誉は浜で死にました
ひとまず私達が参加するグランドクエストを裏クエストと命名することにした。
見たところ表が白砦っぽいからね。
聖都は文字通り聖職者とか聖属性プレイヤーの集まる土地、そこに私みたいな化け物プレイヤーが来ることは稀で、しかもそれがグランドクエストに関わろうとするかと言われたらユニークアイテム目当てしかない。
発生条件は多分表クエストが発生した時、化け物プレイヤーが少人数……たぶんパーティ単位で黒砦に潜入することと、その際にNPCと敵対しないことだと思う。
おそらく白砦に参加している人たちは行動に制限が加えられているはず、例えば聖都の軍勢が動けるようになるまで砦から出られないとかそういうの。
だから白砦に行ったらこのクエストは発生しない、敵の規模もわからないうちから黒砦に特攻する化け物プレイヤーがいない限りは発生しない隠しクエストだったんだと思う。
もしかしたら白銀の塔で人間プレイヤーが塔側についていたのもそういう裏クエストがあったのかもしれない。
だとすると、さっきのアナウンスが聞こえた人物は限られてくる可能性があるわ。
そうね……例えば化け物プレイヤー限定か、カルマが一定以上のプレイヤー。
聖都と敵対することも問題にしないような頭のねじが吹っ飛んだ人たち。
そう考えてしばらく私達は待つことにした。
クリスちゃんは早く戦いたがっていたけれど、オンラインゲームにおいて抜け駆けは嫌われる、他のプレイヤーから嫌われるとゲームを十分に楽しめなくなる可能性があると説得したらしぶしぶ納得してくれたわ。
その間私達がしていたことと言えば……。
「覇ッ!」
「甘いです!」
「そこっ!」
「当たらなければどうという事ありません!」
組み手だった。
なんか暇だという状況と、クリスちゃんのバトルジャンキーな一面が合わさってかれこれ数時間にわたって戦闘を続けている。
体は大丈夫なんだけど、精神的に疲れてきたわ……RFBを時々オンにしては緩急をつけた攻撃をしているんだけど、クリスちゃんは常にRFBをオンにした状態でその全てをかいくぐりこちらに致命的な一撃を与えようとしてくる。
二の打ちいらずの崩拳を当てたかと思えば水の壁に阻まれ、鉄山甲を当てたかと思えば飛びのいて衝撃を軽減する。
本当に人間離れしてるわよね。
とはいえあちらの攻撃も私には届かない。
離れれば水の槍などで攻撃してくるけれど蔦で全てを叩き落す。
顔に水を張られても人魚だから呼吸に問題はない。
近づいてもその攻撃は大振りで躱すのは容易。
まぁ、千日手なのよ。
リアルでも同じだったけれど、結局私の体力が切れるまで続くこの応酬。
「そこまで!」
そこに待ったをかけた人物がいた。
不服そうなクリスちゃんを尻目に声の方に視線を向ける。
「良い試合じゃったが、これ以上は殺し合いになりそうなので止めさせてもらったぞ」
二人の人物と一つの巨大な影。
土煙の中こちらに歩いてきたのはゾンビとスケルトン、そしてゲリさんだった。
「あれ、ゲリさん?」
「おーっすフィリアさん。援軍ってわけじゃないけど頼まれたからタクシーしてきた」
そう言って笑う……笑ってるのかしらあの表情、よくわからないけど柔和な表情をしているゲリさんの前を歩く二人を見る。
「自己紹介が遅れた、わしの名前は武蔵坊という」
ゾンビさんが名乗りを上げる、弁慶かしら?
「某の名はチェーン」
スケルトンさんも言葉少なく自己紹介。
「フィリアです、こっちで膨れてるのはクリスちゃん」
ぷーと膨れているほっぺをつつくとぷひゅーと音を立ててしぼんでいく。
なにこれかわいい。
「ぐらんどくえすなるものが発生したと聞いてのう。またとないツワモノと相まみえんとはせ参じた次第。この無愛想なのも同じ考えのようじゃ」
武蔵坊さんの言葉にはとげがあったけれど、チェーンさんはそれをスルー。
ひとまずゲリさんに視線を向けてみるけれど……。
「この二人は化けオンで有名人なんだよ。フィリアさんや俺も有名人スレで名指しされてるけど、フィリアさん同様この二人は有名人スレで初期から名前が挙がってた人達。俺は最近名を連ねた新参者って扱いだね」
「有名人スレ?」
「ゲーム内で目立つ人のこと。良くも悪くもだから無差別にね」
「それはわかるんだけど……私何かした?」
「グランドクエスト2回目」
「……」
「英雄さんの正体」
「…………」
「人間スープ」
「………………」
「俺を踊り食い」
「いや、それは普通じゃない?」
「その感性が有名人たる所以なんだけどね……」
ゲリさんのあきれたような声、まぁ無視。
ともあれ、武蔵坊さんもチェーンさんも相応の使い手というのはわかる。
武蔵坊さんはゾンビの腐敗した肉体にもかかわらず体幹がぶれていないし、チェーンさんは隙が無い。
ゲリさんは……まぁいつも通りね。
強いんだけど弱い、そんな感じ。
「ねぇねぇフィリアさん。もう人数も集まったしそろそろ攻めません?」
「まだ5人よ?」
