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1.一度目の人生①




さみしかった。


かなしかった。


暗くて、冷たい場所で生きてきたわたし。


唯一見る人は、わたしをものとして扱った。

近寄って声をかけると汚いものを見る目でみて、そしてパンと水だけ置くと口を開くこともなくすぐに出て行ってしまう。


暑い日は、ここが暗くて冷たい場所だからどうにか耐えることが出来たけど、寒い時はどうやっても耐えることができなかった。

身を丸めてもガタガタと震える手足に、ガチガチとぶつかる歯。

目の前がぐらぐらと回って見えると、わたしは倒れた。

そのまま誰も来ない部屋の中で熱を出し意識を手放すと、目を覚ましたときにはいつもどおりのパンと水が目に入る。


ああ、いつもの人来ていたんだ。


寂しいな。


話すことはしたことないけれど、一日に二度しかない人との交流はなくなるととても恋しくなる。


けど、……やっぱり見なくてよかったかもしれない。


だって、あの人のあの目を見ると胸がぎゅうって締め付けられるように痛くなるんだ。

痛くて、何も言えなくなって、そして黙っていると、わたしを置いて閉じられる扉が、とても悲しく思えるのだ。


だから、これでいいんだ。


(あぁ、でもやっぱり寂しい……)


いまだにボォとする頭と熱い目を休める為に、静かに目を瞑ると涙が零れ落ちた。


……ああ、わたしはなんで生きているのだろう。

わたしの役目はなんだろう。


伝る涙が床を濡らし、濡れた埃が顔へとこびりつく。

顔だけじゃない。

汚れがへばりついた体は黒く、洗いもしない体は垢もたまる。

自分でも思う程汚かった。


いつもやってくるあの人とは全然違う。


だからあの人だって、わたしを汚いものとして見ているんだと、床の上に積もっている埃を眺めながら、再び目を瞑った。



<キィ>



静かに音を立てて開かれた扉から、コツコツと聞きなれない足音が聞こえてきた。

そして近くに来たと思ったら、またすぐ離れていく。


「…、な、何故こんなところにッ…。誰か!誰かーー!!!」


その人は叫ぶ。

しばらくすると、女性の声を聞こえたのだろう人たちがバタバタと駆け付ける足音が床を伝って響いてきた。

そして先ほど叫んだ女性の声で「子供が倒れているの!」という切羽詰まった声が聞こえてくる。


わたしは助かったんだなって、この時直感でそう思った。


何故ここに閉じ込められていたのか、何故こんな生活を送ることになったのかはわからない。

だけど、物覚えがついたころにはこんな生活だった。


大きくて太い腕でそっと持ち上げられたわたしは、熱で朦朧とする中瞼を持ち上げた。


キラキラと輝く金色の髪の毛が目に入る。

そして、「よかったわ」と空のように綺麗な瞳に涙を溜めながら微笑む女性を見て、女神様が助けてくれたのだと安心して、意識を手放した。





それから私の生活は変わった。


まず私を助けてくれたのは女神さまではなく、この国の王妃様だった。

今はもう使われなくなったらしい王宮の建物に、何故か閉じ込められ存在を隠すように生かされていた私を見つけ救ってくれた。


私はとらわれていた時に食事を持ってきていた女性の特徴を王妃様に伝えた。

茶色の髪の毛を束ね、そして緑色の瞳を持つ女性だということ。

口元と目元にホクロがあったこと。

女性だけど、割と身長が大きいように見えていたから、それも特徴として伝えたが、私が助けられたことが一気に王宮内に広まった為に逃げ出したのか特徴が合致する女性は見つからなかった。

だけど怖くはない。

「これからは私が貴女を守るわ」と王妃様が言ってくれたからだ。


埃が積もった床の上で寝ていた生活から、ふかふかの布団がある部屋に移動した私は、固いパンではなく柔らかいパンケーキとスクランブルエッグ、そして甘い飲み物を飲めるようになった。

