SAN値ピンチ
「とりあえず自己紹介、あなたの姉にしてこちらではフィリアを名乗っているわ」
「じゃあフィリ姉だな。俺はムラクモと名乗っている」
天叢雲剣からとったのかしらね、刀つながりで。
一度戦闘の手を止めて、インベントリから食料を取り出して食べる。
お腹すいてきたからね、さっきログアウトした時何か食べればよかったわ。
「ムラ君でいいわね、とりあえずリアルネームは出しちゃだめよ?」
「フィリ姉そういうところはしっかりしてるよな……有名人だからもう方々でばれてるだろうに」
「それでもよ。そういえばミカさんは?」
「ミカ……? あぁ、この前連れてきたあの人か! さっきでっかい頭が吹っ飛んできてな、腰抜かして奥で休んでるよ」
「あぁ、やっぱり? 大丈夫だった?」
「うちに来た時と同じくらい疲弊してた。男が群がりそうだったから俺が追い払って、適当な女性に任せておいた」
……大丈夫かしら、あの人女の私が見ても魅力的な部分があるから。
あの甘えた表情とかたまらないのよね。
つい、食べたくなっちゃうくらいには。
「それで、フィリ姉はなにしてんだよ」
「ちょっとクエストでね、そういうムラ君もグランドクエスト?」
「そうだけどさ……さすがにこれは無法すぎねえか?」
お、刀君がイライラしている。
昔からの癖で刀君はイライラし始めると拳を握ったり開いたりを繰り返すからよくわかる。
「そういうクエストだからね、悪いけど……私達のためにもここで散ってもらうわ」
「はっ、フィリ姉が散りな!」
振り下ろされるメリケン付きの拳、それを片手でそらして拳を打ち込もうとするが手首をつかまれそのまま握りつぶされる。
そうなるだろうなぁと思って突き出した拳だけど……相変わらず、化け物じみた腕力ね。
「クリスちゃん、選手交代」
「はぁ? 逃げんのかよフィリ姉」
「いや、だってさ。ムラ君とやりあっても面倒なだけだし、どうせ私が勝つなら早い方がいいじゃない」
「……言ってくれるじゃねえか」
「だって、ムラ君弱いもん。腕力とかそういうのは人間離れしてるけど、動きが単調だからカウンターだけ狙ってればいいし。これだってムラ君が強くなったんじゃなくて、一撃入れさせてあげただけよ?」
そう言った瞬間、目の前で光の奔流と共に刀君がものすごい速度で接近してきた。
私の眼前に現れた瞬間に音が響き、私を取り囲もうとしていた人たちが衝撃波で吹き飛ぶ。
……生身と変わらないRFB状態でソニックブーム起こすとか本当に人間離れしてるわよね。
「……ぶっ殺す」
「無理よ」
俊足の踏み込みと同時に繰り出された拳を紙一重で躱して、腹部が来るであろう位置に潰れた手を置いておく。
「くっ……」
「ほら、お姉ちゃんはムラ君の動き知ってるから。だからムラ君じゃ勝てない、勝ち目があるとしたらクリスちゃんくらいのものだけど、あの子も大概の化け物。わかったなら選手交代を認めなさい?」
「くそっ!」
私の言葉を無視して殴りかかってくる刀君。
けど突き出された拳は、私と刀君の間に差し出された手によって阻まれた。
「誰だ!」
「フィリアさんのお友達、クリスちゃん! 選手交代って聞いて歯ごたえのある人だと思ったので推参!」
えー、一言でいうならバトルジャンキーの血が騒いだというところです。
「邪魔すんな!」
「やーだよ」
刀君のラッシュを最小限の動きで避けるクリスちゃん。
そのお土産と言わんばかりに体の正中線、急所に軽い一撃を加えていく。
「……フィリアさん、さっき話し声聞こえちゃったんですけど、この人本当に弟さんなんですか? 弱すぎません?」
「ムラ君のことは今度紹介するけれど、その子もともと腕力がすごいのよ。だから鍛えるとかしなかったし、武道を習おうにも技を覚える前に相手を壊しちゃうから天性の感覚で戦ってるにすぎないわ。簡単に言うと野生の獣」
「あー、たしかに。シベリアのトラとよく似た雰囲気がありますね」
うん、まぁいろいろ言いたいことはあるけれどいいわ。
「誰が弱いだこらぁ!」
怒りに任せた刀君の攻撃、一発でも当たったら肉塊になりそうな連撃を躱して、受け流して、いなして、クリスちゃんは遊び始めた。
