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君と見たい未来  作者: 上野慎
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第二話-とある出逢い-

ほんの少しだけ修正しました。

 ――朝は嫌いだ。

 希望の朝だなんて言うが、俺にとってはただただ苦しい現実がまた始まることを意味する。


 今日はどんなことが起きるのだろうか。

 動画を撮って編集して、バイトに行く。いつも通りといえばいつも通りか。


 それはつまりいつも通りの苦しさや辛さを感じるということ、……考えるだけでも胸の奥が苦しい。


 でも、この苦しみを感じるということが俺にとっては「生きている」ということと同義である。

 今日もまた生きている。そのことに幸せを感じていられる限り、俺は人として生きていける。


 頼むからこの感情だけは、失いませんように。


 少しずつ、でも着実に、目が覚めてきた。

 視覚、触覚、聴覚、それぞれが仕事をし始めた。


 すると、いつも聴いている、いつまでも聴いていたい音色が、少しずつ、はっきりと聴こえてきた。


 ――、ああ、そういえばまた音楽を流したまま寝てしまったんだっけ?


 今流れている楽曲は「紙一重」

 俺の大好きなミュージシャン「Leon」のデビュー作だ。


 この曲はある主人公が自分を偽り周りに合わせて上手く生きていたが、心の中では自分を偽り続けることの苦しみや悲しみといった感情を徐々に制御できなくなってしまい、いつしか偽りの自分が本当の自分だと思うことでその葛藤から逃れていくという物語になっている。


 この主人公の生き方や考え、感情がとても他人事だと思えなくて聴いていくうちに、「Leon」という人はどんな人生を送っているのだろうかと興味を持った。

 彼女の曲はそのほとんどが人生に悩んだり苦しんだりしている人のそばにいてくれるような、そしてその感情を理解してくれている曲ばかりで、その世界観に感動して以来ファンになった。


 ――そんなことを言っていたら、もうこの曲も終わりを迎える。


 最後は偽りの自分を本当の自分だと思い込むことで葛藤から逃れていた主人公がついに心が耐えられなくなり、これまで隠していた本音が悲鳴のように溢れ出してしまう。


 このシーンを聴いていると、この主人公が羨ましくもなるし、尊敬もする。

 俺は無駄に心が強いのか、そんな風に本音を表に出すことができない。

 そのせいでいろいろなものを抱え込んでしまっていると理解できているだけまだましなのだろうけど。


 だからこそ、この曲のすべてを理解したいのにそうできない部分がある。いつかこの主人公を本当の意味で理解できる日はやってくるのだろうか。


 ……ああ、でも、この最後の歌詞はとんでもなく共感できる。

 ということは、この言葉は俺にとっても本音なのかもしれない。

 いつの日かこうあれますように、そう思いを込めながら、今日という日常を始めるとしよう。


 「僕が僕であれますように――」




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※※




 いつも通り動画を撮って編集し、バイトに向かった。

 今日は夕方から閉店までのシフトのため少し遅めの出勤だ。


 「お疲れ様です」


 店に入るとすでに光誠が働いていた。

 そう言えばこいつは朝から閉店まで一日のシフトだったっけ。お疲れ様。


 「おっす光誠」


 「おう、稲葉!」


 ……うん、テンションが高い。

 こういった時の光誠は何かいいことがあったから是非とも話を聞いてほしいという状態なのである。

 もうそのキラキラ輝いている目が物語っている。早く俺に話しを聞けと言っている。

 まあおおよそ何について話したいかはわかっているけど。


 「あー、その感じ、昨日いいことあった?」


 「おお、よく気づいたな!」


 そら気づく。誰でも気づく。何なら生まれたばかりの赤ちゃんもその幸せオーラにやられて泣き止むレベルだと思う。


 「いやー、それがさ、昨日俺前から言ってた子と遊びに行ったやん。それで映画見てから飯行ったりしたんやけど、めちゃめちゃ楽しかったんよ!」


 「おー、よかったやん、楽しかったんなら。……ちなみに相手は可愛かった?」


 「あんな、……メチャメチャ可愛かったわ」


 「クッソお前羨ましい」


 「ハッ! 妬め妬め!」


 そう言いながら光誠は裏口から店の外に出ていった。おそらくタバコでも吸いに行ったのだろう。

 

