フィリアたちの戦いはこれからだ
「思わぬ乱入者……ってほどでもないわね。ここに来るように言ったのは貴方だもの」
切られた腕を押さえながら強がりを吐く。
はっきり言ってまずい、あの聖剣がよほどの力を持っているのか今までにないほどのダメージを受けている。
……と言っても私の場合一定以上のダメージを受けるとあっさり死ぬんだけどね。
あのーほら、殺虫剤じゃなかなか死なないけどスリッパとか新聞紙で潰されたら死ぬゴキブリみたいな生命力。
だけど今回は殺虫剤で瀕死に追いやられたようなもので、腕の切り口がずきずきと痛み、そしてインフルエンザのような倦怠感が全身を襲っている。
寒気に怖気、いろいろな感覚がこちらの思考を鈍らせているわ。
「我は盟約によりこの大地に住まう者に危害を加える事は出来ぬ。さりとてこやつらは悪、加えて聖剣を持つにふさわしくない存在だった」
「だから私を送り込んで……いえ、違うわね。私以外にも何人か誘導したり勧誘したのかしら。その誘いに乗ったか、あるいは導かれたのが私とゲリさんの二人だけだった。そんなところかしら?」
「珍しく、口が回る。さりとてその通りだ」
「つまりあなたはその聖剣を狙っていた。あわよくばこの塔の住民を皆殺しにできれば御の字ってところかしら」
「半分のみ正解であると言える」
そういうと共に英雄さんは聖剣を地面に突き立てる。
同時に、塔が大きく揺れ始めた。
「聖剣とは勇者の力を持つものにしか扱えぬ。どのような絡繰りかは知らぬが、その者は勇者の肉体を自らのうちに取り込んだようだ。あるいは、あの身体に自らの魂を宿らせたというべきか」
「だから聖剣の力の一端を引き出せた。けれどそれが限界で、こうして私に一撃で葬られたという事ね」
「然り」
英雄さんが地面に剣を突き立てたまま答える。
微動だにしないが、それを許してくれない邪魔者が存在した。
「その剣を返せ! 魔の者、そして堕ちた英雄よ!」
ここにいたキメラ化した人たちだ。
まったく、重要な話をしている最中だというのに……。
「邪魔しないでちょうだいね?」
蔦で串刺しにしてドレイン。
先ほどまでの倦怠感などが一気に消えていく感覚、なんというか頭痛薬飲んですっきりした感じだわ。
「ねぇ、その聖剣はなんなのかしら。私見たことが無いのよね……あなたが勇者パーティと一緒にいた時でさえ」
その言葉に、初めて英雄さんがピクリと肩を震わせた。
「今は英雄さんと呼ぶべきかもしれないけれど、あえてこう言うわよ? ねぇ、暗殺者さん。私から奪った力は役に立っている?」
「……汝から奪った力は、既に別のものの手にある。我が本来の魂と共にな」
「へぇ……それは貴方にとりついている悪魔と関係が?」
「とりついている? 異なことを、この程度の存在は見張りでしかない。我が動向を探るための手ごま、それも末端である」
「じゃあその親玉が黒幕という事ね。そしてあなたが魂を売ったと言った相手……ずいぶんな大物なんでしょうね」
「魔界序列1位、強欲の悪魔王」
「あら、教えてくれるのね」
「口外してはいけないという決まりはない。だがそれを知ったところで貴様にできる事もない」
「今は、ね。私たちの世界にはこんな言葉があるのよ、理論上倒せない敵はいないってね」
あるいはゲーム的な言い方をするならステータスという概念があるならどんな相手も倒せるとか、攻撃が効くなら倒せない相手はいないとかね。
まぁ……ソロでやると千日手になるのは目に見えてるけど。
「しかしなるほど、聖剣にミスリル、銀にこの環境……少しずつ分かってきたわ」
襲い掛かってくる相手をサクサクとドレインで倒していくことで頭が回るようになってきた。
うん、なんとなーく全容が見えてきたわ。
「ここにあるミスリル、偽物ね?」
「贋作という意味では正しい」
「大方銀を聖剣の力で変質させたとか、あるいは聖剣の属性を銀に吸わせたとか、そんなところじゃないかしら」
「詳しくは専門外、なれどその推察は正しい」
「そう、だとしたら……本物のミスリルがあるとすればその聖剣という事でいいのかしら?」
「然り」
もっとじらされるかと思ったけど、思いのほかあっさりと認めてもらえたわね。
なんか交渉のし甲斐がない相手だわ。
素直なのは美徳なんだけど……もうちょっと駆け引きしてくれてもいいのに。
「この塔の歴史は古いのかしら」
「遡れば先代魔王のいた時代、その直後からのものである。聖剣が行方をくらませた時期も同じく」
「そしてここで研究に使われていた、誰の意図かは別としてね」
例えば疑似聖剣とも呼ぶべきような、一般人でもそれなりに使える武器の量産計画を言い出した人がいたかもしれない。
あるいは次の勇者となる人物のための保管だったかもしれない。
さもなくば、この塔で語られている人類進化のためのなんちゃらに利用するために盗まれた可能性だってある。
そこを探っても意味がないというか、藪蛇になりそうだからノータッチね。
「結局のところ、あなたの手に渡ったそれの正体って何なのかしら」
「勇者が受け継ぎ、魔を喰らい、その力を糧として持ち主と共に育つ神代の代物。アーティファクト、ユニーク、神の武器、好きなように呼ぶといい」
「へぇ……」
気になるワードは色々出てきたけど、そこを気にするよりも先にこの状況ね。
「最後に一ついいかしら、この塔の揺れはその剣によるものよね?」