刀君の攻撃の合間に周囲でタイミングを見計らってる人達を攻撃して次々と倒していく。
うーん、やっぱり無理か。
今からでも武術の心得をとも思うけれど……私達ゲームやりたいだけで刀君を鍛えたいわけじゃないのよね。
彼としても鍛えてもらいたいとは思わないでしょうし。
「当たればいいとか思ってるかもしれないけど、当たらないんだから無意味」
おー、クリスちゃんも煽るわね。
実際その通りなんだけど……。
「うーん、このままじゃ暇だし……そうね、1発好きに殴らせてあげる。よけずに受け止めてあげるから打ってきなよ」
そう言って足を止めたクリスちゃん。
その行為に刀君の怒りは限界を超えた。
先ほどまでの荒々しさは鳴りを潜め、まるで清流のように静かになる。
刀君の本領発揮、怒りすぎて逆に冷静になった刀君は知恵を得た獣のように鋭くまっすぐな攻撃を仕掛けてくる。
これがあるから私達はだれも刀君に武術を教えようと思わなかったといってもいい。
当たらないなら、確実に当てる。
そんな矛盾を当然のごとくやってのけるだけのポテンシャルを持っている刀君にとって、外付けの武術というのは枷にしかならないと思ったからだ。
両腕の力を抜いてだらりと垂らし、全身から力が抜けていっているのが見てわかる。
クリスちゃんもその光景ににやりと口の端を吊り上げて笑みを浮かべる。
この戦場において静寂がその場を支配した。
周りを見ると武蔵坊さんもチェーンさんもあらかたの敵をなぎ倒して、私のそばに来て観察を始めている……いつの間にと思ったけど、これだけのんびりやってればそのくらいはできるわね。
そう思った瞬間だった。
誰かが生唾を飲み込む音がする。
その一瞬で刀君の姿がブレる。
消えたわけではないし、さっきみたいな超速の接近でもない。
ただゆらりと、緩急をつけた動きで移動しているだけなのに分身しているかのように姿をとらえられない。
ゲーム内のスキルじゃない、リアルで刀君ができる唯一の技。
歩法による疑似分身の術。
せめてこれくらいはとお父さんが教えたそれをこの土壇場で出したという事は、これを外したら後はないと思ってのことだろう。
1秒、2秒、3秒と時間が過ぎるのがずいぶん遅く感じる。
そして……。
「はぁ!」
突如として分身は消え、刀君の最小限の動きで突き出した拳がクリスちゃんのお腹に突き刺さった。
ズドンという大きな音、一瞬遅れて刀君の足元とクリスちゃんの足元に大きなクレーターができる。
「………………どっちが勝ったんだ?」
誰かがつぶやいた。
「私だよー」
そんな緊張感をぶち壊したのはクリスちゃん。
お腹で受け止めた拳、そこに乗せられた威力は私の崩拳以上だろう。
その威力を全て地面に受け流した。
どういう身体能力をしているのか、というか武術の腕前も頭おかしいわねこの子。
「くそ……」
そんな呟きを残し、クリスちゃんの手刀で喉を潰された刀君が光の粒子になっていく。
「また遊ぼうね、ムラ君」
「最後のは面白かったよ」
「あれは仕込みがいのありそうな男よの」
「然り」
私達4人の言葉に刀君は苦々しい顔をして、それでも声が出ないのかそのまま消えていった。
「よし、あとは雑魚掃除ね」
クリスちゃんの楽しそうな声を聞いたプレイヤーたちが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
が、その中で再び事件は起こった。
ドゴンッという鈍い音を立てて砦に取り付けられた木製の扉が蹴破られる。
すらりとした長い脚、白く美しいそれに一瞬目を奪われる。
それがゆっくりと地面を踏みしめ、白装束が影から出てくる。
一人の女性、その表情は虚無。
白い天使の羽を持つ、祥子さんの姿だった。
「せっちゃぁん? あの生首なぁに?」
……いかん、刀君が怒ったところで大したことないけれど祥子さんがぶちぎれてらっしゃる。
私のリアルのあだ名持ち出してくるあたり、もはや現実とゲームの区別もついていないくらいに怒っている。
「あ、あれは……その……撤退!」
クリスちゃんの手を掴んで飛び立つ。
武蔵坊さんたちごめん!
今はクリスちゃん連れて逃げるので精いっぱい!