「烏合の衆を相手取るなら十分じゃないですか? そっちのお二方は、まぁまぁ強そうですし」
「それはそうだけど……少人数で砦を落とすとか無理じゃない?」
「そこはNPCがいるじゃないですか」
あぁ、忘れてたわ。
防衛戦というのも忘れられてるみたいだけど……敵を倒せばいいというのもクリア条件なのよね。
だったらここで不意打ちという形で責めるのもありかな。
あっちはこちらが人数をそろえるまで動かないと思って早々に決着をつけようと考えているはず。
それならその隙をついて先制攻撃と行くのも一興。
「皆さんの意見は?」
「わしはかまわんぞ」
「同じく」
「俺もいいよー」
武蔵坊さん、チェーンさん、ゲリさんの順番に快諾された。
こうなっては私が引くのもどうかと思うのでため息をつきながらも了承。
「じゃあ作戦だけどどうする?」
「私達5人で攻め込んで、NPCは防衛に回ってもらいません?」
「その心は」
「雑魚がいても邪魔だしたくさん戦いたい」
……この子、どうしてたまにアホになるのかしら。
さっきNPCがいるって言ったのもう忘れてるわ。
「その意見にはわしも同意じゃな。雑兵がいくらいても邪魔なだけじゃ」
脳筋二人目。
「然り」
三人目……。
「というか俺がブレスぶっ放せばいいんじゃね? 向こうの雑魚なら一掃できると思うよ」
意外と考えのあるゲリさん、それをゲリラ的にできたら強いかもしれないわね、ゲリさんだけに。
「話を総合すると、ゲリさんに乗っていって上からブレスで敵を一掃して、私達が大暴れでいいのかしらね」
私の言葉に全員が頷く。
うーん、なんで私がまとめ役やってるのかしら。
本来なら私も一兵のはずなんだけど……。
「じゃあその方針で」
そう言って私は翼を出す。
ゲリさんの背中によじ登っていく武蔵坊さんとチェーンさん。
私の腰にしがみつくクリスちゃん。
……この子本当にあざといわね。
まぁいいけど、NPCに声をかけて作戦を説明してから飛んで白砦の上空に向かう。
途中で攻撃を受ける事もなく、無事たどり着いたところでゲリさんがブレス。
「敵襲!」
「暴食さんのおやつが暴食さんと武道ゾンビさんとヨガスケルトンさん連れてきたぞ!」
「なんか普通の子がいるのが場違い」
「なんだあのスカート! 中が見えないぞ! くそっ!」
よし、殲滅ね。
暴食さんと言った人めがけて空中から飛び蹴り、スカートの中を気にしていた人に向かってクリスちゃんをぶん投げる。
「フィリアさん⁉ いきなりは驚くから事前に言ってくださいよ!」
「ごめーん、手ごろなのが無かったから」
謝りながらも戦闘開始。
クリスちゃんに近づく人は片っ端から、文字通りの意味で千切って投げられる。
本当に文字通り千切られていく人たち……リアルでこれできるのよねこの子、ほんと怖いわぁ。
ゆっくり下りてきた武蔵坊さんやチェーンさんは勝手に暴れている。
ゲリさんはというと……。
「ちょっ! まっ! ぬわー!」
あ、死んだ。
あの巨体なので早々に囲まれて袋叩きにされて空に逃げる前に殺されてしまった。
南無……。
まぁゴーレムみたいな大型とか、耐久型の敵には強くても数の暴力に弱いのよねゲリさん。
特に人間サイズだと攻撃が当たらないか、おおざっぱになるからね……。
「ほい、ほい、ほい」
武蔵坊さんはゾンビらしからぬ動きで敵を翻弄しつつ、一撃一殺で確実に敵を葬っていく。
そしてその背後、背中合わせになる形でチェーンさんが近寄る者全てを連撃で潰す……けれどあれ、どういう原理なのかわからない攻撃ね。
腕の骨が伸びたり、炎吹いたり……なんなのかしら。
クリスちゃんはもはや見るまでもないからいいとして、私はどうしようかな。
なんか誰も近づいてこないし、一歩近づいたら一歩下がるって感じで逃げられてる。
その気になれば懐に飛び込むこともできるんだけど……。
「なにやってんだおらぁ!」
そう思っていたところで上空から誰かが降ってきた。
きらりと光る拳につけられたメリケン、それは銀……いや、ミスリル!
「邪悪結界!」
とっさに発動させた結界、さらに蔦と両腕でそれを受け止めるが地面が陥没する。
「つぅ……」
「この……」
私の蹴り上げた左足、そして襲撃者の振り下ろした左足が空中で激突した。
この動き……それに重み……もしかしてだけど……。
「まさか……刹」
「おおっと! リアルネームは禁止よ!」
とっさに止めたけど、うん……刀君ね。
顔は見えないけれど声がそのままだし、喧嘩の癖が出てるわ。
クリスは邪神関連だろうと当りをつけている方々がいるのでヒントを出しておきますね。
本名:クリスティエラ・クラフト
クラフトは某ラブなクラフトさんからですが、それは父親の使ってる偽名をそのまま苗字にしただけです。
クリスティエラこそ本命で、とある邪神の名前をもとにつけてあります。
その邪神はクトゥルフの娘と言われています。
これだけ言えばたぶんみんなわかるはず。