 ――それにしてもあいつ、昨日のデートはうまくいったようでよかった。

 これでもし昨日告って振られたりしていたら今日一日不機嫌だっただろうから助かった。

 むしろ楽しめたことで機嫌がいいから今日はいつもほどあいつの機嫌を気にしなくて済む。それだけでもかなり今日一日が楽に過ごせる。


 「なんか今日はちょっといい日になりそうやな」


 さあ、閉店までしっかりと働くとしますか。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※※



 ――夜十時、ここからこの店はカフェではなくバーとして経営が始まる。


 夜九時まではカフェとして営業しているがそこから一時間店を閉めて内装を変える。

 といっても、カウンターはそのままにしてテーブル席を端に動かすだけのことだが。

 そしてカフェからバーへと姿を変えて再び営業を開始する。


 店では常に静かなクラシック曲が流れており、お客様は皆この落ち着いた空間で静かにお酒をたしなみながら談笑を楽しまれている。

 店長、おっと、この時間はマスターと呼ばなきゃいけないんだった。――マスターは常連客といつものように楽しそうに話しながらお酒をふるまっている。マスターはとてもお喋り上手でかつ聞き上手なので常連客もマスターと話すのを楽しみに来て下さる方がとても多い。そのためいつもこの時間は人がたくさん集まってくる。


 どうやらカフェよりも儲かっているらしい。その辺りマスターはちゃっかりしてるよなと思う。


 カラーン、と鈴の音が鳴り、店の扉が開いた。

 するとそこには、バケットハットを深くかぶった女性が立っていた。

 

 腰まで届くのではないかという真っすぐな黒髪はとても美しく、背の低い彼女にとってとても目立つ印象にある。

 

 しかし、ここまで美しいと感じるものを直接見たことはない。

 おそらく初見のお客様だろう。


 たまにはいるが、この店に初見の方が来るのは割と珍しい。駅から少し距離がありかつ大通りから少し裏路地に入らなくてはいけないという立地的に地元の常連客の方が立ち寄ってくれる店となっているためだ。

 特にこの時間はバーとなっているため初見の方が一人で来ることはとても少ない。初見だとしても常連客の紹介などで来る方がほとんどだ。


 まあ何はともあれ初見だろうとお客様はお客様。マスターは常連客とお話しされているのでここは俺が対応に行くとしよう。


 「いらっしゃいませ、空いてる席でしたらお好きなところへどうぞ」


 するとその女性はカウンター席の一番端へ座った。

 他にも空いてる席はあったのだが、まあそこはこの人の自由だ。


 「ご注文は?」


 「……お任せで」


 そう一言だけ言って俯いたまま黙り込んでしまった。

 もちろんお任せでも大丈夫なのだがそういったときは大概どのような気分なのかや好みなどを聞いたりすることでその人にあったモノを提供する。


 しかし、この感じだと聞いても何も答えてくれないだろう。


 こうなってしまっては仕方がない。何とかこの人が今求めているであろうモノを提供できるように最善を尽くすだけだ。


 「かしこまりました」



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※※



 ――ああ、私は何をしているのだろう。

 見知らぬ街の見知らぬ店、目の前には名前も知らない店員(おとこ)が一人。


 明日はコンサートツアーの開幕日だというのに、本当に何をしているのだろう。


 いつものように前日に会場入りをして、いつものようにリハーサルをする。

 いつものように念入りにチェックをして、いつものように明日へ備える。


 でも、気が付いたら電車に乗ってこの町へ来ていた。

 そしてどこか当てがある訳でもなく彷徨っていると、この店に辿り着いた。


 何故かわからないが、ここに入らなくてはいけない気がした。


 まるで導かれるかのように扉を開け、言われるがままに席に着く。


 ――なるほど、この空間はひどく心が落ち着く。


 すると店員(おとこ)から注文を尋ねられた。


 私は何も考えずに気づいたら「お任せで」と答えていた。


 なんとも不愛想で失礼極まりない返答だと思い俯いてしまったが、それでも店員(おとこ)は嫌な顔一つせず「かしこまりました」と、一言だけで返事をした。


 何故だろう、その言葉がとても心地よいものに聴こえた。


 見た目的に二十代前半、もしかしたら私より少し年下かもしれないこの男の年齢に似合わない落ち着いて物静かな雰囲気、そして少し低めで芯のある声、その一挙手一投足から目が離せない。


 いったい私はどうしてしまったのだろう。


 普通に考えると所謂一目惚れというものなのだろうが、そんな感じではなさそうだ。

 告白する気はおろか、胸が高鳴るということもない。


 ――いや、むしろ逆にこれほどまで心が落ち着いたことがない。


 いったいこの感情の正体は何なのだろうか?この感情を理解することができれば今までとは違う何かが見つかるのではないか?


 さらに思考が深いところへ行きかけた時、私を現実へ戻す声が響いてきた。


 「お待たせいたしました」

 

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