「逃がさん……」
低く、地の底から響くような声はこれだけ離れているにもかかわらず私の耳にはっきり届いた。
クリスちゃんを掴んでいる手が震える。
いや、クリスちゃんも震えている。
「フィ、フィリアさん。アレはやばいですね」
「そうね、シベリアのお説教以来だわ」
本気で怒った祥子さんを止められる人はほとんどいない。
そりゃ実力行使に出れば私もクリスちゃんも勝てる。
勝てるけれど、それは一時しのぎにしかならず最終的には私達が土下座することになる。
だから逃げる以外の選択肢はないのだけれど……。
「まぁああああああてえぇええええええぇ……」
「うひっ」
どっちがもらしたかわからない悲鳴が空に消えていく。
黒砦まであと少し!
せめてクリスちゃんだけでもと全力で黒砦に投げ込み、そして私も飛ぶのではなく落ちる感覚で加速して黒砦の広間に降り立った。
「全員出動! 特にゴースト系とアンデッド系は前に!」
たどり着くと同時に号令を出す。
おばけに弱くなっている祥子さんならこれで止められるはず。
それに運が良ければこれだけの瘴気の中では祥子さんはまともに動けないでしょう。
ダメージだってあるかもしれないわ!
と、思ったけどそれが甘いというのはすぐに分かった。
白砦が一瞬光ったかと思うと黒砦の瘴気が全て消え去る。
代わりに黒砦に設置されていたよくわからないバリスタと大砲の複合した武器みたいなものが瘴気を吐き出し続けている。
あれ、そういう装置だったのね……瘴気があるとこの化け物たちは活性化できるとかそういう仕組みなのかもしれない……とか悠長に考えている場合じゃないわ!
「追いついたわよ……」
「は、早く増援を!」
私の叫び声に応えるように、砦の中からゴーストやらゾンビやらがあふれ出す。
その瞬間だった、音のない音を聞いた。
プツンという、何かが切れるような音を。
同時に頬を何かがかすめる。
背後で悲鳴、さび付いた人形のように体の動きが鈍いのをこらえて振り返るとゾンビの集団が光の粒子になって行くのが見えた……わぁ、きれい。
「せっちゃん……わたしわかった」
「な、なににですか?」
「こわいものは、ぜんぶこわせばいい」
「ミカさん……? 祥子さん⁉」
「みんなみんな、こわれちゃえばいいんだ!」
その後のことは詳しく覚えていない。
物陰から見ていたクリスちゃんの言葉によると、駄々っ子のように暴れる祥子さんを取り押さえられる化け物は一人もいなかった。
私は邪悪結界が切れるまで頭を掴まれ砦の外壁で紅葉卸にされたらしい。
そして結界が消えると同時に聖属性の光に充てられて消滅。
暴れまわる祥子さんを前に、クリスちゃんは籠城を決め込みNPCはほぼ全滅するまで戦い続けたそうだ。
武蔵坊さんたちは私達が逃げ出した後応戦したらしいけれど、相打ちに近い形で白砦のプレイヤーとNPCを全滅させたとのこと。
最期にはNPCが何かを発動させて、結局あの白砦の光で浄化されて死んだらしいけれど、黒砦のリスポン地点に戻されていたらしい。
いわゆる医務室なんだけどね、そこに戻されると一定時間動けない。
私も気が付いたらそこで寝ていた。
クリスちゃんが心配そうにこちらを眺めていたけれど、相当恐ろしい物を見たのか泣きつかれながらこの話を聞いて私は二度と祥子さんを怒らせまいと心に誓い、フレンドチャットで祥子さんに連絡を取りひたすら謝り倒した。
そして一度休憩するためにログアウトしようという話になったところでメニューを確認すると、グランドクエストの結果は引き分けとなっていた……。
詳細を確認しようかとも思ったけれど、指がまだ震えて止まらないのでログアウトを選択。
VOTの中で目を覚ました私は汗でびっしょりになっていた。
少し遅れて起き上がったクリスちゃんも酷い汗だ。
反対側を見ると祥子さんは既に起きていたのか、VOTは空である。
何か飲もう、そう思いリビングに足を運んだ私達が見たのは正拳突きでテレビを破壊している祥子さんだった。
「うふふ、こわいものはみんなこわしちゃえばいいんだ……」
その言葉が、私の中では消えない傷となった。
祥子さん本人は戦闘力低い方(当社比)ですが、ある種のメタ要素として刹那やクリスよりも強いです。
わかりやすくいうとおかん属性。
刀君は刃牙の花山薫みたいなポジション。
ぱわーいずじゃすてぃな男の子。
幽霊も殴る。
技の刹那、力の刀祢、呪いの永久、性欲の辰兄さんです。




