リアルトラブル
本日2回目の投稿です。
祥子さんが正気を失って、どうにか平常心を取り戻すまで数日の時間がかかった。
よわよわなんだけど、ふとした瞬間に修羅になる。
それを見ていて私とクリスちゃんは戦々恐々としていたが、まぁそれはさておき……。
どうにかこうにかいつもの祥子さんに戻ったことで今後についての話し合いが決まった。
まず祥子さんは化けオンにログインすることは控えるという話。
私とクリスちゃんは首が捥げるんじゃないかというくらい深く頷いて同意した。
不慮の事故が起こって修羅祥子さんになったらと考えると……やめよう、背筋が寒くなった。
クリスちゃんはまだしばらくうちに滞在するとのこと。
学校が自由な校風で、VOTによるオンライン授業も認めているらしいからね。
ゲームなどのログイン時間制限はあっても授業や会議の時間制限は割と緩い。
余計な演算を頭に直接叩き込まれることがないから、使用者の負担が少ないという理由でね。
その間の私と言えば、いつも通りにお仕事をしていた。
ブログやレポートがメインね、たまに化けオン運営のところに顔を出して書類を貰ったりしていた。
今日もそんな書類を受け取り、祥子さんの部下にそれを引き渡して終わるはずだった。
封筒を手渡そうとした瞬間、横から伸びてきた手。
思わずそれを避け、視線を向けると見知らぬ男性が立っていた。
祥子さんの部下の人たちが懐に手を入れるけれど、遅いわね。
祥子さんなら警告抜きで撃ってたでしょうに、それが災いした。
見知らぬ男性は舌打ちをすると同時にポケットから取り出した鉛色の薄いそれ……ナイフを私めがけて突き出してきた。
とっさに迎撃しようと姿勢を変えたのだが、身を挺して守ろうとしてくれたのか、しかし邪魔にしかならなかった祥子さんの部下の行動によって、私の腹部に深々とそのナイフは突き立てられた。
久しぶりに深い傷を負ったことで過去の記憶がよみがえる。
虎との殺し合い、熊との食料の奪い合い、ゴリラとの殴り合いに、巨大な蛇との締め合い。
フラッシュバックした記憶が私の身体に最適な行動をとらせる。
右貫き手を相手の肋骨の隙間に差し込み肺を強打、一本指を曲げて喉を痛打、裏拳の要領で顎をかすらせる。
呼吸困難と脳震盪のダブルコンボでしばらくは動けないでしょう。
「かくほー」
呆然とそれを見ていた皆さんに号令。
……できれば言われる前に動いてほしかったんだけどね。
「だ、大丈夫ですか⁉」
「え? あぁこのくらいならなんとでも」
ナイフを引き抜こうとして止められる。
いや、ちょっとくらい血が出てもレバーいっぱい食べたら大丈夫なのに……。
そのまま応援を呼ばれて、即座に病院に連れていかれることになった。
そして緊急手術と言われて採血から全身麻酔となったんだけど……。
手術が終わり病室に運び込まれた私、それを心配そうに見ている祥子さんの部下の方々。
そして微妙な表情の祥子さんと、ニコニコしているクリスちゃん。
「おはよーございます、祥子さん、クリスちゃん」
「はいおはよう、相変わらずの不思議生命体ねあなた」
「なんですか藪から棒に」
「今回の傷、内臓に達していたらしいわよ。それも肝臓……死んでないのが不思議なのに意識を保っていたことがおかしいと病院で有名になってるわよ?」
「今までもこのくらいのことはよくありましたよ」
「よくあったとして、それで生きているのが不思議なのよ」
「まぁ、そりゃ私ですし?」
「これ以上説得力のない言葉ありがとう」
ぺしっと額を叩かれた。
「この度は申し訳ございません!」
そう言って頭を下げてきたのは一人の部下さん。
えーと、あぁかばおうとしてくれた人かしら。
「いやいや、助けてくれようとしたんだから怒りませんよ」
「それでも俺のせいで……」
「みんな生きてるんだからいいじゃないですか。それよりあの男は?」
「……死にました。やり口がプロです」
「んー、毒でも飲んだのかしら」
「えぇ、ちなみになんですが……手術中に刺さっていたナイフにも毒が付着していたという事が判明したのでそちらの治療もと再度血液検査をしたのですが異常なしだったそうです」
「まぁ毒は大抵大丈夫ですよ。あ、でもあれはちょっとまずいな……アレルギーあるんですよね」
私の言葉に病室にいた人たちがざわつく。
特に祥子さんは初耳だといわんばかりに目を見開いている。
「あなたアレルギーなんてあったの⁉」
「そりゃまあ、人間ですから」
「何のアレルギー?」
「水銀です、飲むと喉がピリピリするんですよ」
「いや水銀を飲むなよ……」
誰が発したかわからないけど、その言葉に全員が深く頷く。
私だけアウェイなのどうして?
「せっちゃん、普通の人は水銀は飲まないわよ」
「結構美味しいんですよ?」
「飲んでるところ見たらひっぱたくわ」
まぁ家で飲むことはないからいいけどね。
中国行ったときに知り合った人から薬だといって飲まされたのよ。
なんでも不老不死の薬とかで。
まぁ意味なかったんだけどね。
「それで、私の入院ってどれくらいですか? 感覚的には今日すぐに帰ってもいいと思うんですけど」
「馬鹿言わないの、1月は安静にしていなさいって話よ」
「えー、じゃあご飯の差し入れお願いしますね」
「それだけど、1週間は点滴のみの生活ね」
「死んじゃいますよ!」
「死なないわよ……」
そう言ってあきれる祥子さんだったけど私にとっては死活問題……どうにか早急に治さねば。
そう思いけたたましい音で抗議する内臓を無視して眠りについた翌日。
傷口の消毒に来た先生が異様なものを見る目で患部を確認。
その後あれこれ検査に回された結果、今日から食事が解禁されることになった。
そして少ない食事に辟易しながらさらに5日、抜糸が行われ、翌日には完治と言われて病院を追い出された。
とりあえずお腹減ったし、焼き肉屋でも行くかしらね。
元気な怪我人だな……。




