回転するドリアンのヘタが可愛い瞬間ベスト3に入る狂った世界で
可愛い瞬間ベスト3の第一位に輝いたのは、回転しながら落下するドリアンのヘタだった。
テレビで映し出されたドリアンのヘタに、母も父も妹もキャーキャー騒いで可愛い可愛いと。
意味が全くわかんねえな。
外に出れば、ドリアンのヘタのプリントがされたTシャツを着たちびっこが道路を走っていた。
近所のイケてるJK達もドリアンのヘタのストラップを大量につけたデコスマホをいじりながら信じられないスピードで歩いている、競歩でもしてんのかあいつら。
ついでにそのJKのすぐ脇を過ぎていったリーマンのカバンにも、ドリアンのヘタが。
あたまがいたくなってきた。
雨が降ってきたので傘をさす。
シンプルな黄緑一色だったはずのマイ折り畳みアンブレラは、何故かドリアンのヘタ柄になっていた。
「なんでだよ!!」
思わず開いた傘を閉じた上で真っ二つにボキッとへし折りたくなる衝動に駆られた、どうして自分の黄緑ちゃん。
これはもう何かが確実におかしい、周囲の可愛いの認識が狂ったとかそういうんじゃなくて、なんかもう根本的に、『世界』そのものがおかしくなっている気がする。
「ドリアンのヘタ? ああ、可愛いよな、それがどうした?」
センスが一般人よりもズレているが、果実のヘタに可愛さを感じるような人物では決してなかった自分の旧友に会いにいったら、そんなことを言われた。
吐き気と胃痛、狂っているのってひょっとして自分だけ?
と思っていたら、旧友が何やら不穏なワードを言ってきやがった。
「認識を狂わされてるのはわかっているんだがな、それでも可愛いと思うのは面白い、実に興味深い」
「おまえなんか心当たりあんのかこのトンチキ事態に」
「あるぞ」
「あるんかい!!」
あっさり答えた旧友に思わずそう突っ込む。
「世界そのものがずててる。こう……簡単にいうとはじめから『ドリアンのヘタは可愛い』という世界に作り替えられてる。作り替えられはしたものの、そういうのに耐性があったものだけが元の世界を覚えているから、違和感があるんだろうな」
「どこの誰が、そんなことを!?」
「知らん。興味もない」
「興味持てよ!! それでなんとかしろよ!!」
「ただの一般人にこんな大それた事件の解決ができるとでも? それに殺人が尊ばれるような物騒な世界になったわけでもないんだから別にいいだろう。そのうち慣れるさ、ドリアンに」
「慣れたくねえよ!!」
「妥協しろ、そうやって大人の階段を登るといいよ」
「自分がどうでもいいからっていい加減言いやがって!!」
「いいじゃないか、自分や他人の可愛いものにせいぜい一種類ちょっと変なのが紛れ込んだだけだろう? それに可愛いにも流行り廃りがある、そのうちブームも下火になるさ」
「五年以上前に買った自分の傘がドリアンのヘタ柄になってたんだよ!! それってつまり五年はドリアンのヘタが可愛い認識されてきた世界ってことだろう!!?」
「あー……ドリアンのヘタが猫ちゃんやハート柄と同じレベルなのか。まあ別によくない?」
「よくない!! こんなクソセンスが主流のキチった世界で生きたくねえ!!」
「まあいいじゃん。世界のセンスが狂ってようと、キミが好きなものは何一つ変わっちゃいないだろう? ボクはキミが好きでキミはボクが大好き。それが変わってないなら別にいいじゃん」
一瞬、その甘ったるい言葉に全て納得しそうになった。
が、すぐに首を振って飄々としているろくでなしの襟首を掴む。
「この、聞き心地のいい言葉で丸め込もうとすんな!!」
「丸め込まれかけてくれたの? 嬉しいなあ」
ニコニコ笑うろくでなしの頭をスパーンと叩いた。
……結局、この『ドリアンのヘタは可愛い』世界は三日ほどで元の世界に戻った、戻ったはずだ。
いつの間にか冬瓜模様に戻ったマイ折り畳みアンブレラをさして、今日もまた愛しきろくでなしの元に通う。
「やあ、キミ。世間はすっかり冬瓜ブームだねえ」
「ああ、やっと元通りになったな。せいせいしたよ、やっとあの狂ったドリアン地獄から逃れられた」
そう言うとろくでなしは目を小さく見開いて、少しだけ寂しそうな顔をした。
「あ? なんだよ?」
「いいや? 今回はそっち側なんだなって思っただけ。ま、別にいいけど」
「なんの話だ?」
こいつが意味不明なことを言うのはいつものことだが、気になったので問い詰める。
「いいや、なんでもない。ボクがキミのことを好きで、キミがボクのことを大好きならもうそれ以外はどうでもいいってだけだから」
けど、ろくでなしは何かを誤魔化すようにそう言ってから、綺麗に笑った。