クエスト前のひと騒動
「えーと、フィリアさんどうします?」
「どうするもこうするも……」
骸骨の人から離れて二人で密談。
正直……どうしたらいいのこれ。
グランドクエスト遊びに来たら、別のグランドクエストが地続きになっていた。
しかも敵対ルートとして用意されている……また変なのに絡まれるフラグが立った気がするわ。
「あの……そやつは精霊とお見受けしますが、なぜあなた様ほどの方がそのような雑魚と?」
「あ?」
骸骨さん……あなた盛大に地雷踏んだわね。
クリスちゃんは喧嘩もそうだけど、普通に強いのよ。
最初にあった時はフィリップスさん経由だったけど、ペットのライオンとじゃれあってたわね。
遊んでいるように見えたけどライオンは普通にクリスちゃんを食べようとしてた。
それを子猫のように扱うクリスちゃんは楽しそうだったわ。
私もそこに混ざることになって、最終的には私がライオンを屈服させなきゃいけなくなったけどそれはそれ。
問題はそのあと、その光景を見ていた使用人の一人が私の方がクリスちゃんより強いんじゃないかなんて漏らしたのが原因で本気の殴り合い……というか殺し合いに発展した。
私は好きな武器を使っていいという条件だったけど無手で挑むことにして、クリスちゃんも同じ条件で。
結果から言うと私のぼろ負け。
最初の1時間はどうにか五分五分だったんだけど、次の1時間で私が体力切れ始めて、最後の1時間で完膚なきまでに叩きのめされた。
あれは人間の体力でもないし、人間の腕力でもないわ。
すごい才能の持ち主よね……。
そのあとで余計な事を言った使用人を問い詰めていたけど、私がそんなに強いのに格闘技の試合とか出ないのかって聞いたのよ。
そしたらクリスちゃん、私が出たら人が死にますからねとニコニコしながら言ってた。
そんな試合を私にさせるなと言いたい、声を大にして。
まぁつまり、究極の負けず嫌いなのよ。
あとプライドは高い方。
だからそんなことを言ったら……。
「フィリアさん……久しぶりにやりましょうか」
「やらない、ここならそれなりの勝負はできると思うけどやりたくない」
そんなことで時間を無駄にするのもどうかと思うからね。
「じゃあどうすればいいんですか! このやり場のない怒り!」
「えー、じゃあ骸骨さん。この子普通に強いからさ、誰でもいいから連れてきてよ。この子が戦って勝ったら認めるという事で」
「……いいでしょう。少々お待ちくだされ」
そう言って砦の奥に消えていく骸骨さん。
そこでようやく気付いたんだけど、私の言い方ってグランドクエスト敵対側で受けるという事になるのよね。
いいのかしら……。
「クリスちゃん、なんか流れでこのクエスト受ける方向になっちゃったけどごめんね」
「いえいえ、舐められっぱなしは性に合わないので……なにより、NPC相手よりもプレイヤーの方が歯応えあるじゃないですか!」
あ、そうだ。
この子バトルジャンキーだった。
表の格闘技の試合とかは出ないけれど地下格闘技みたいなのは遊んでるって話、本当かもしれないわね。
そういえばロシアに行った時もこの子が原因だったのよね……フィリップスさんの運営するアメリカ大手の印刷会社ルルイエの依頼で私と祥子さんがシベリアに行って銃を選んで……トラの群れと戦うクリスちゃんを見つけたから私が先行して祥子さんのチームが遅れてきた。
それで私がちょっと怪我をして無茶苦茶怒られたのよね……雪の上で正座は辛かったわ。
「お待たせいたしました。その精霊をひねりつぶせる我が軍最強の者です」
回想にふけっていると骸骨さんが巨人を連れてきた。
ただの巨人かなと思ったけれど、なんかちょっと臭い。
よく見ると肉が崩れて腐っているわね……。
「うぷっ……」
横でクリスちゃんが苦しそうにしている。
「おやおや、あまりの迫力に戦意喪失ですかな? 今なら命だけはお助けしましょうぞ。早々に立ち去るがよろしい」
「臭い!」
ズドン、と音が響き渡ると同時に巨人の脚が吹っ飛んだ。
クリスちゃんが臭いに怒って殴りつけた結果だ。
……RFB使ってるという事は、リアルでも同じことができるのよねこの子。
「な、なんと卑怯な! やってしまいなさいギガント!」
命令された腐肉巨人が片足を失いながらも……いや、この数秒で足を再生させてクリスちゃんに殴りかかった。
けれどそれを真正面から受け止めたクリスちゃんは、指を一本掴んで投げ飛ばす。
腐肉巨人がバランスを崩し膝をつくと同時に、その膝を足場に巨体を駆け上がり喉を蹴りぬいた。
その一撃は威力もさることながら、奇麗な一閃。
まるで刃物で切られたかのように巨人の首がずるりとズレて……そして轟音を立てて地面に落ちた。
これで勝負あり、と思うのが普通なんだけどクリスちゃんは普通じゃない。
落下中にみぞおちに掌底を叩きこみ、胴体がはじけ飛ぶ。
着地と同時に地面に落ちた頭部を掴んで、巴投げの要領でぶん投げた。
数秒後、遠くにある白砦の方でずしんという音と、ここまで聞こえるほどの悲鳴。
それらを経て腐肉巨人は光の粒子になって消えていった。
「ぶい!」
勝利のサインを決めたクリスちゃん。
骸骨さんは唖然としていたが、すぐに気を取り直したのか言葉を発した。
「失礼しました……あなたの実力を認めます。非礼を詫びさせてくださいませ」
「という事は私はこのクエストに参加しても?」
「むしろこちらからお願いしたいほどでございます。どうか」
「わかった! でもちょっと待っててね? フィリアさん、一度ログアウトしてもいいですか?」
「え、いいけど?」
クリスちゃんの提案を受けて骸骨さんに諸々説明してからログアウトする。
そしてVOTから起き上がると同時にクリスちゃんは走った。
全速力、過去見たことが無いほどに慌てた彼女が向かった先はトイレ。
お腹でも痛いのかと思ったら……。
「オロロロロロロロロロロ……」
吐いていた。
どうやら腐肉巨人のにおいが大層きつかったらしい。
シュールストレミングに比べたらあのくらいは大丈夫だと思うんだけど……キビヤックみたいで美味しそうな匂いだったし。
まぁクリスちゃんはきつかったみたいだから冷蔵庫で飲み物を用意して、ついでに祥子さん対策に登録してる動画サイトでホラー映画をリピート再生にしておく。
ヨシッ!
そしてよろよろとトイレから出てきたクリスちゃんに、冷えた麦茶を差し出してそれを飲み終え、体調に問題が無いことを確認してからVOTに戻った。
そういえば、腐肉巨人の頭が飛んで行ったけど祥子さん大丈夫かしら。
祥子さんは寝ても起きても地獄。




