「王女、だったのですか?」
言いにくい事を告白するかのように、視線を彷徨わせてコンラートは私に尋ねた。
「………そうみたい。
それも王妃に憎まれ、虐げられた王女だったらしいわ」
そう告げるとコンラートは膝に置いていた手を力強く握りしめた。
プルプルと震えるほどに握られる拳が、コンラートの気持ちを表しているようだった。
「…なら、私が…王女様を苦しめる原因を作った、という事ですね……」
例え扉の前で待機していたとしても、同じ謁見の間にいたコンラートにも話は全て聞こえていた為に、そう言っているのだろう。
王族の血が流れているという子供を受け取ったコンラート。
その王族の血が流れていたことが判明した私が、自分の口から食事も満足に与えられず、放置されて生きていたと告白したのだ。
コンラートから子供を預かった王妃のその後の行動を思い至るのにはとても簡単なことだっただろう。
そして、その子供を王妃に引き渡した騎士は今、私の護衛騎士として行動を共にしているのだ。
やるせない気持ちが募ってしまうのも無理はないと思う。
「コンラート……貴方……」
「…はい…」
「とても気持ち悪いわ」
だけど私はこの雰囲気が嫌だった。
だから率直な意見を伝える。
別にコンラート自体が気持ち悪いとは思っていない。
だけど、今までフランクに接してくれていたのに、急に他人行儀になり、そして目も合わせないその態度が嫌だった。
「…は、い…?」
目を瞬かせるコンラートに私は思わず笑う。
「その態度よ。私は今まで通りのコンラートでいてほしい。
肩っ苦しいコンラートなんて気持ち悪いの。
………それに私を虐げていたのは王妃であって、貴方じゃない。
恐らく王妃は私を利用したかったのね。すぐ殺せるような力のない赤子を酷い環境とはいえ生き長らえさせていたんだもの。
血のつながった父である王の目に入らないように、誰にも立ち入りを禁止させていた場所で。
もしコンラートが私を王妃に渡さずに、血縁判定をして王の目に触れていたら、きっと利用価値のなくなった私は今生きていなかった。
だから気にしないで。寧ろ感謝をしているわ」
推測を口に出してみると、自分でも納得した。
もし私が王妃の手に渡らず、王の手に渡っていたら、きっと王の娘として王に可愛がられていたかもしれない。
だけど、憎んでいる女の子供である私を、きっと王妃は殺そうとしただろう。
だって自分の子であるルーク王子を使う程、私を憎んでいたのだから。
「王女様…」
「それ!嫌って言ったわよね!」
尚も口調を変えようとしないコンラートに指を差すと、コンラートはやっと笑って「ごめん」と告げた。
苦笑する笑みも笑みだ。
やっと崩してくれたコンラートに私は満足気に頷いた。
「わかればいいのよ」
「…それで、アリシアはこれからどうするんだ?」
私はその問いにすぐに答えることなく、口を閉ざす。
私が王宮から逃げ出した理由は、王妃から逃げたいと思ったから。
私の人生を利用されることなく生きたいと、そう思ったから。
でも王から「王妃を懲らしめたいか」と聞かれた時、どうしようもなく揺さぶられた。
「……アリシア、話してみろよ。
子供が悩んでる時は、大人に相談するのが一番だろ?」
私と変わらないコンラートが何を言っているのだろうと、一瞬思ったけれど、それは精神年齢な話で見た目では倍以上の年齢差があることを思い出す。
私は苦笑してコンラートに自分の気持ちを話した。
「……私、王宮に閉じ込められてた時夢を見たの」
今後の王妃への対応について話すには、まず私の今迄の事を話さなければならないと思った私は、一度目の人生であったこと、そして見た本の事を全て夢で見た物として話すことにした。
夢?と首を傾げるコンラートに私は頷く。
「閉じ込められていたところから助け出されて、でも自分がもう少し大きくなったら殺される夢。
それが本当に起こる未来なのかわからないけど、でも、それが現実になったら怖いと思った。だから逃げることにしたの。
そしてコンラートが私に話してくれた話と、さっきの王の話で、私を苦しめていたのは王妃だってことがわかった。
それでね、王が私に言ったの。“王妃を懲らしめたいか”って」
「ッ!」
「驚くよね、やっぱり。私も王の問いかけに驚いた。
でも私、……神殿に来て幸せだなって思っていたの。このままここで暮らしていきたい。皆の為に歌いたいって。
だけど王に尋ねられた時戸惑った。今迄復讐なんて考えたことなかったのに、ただ逃げて、そこで幸せじゃなくても、普通に暮らせればいいって、本当にそう思ってた。
でもっ………」
もやもやする気持ちが胸の中を蠢く。
はっきりしない自分の気持ちが、気持ち悪かった。
「いいんじゃないか?それで」
「…どういうこと?」
「別に優柔不断でいいってことだよ。悩むってことは、少しはそう思う気持ちがあるってことだ。それを否定して無理やり閉じ込めちゃいけないと俺は思う。
だけど現状を維持したいというアリシアの気持ちが、復讐を行うことで今までの暮らしに影が差してしまうかもしれないと止めているんだろ?