「然り。白銀の塔はこの剣を鍵として扱ってきた。あらゆる権能をこの剣に与え、極少数の人間でも巨大な建物を維持発展できるようにするために。ならばその逆も可能である」
「維持を崩壊に切り替えたのね。でもあなたさっき言ってたけどこの大地に住む人には危害を加えることができないんじゃないの?」
「我は誰一人として危害を加えていない。悪の巣窟である塔、そこに囚われた聖剣を奪取し力の一部を使い逃走を試みたところ崩壊にいたり死人が出ただけのこと」
「詭弁ね」
「わきまえている」
「ならいいわ、私達はさっさと逃げるけれど……地下の人たちってどうなるかしら」
「これほど巨大な建造物、崩れるとしても直下に落ちる事はない。どこかで折れて倒れるだろう」
「そう、ならあとから救出もできるわね……運が良ければ」
そう口にした瞬間だった、英雄さんの背後で壁が崩れ空が見える。
東の空が赤く染まり始めたころの、夜明け前の空だ。
「行くがいい」
「あなたは?」
「それなりのところで切り上げる。もとよりこの塔の住民を皆殺しにするつもりもない、相応の報いを受けるべきものがいるのみ」
「……あー、えーと、その」
「………………」
「ここに来るまでに攻撃してきた人達、全員お亡くなりに……あのね、襲ってきたからつい」
「……汝は愚かなり」
「すみません……」
「だがわかりやすい。地下のみを残して破壊する、それが使命」
「あ、研究者さんとかは残ってるよ?」
「彼奴等も悪なり」
「あ、そうですか。という事はここに銀をおろしていた人たちも?」
この辺りに鉱山はない、つまり銀をどこからか調達していたという事になる。
化けオン運営がそんなガバをするはずがないからね。
「ここからさらに西に行った国の者達だ。民は善良なれど王は悪なり」
「それ、潰しちゃってもいいの?」
ちょっと鬱憤がたまっているというか、物足りないのよ。
もっと大暴れしたいわ。
「すきにするがよい、だが善良なる者に危害が加われば……」
「その辺は善処する。でもまぁ、ちょっとくらい国が荒れるかもしれないわね」
私の言葉に英雄さんが少し肩をすくめて見せたような気がした。
まぁ王様をどうこうするという事は少なからず国に影響が出るからね。
化けオン運営ならそういうシミュレーションもしっかりしてるでしょうから。
「最後に一つ」
「ん? 何?」
「汝、腹と欲は満たせたか?」
英雄さんの、少し不安げな表情に思わず吹き出してしまう。
この人、だんだん人間性取り戻しているのかしら。
暗殺者さんの心臓を出汁にしたスープに、今回手に入れた退魔の剣の象徴ともいえる聖剣。
それらが合わさり元の人格みたいなのが表に出てきたのか、押し殺していた部分をさらけ出していいと思ってくれたのかはわからないけどね。
「楽しかったわ! 味はいまいちだったし、あまり食べられなかったけれど面白いダンジョンだった!」
「そうか……その腕を落とした詫びはいずれする」
「あぁ、これ?」
切られた腕を持ち上げると気まずそうにこくんと頷いた。
「汝、今は悪事を働いていない。だが我は汝に刃を向けた。それは詫びねばならぬ」
「んー、だったら……」
英雄さんに近づいて、その頬に手を当てる。
聖剣が近いから膝辺りがピリピリするけれど今は気にしない。
少しずつ顔を近づけていく、後ろでゲリさんがひゃーとか言っているけど無視。
「かぷちゅいー」
「……汝」
「ごちそうさま、これでお相子ってことで」
「……?」
「英雄さんの血を貰ったからね、私はもう満足。これが英雄さんからのお詫びってことで」
「……ふっ」
あ、英雄さんが笑った。
すごい、初めて見たかも!
録画機能ちゃんと撮ってくれてたかな?
「……いや待て、以前汝に勝手に血を吸われたことがあったのを思い出したぞ」
「君のような勘のいい英雄は嫌いだよ」
「なれば、もう一度汝に粗相をしても問題ないという事……覚悟しておくがいい」
「くっ……なんて横暴な!」
「それよりも早く行け。そろそろだ」
そう、英雄さんが口にした瞬間だった。
壁の穴は更に広がり、同時に塔全体から軋むような音が聞こえてくる。
「ゲリさん!」
「おうよ!」
壁の穴から揃って飛び出し、そして羽を広げてゆっくりと降りる。
途中で日傘をさして太陽光を避けるのも忘れない。
まったく……こんなシナリオなんてね。
おそらくはもっと早い段階でお助けキャラの英雄さんが出てくるんでしょう。
自由の翼とかみたいなゴーレム戦のみ戦ってくれるとか、塔にやとわれたプレイヤーを排除するとか。
でもそれらのフラグを悉く折ってしまった。
……運営がフラグ管理おろそかにした結果ね。
今度会う時にその辺りつついてやるとしましょう。
「フィリアさん、よかったの?」
「なにが?」
「いや、英雄さん。倒そうと思えばできたんじゃない?」
「無理無理、どうあがいても勝てないわよあんなの」
血を吸う時だっていつもみたいに噛みつくとかいうレベルじゃない、噛みちぎるような力の入れ方してようやく歯先が皮を貫いたくらいよ。
本気でやりあうとしても何もかもが足りないわ。
でも……今回の一件で手甲が手に入った。
武器にも防具にもなるこれは、おそらく今後のゲームプレイを助けてくれるだろう。
そしていつか英雄さんにこの拳がとどく日が来るかもしれない。
あるいは、英雄さんの魂を奪ったという悪魔との決着なんかもあるかもしれない。
だけど、それはまだまだ先の話。
今は一歩ずつ前へ進むのみね。
別に最終回でも何でもないです。
普通に明日からも連載続けます。