これも王妃様のおかげである。

がりがりに痩せた私が可哀そうだと仰ってくれて、沢山食べさせるようにとシェフや周りのメイド達にも通達してくれたのだ。

胃に優しいパン粥から始まり、徐々に食べ物に慣れさせてくれて、今ではお肉やたまのデザートも食べれる生活を送れるようになった。

そしてちょっとずつ回復していった私は、ひらひらした可愛いらしいメイド服と呼ばれる制服を身に纏い、私を見つけてくれた王妃様に仕えることになったのだ。


「ドエラ、仕事には慣れたかしら?」


まだまだ傍に仕えるには至らない部分が多い私を、見習いなのだからと傍に置いてくれる王妃様。

本来ならば得体のしれない私を王宮から追放したり、末端の仕事をやらせたりするものなのに、「身綺麗にすると見れた顔をしているのね。なら、私の傍仕えとして雇用してあげるわ」と傍に居させてくれた。

暗くて、冷たくて、寂しいあの場所から助けてくれた王妃様、名前がなかったわたしに名を考えて授けてくれた王妃様。そんな王妃様の為に、私は無我夢中で仕事を覚えた。

王妃様の足を引っ張ることが無いように、侍女長に頼み込んで作法のマナーも教えてもらった。

王妃様に恥をかかせることがないよう文字だって覚えて、色々な本を読んで勉強した。

全てが順調だった。

今迄どん底の生活をしていた分、いいことが次々に起きているような、そんな感じを身をもって体験していた。


そんなある日のこと、王妃様の長い綺麗な金髪の髪の毛に櫛を入れていると、とても機嫌がよさそうに私に話してくれた。


「今日はね、陛下が私との時間を取ってくれる日なの」


王妃様の言葉に少し違和感を覚えたが、忙しい王様が王妃様に会うために時間を調整したのだと、それが嬉しくてたまらないと王妃様が仰っているのだと察した私は、自分の事のように喜びながら言葉を返す。


「そうだ。貴方も傍にいなさいな。

こんな機会は滅多にないのだから」


にこりと微笑む王妃様の提案に私は慌てた。

王様と顔を合わせるような立場の人間ではないのだ。それにこれほどまで嬉しそうにする王妃様を見たことがない。

私は首をぶんぶんと振りながら「王妃様の貴重な王様との時間を邪魔するわけにはいきません」と答えたが、王妃様はひかなかった。

結局私は「後ろに控えております」とだけ告げると、満足そうに頷かれた。



そして当日。

やってきた王様はとてもかっこよかった。

王妃様と同じ金色の髪の毛に、金色の瞳。

綺麗なその瞳には全てのものが映っていそうなほどにひきこまれそうになる。


そんな王様の瞳を見て、そういえば私の瞳も金色だと思った。

あんなに綺麗だと思ったことはないけれど。

 

顔のパーツが全然私と違うからかな?

同じ色の瞳を持っていたとしても、目を奪われるとはこういう人のことをみて思うことなんだなと感じる。


そして王妃様があんなに嬉しそうに話すのも頷けると思いながら、ちらりと王妃様の様子を伺うと、王妃様は頬を染めて嬉しそうに立ち上がる。

だけど、不思議と王様の視線の先には私がいるような気がした。


「そなたは…」


「陛下、此度はお越しくださりありがとう存じます」


カーテシーと呼ばれる挨拶を見せた王妃様は、とても美しかった。

思わず王妃様のその綺麗な所作に私は見とれたが、ハッと我に返り茶の用意を始める。


適切な温度に適切な時間で蒸し、温めておいたカップに茶を注ぐ。

王妃様の楽しみにしていた時間を台無しにするわけにはいかなかったから、いつも以上に神経をとがらせた。


音を立てないように最善の注意を払いながら、王様と王妃様の前にティーカップを置くと、王妃様はにこりと微笑んで私にお礼を伝えてくれた。

傍仕えとして当然のことをしているのに、そんな王妃様の言葉に私は嬉しくて頬を染めた。

そんな時じっと見つめる王様の視線に気づいた私は、慌てて頭を下げてワゴンを下げる。

きっと、早く行けという無言のメッセージなのだわと私は思ったからだ。


王様が私に興味を抱く事なんてないと、そう思っていたから。







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