ならさ、それでいいんだよ。途中でやめてもいい。
アリシアがしたいようにすればいいんだ」
「それは不誠実じゃない?」
「全く。俺が親の立場なら、自分の娘を苦しめるやつは見逃さないし許さない。
たぶん王もそうだ。アリシアがやらないならあの王が自ら先陣きってするだろう。
アリシアがやりたいというなら、完膚なきまでに潰してやるって気持ちを抑えて、アリシアの望む結末にさせてやりたい。
きっとそう思ってる…と俺が親ならそう思うな」
「……コンラート、独身だよね」
「好いと思ってる女性はいるからな」
「え!だれ!?」
「誰が言うか。
それにな、俺は王妃にお前を渡した時はっきりと“王族の血が流れている子”だと伝えている。
貴族として、そして王妃として無知は罪であることは理解しているから、あの時の王妃は“確認する”と俺からお前を受け取ったんだ。
尊い王族の血を受け継いでいるお前を蔑ろにしていい理由なんてない」
コンラートの言葉は尤もだった。
私の気持ちもよく理解してくれていて、コンラートにハッキリ言ってもらえてなんだか納得した。
私は現状を守ろうとしていた。
その気持ちが強くて、本当は王妃に仕返し…というより罪を認めてもらいたい、悪い事だとわかってもらって償ってもらいたいのに、その気持ちに蓋をしていただけだったんだ。
私には王という国一番の強い味方をしてくれる人がいるのに。といっても、一度目の人生の時の王を見ているから、心の底から安心なんてできないけれど。
でも王妃に心を許していないという事実が、私にとっては心強い状況なのは間違いない。
それにコンラートがいうように、私はもう王の娘だと発覚している。
その私が王妃によって苦しんできたんだ。
きっと王が王妃の味方になることなんてない。きっと。
「……ねぇ、コンラートも一緒に戦ってくれる?」
護衛騎士として、本来ならばここ迄求めることが出来ないかもしれない。
だけど、私に取っては心強い味方。
傍にいてほしいと、そんな気持ちで尋ねると見慣れた笑顔で答えてくれた。
「当たり前だろ。俺の証言もきっと必要になってくる」
「そうだね。コンラートも関係者だ」
「…そういわれると突き刺さるものがあるな…」
「ふふふ。頼りにしてるね。
………あ、そういえばさ、突然来た男の子いたでしょ?
あの子って誰?コンラート知ってる?」
一度目の人生の時は見たことなかった存在を私は思い出す。
確か王のことを兄上と呼んでいた。
王に弟なんていなかったはずでは?と思ったのだ。
そう尋ねた私にコンラートは不思議そうな表情を浮かべた。
眉間に少しだけ皺を寄せて口を開く。
「誰って、王弟だろうが。
名前はアルベルト・グリムウォール。年はお前の一つ上。
お前がこれからも王城に通うってなったらきっと何度も顔を会わせることになると思うから、失礼なことするなよ?」
そう告げたコンラートに、私は目をこれでもかってぐらい見開いた。
そして数秒後、素っ頓狂な声をお腹の底から出した所為で、ジョセフさんが手配してくれた馬車が少しだけ跳ねたことを体で感じた。