エピローグ・カンマル
エピローグ・カンマル
濃紺のフォース2wayダッフルバックを、窓際にあるソファベットに置いたカンマルは、バックから大学ノート取り出してキビリと向き直った。機敏な足取りでベットへと歩み寄り、枕元に左手をついたカンマルが真上からアリシアを見つめる。眠るアリシアは人工呼吸器は取り外され、自発呼吸を取り戻していた。「ただいま、アリシア」カンマルの視線がアリシアを讃美する。
任務以外の日々を、カンマルはアリシアの病室で暮らしていた。日本にいる時はここから本陣に出勤し、海外派遣が決まればこの病室から旅立ってゆく。
萌黄色のアーロンチェアをベットの枕元近くに置き直し、腰掛けるといつものようにゆったりと背もたれに身を預けて足を組み、右手に持っていた大学ノートに己が手で書き連ねた日記を読み始める。「アリシア、今ジョージアに向かってる。君の祖国だった方のじゃなくて、西アジアにある共和制国家のジョージアだよ。コーカサス山脈を見るのが楽しみだ。今回の任務は日本語を理解する協力者のチームを再編成する事だ。前任のチームが、メンバーごと志願して出兵すると言い出したんだ。知ってたかい、公式発表では海外志願者の中で、ジョージア出身者が一番多いそうだ。CIAの君に話したら、君はあの謎めいた微笑みを浮かべて僕に言うだろうな。「なわけないでしょう。アメリカには退役した特殊部隊員が何人いると思ってるの」って、僕もそう思うよ、アリシア。世界は第三次世界大戦に踏み出しかけてる。ああ、わかってる。そんな事にはならないよう努力する。少々荒っぽい事にはなるとは思うけど」そこまで読んだカンマルが、アリシアの顔に視線を向けた。声が聞こえた気がしたからだ。
「あっ!!」と声を上げたカンマルは立ち上がると同時に、ナースコールを左手で掴んでコールボタンを押していた。アリシアのまぶたが微震していたからだ。「どうされました?」とスピーカー越しに聞く看護師に、カンマルは「意識を取り戻すかもしれない!今にも目を開けそうだ!!」と怒涛の声で訴え、「アリシア!!アリシア!!!」一撃で岩をも打ち砕くような声でアリシアに呼びかけ始め、駆け付けた看護師が覆いかぶさるようにして、名を呼び続けるカンマルをベットから引き剥がしながら「病室から出てください!!治療の妨げになります!」と声を張り、カンマルは看護師に狂乱の目を向け「邪魔なんてしない!!!」とうなりながら、自らの意思で退いた。
カンマルがアリシアを見つめている中、廊下から無数の慌ただしい足音が聞こえ始めた。引き戸が音もなく開き、坂下医師を先頭に看護師3人が病室に入って来た。一瞬立ち止まった坂下がカンマルに力強くうなずく。坂下の目を見たカンマルの瞳が滲む。
そう、アリシアは完全体・液体デイバイスの被験者となっていた。




