里帰り
ただいま高級車の中で揺られるのは私と祥子さん。
はい、帰省の真っただ中です。
電車の本数が少ないから車で行こうかという話になり、それならばと祥子さんが公安の車を出してくれたの。
この前乗った高級防弾リムジンね。
ちなみに私のために前回はSPを乗せていたけれど、その席は全てお弁当で埋まっている。
そしてそれらは5分前に全部食べつくした。
30種類のお弁当を5人前ずつ用意されてて、祥子さんが牛タン弁当を1個と幕の内弁当を少々。
残りを私が食べさせてもらった。
まだ腹半分ってところか、最近食欲が増しているのよね……。
「せっちゃん、よく食べたわね……」
「この倍はいけます」
「……コンビニ止まってもらえるかしら」
「そんな別にいいですよ」
「いえ、せっちゃんのお弁当を買うためじゃなくて私が煙草吸いたいの。すでに疲れ始めてるから」
そっか、祥子さん喫煙者だっけ。
この車禁煙なのかな……まぁ私ももうちょっと何かつまむものが欲しいしちょうどいい。
とりあえずポテチとかお菓子とか、そういうのを二かごくらい買えば実家までは持つかな。
「そういえばせっちゃんの実家だけど都内なんだね」
「えぇ、奥多摩ですよ。今住んでいるのが化けオン運営に合わせて池袋で、前の住居が新宿近くでしたから交通の便的な意味でひとり暮らししてました」
「電車少ないものね……」
そう、本当に少ないのだ。新宿近辺だと夜の10時台に終電を迎えてしまう。
ついでに言うとほぼ在宅業だけど海外に行くとき空港までの移動時間の計算とかも大変だったしね。
「奥多摩か……あまり知らないのよね。確か国家公安局払魔課の課長がそこらへん出身って話してたけど」
「あ、それ姉です」
「は……?」
「伊皿木永久、地位も名誉もお金も欲しいという強欲な一面を持つんですけどね。そのための努力を怠らない人なので若くして今の地位に就いたとか言ってましたよ」
「…………私、あの課長は前任者を呪い殺して今の立場についたって聞いたけど」
「それも努力の一環なんじゃないですか? ほら、邪魔者には容赦しないみたいな」
「あなたたちの倫理観がぶっ壊れてるのはよくわかったわ……」
はて、おかしなことを言う祥子さんだ。
必要とあらば敵は排除するものだと思っていたけど……うちの家訓がおかしいのかしら。
まぁどうでもいいんだけどね、というか祥子さん呪いとか信じる人なんだ。
あの部屋で普通に生活できているみたいだし、そういうのは信じない側の人かと勝手に思ってたわ。
でも確かに斎藤さんだったかしら、多分姉さんの部下らしき人とか、お坊さんとか、拝み屋さん連れてきていたしちょっとは信じているのかしら。
「祥子さんおばけとか信じるんですね」
「せっちゃんに会わなければ一生信じなかったでしょうね……」
はて、何かしたかしら。
まぁいいわ。
それからコンビニに止まって、祥子さんは一服。
私はお菓子とお茶を買い込んで車の中でもぐもぐ。
いやはや、至れり尽くせりとはこのことね。
そのまましばらくしてお菓子を食べきったころ、そしてなぜか祥子さんの顔色が悪くなってきたころに私の実家についたわ。
車に酔ったのかしら。
「豪邸ね」
「そうですか?」
「古い日本家屋に対して豪邸という言い方があっているのかはわからないけれど、普通の家は蔵がいくつも並んでないから……」
「あぁ、全部で12あるんですよ。先祖代々受け継いだものをしまっている1から4の蔵と、外から持ち込まれた曰くつきのものを収めている5から12の蔵が」
「……」
「ちなみに人が死ぬレベルの呪いがかかっている物もあるらしいので近づかない方がいいですよ。どうしてもという時は私か父、あるいは弟を連れていってください」
「大丈夫、絶対に入らないから」
「いえ、うちに泊まった人って大体引き寄せられて寝ている間とかに蔵に行こうとするんですよ。そういう時は私たちのだれかを起こしてくださいね」
「………………今から帰ってもいいかしら」
「別にいいですけど、リムジン行っちゃいましたよ?」
私達の会話を聞いていたのか顔色を変えて、けれど笑顔を絶やさなかった運転手さんがアクセルをべた踏みしたような勢いで車を発進させて去っていった。
荷物はちゃんとおろしてくれたし、こちらとしてはなんの文句もないけれど……。
「てめぇ! 帰ったら覚えてやがれ!」
リムジンに向かって叫ぶ祥子さんはちょっと怖かった。
「……ちなみにせっちゃん、先祖代々受け継いだ品って物によっては国宝級の代物とかあるんじゃないの? 下世話な話じゃなくて純粋な興味で聞くんだけど」
「あーどうなんでしょう。私が聞かされたのだと安倍晴明が持っていた式神札とか、蘆谷道満の使っていた呪具とか。あぁ、信長の部下が使っていた刀なんてのもありましたね。んー他には何かあったかな……あ、村正は10本くらいあります。それと4つ目の殺生石って言われている物体とか、後はよくわからないけど女子供は近づいてはいけないという木箱。それと真実は定かではないんですが6代前から生きているって毒虫に人魚のミイラに白虎の毛皮と噂される物体、他にもありますね」
「もうお腹いっぱいだわ……」
「ちなみに5番の蔵には藁人形がぎっしり詰まってます。それと和室の畳を外すと13番目の蔵と呼ばれる地下に繋がっているんですがそこには本当にヤバイものが収められているとかなんとかで、私も3回くらいしか入ったことないですね」
「もうお腹いっぱいだってば! やめて! これ以上私の人生に不穏な物体持ち込まないで!」
「良ければお土産に一ついかがですか? あの部屋の幽霊くらいならおとなしくなりますよ」
「副作用が怖いわよ!」
「あー、まぁそうですね」
前回弟が家から持ち出したときはろくなことにならなかったわね。
近隣の皆さんが幽霊が出たと騒いで、弟の悪さが露呈してお父さんからしこたま怒られてた。
顔の形が変わるんじゃないかなと思うくらいに殴られてたけど、私の数少ない友達もその事件をきっかけに距離を置いたから当時はいい気味だと思っていたわね。
今思うと心が狭いけど、思春期だから仕方ないわ!
「この家、入って大丈夫なの?」
「今のところ死んだというクレームは来てないんで大丈夫なんじゃないですかね。連絡付かなくなった人はいますけど」
「やっぱりおうちかえる!」
「今から歩いても終電に間に合いませんよー」
涙目で逃げようとする祥子さんの首根っこを掴んで門をくぐり、そして玄関を開けて久しぶりにこの挨拶を使った。
「ただいまー!」
蛮勇は身を亡ぼす……よわよわ祥子さんでした。




