悪魔の身体
「……あれが悪魔の身体とか言うゴーレムかしら」
「でも背中にあるあれ、羽にも見えない? 自由の翼かも」
どちらにせよ、ネーミングセンスないわね。
たぶん、AIの学習機能による自動生成ネームなんだろうけど。
昨今のAIは発達しているから、子供を作ったりするようインプットするとその名前まで考えたりする。
大本は自分たちにつけられた個体名からだったりするけれど、性格部分までインプットされるとたまにとんでもない名前つけることがある。
以前遊んだ箱庭シミュレーションゲームだと「のりべん」って名前つけられた女の子がいたわ。
あれは運営がとち狂ってたとしか思えないけれど、こっちは世界観に合わせたプログラムがされているんでしょう。
だからこそ皮肉を込めて悪魔と自由なんて名前を付けたのかしら。
自分たちを閉じ込める悪魔と、そんな自分たちをあざ笑う自由な存在として。
「どうするゲリさん」
「んー、俺今子竜化とくと5分くらいで自滅するんだよね」
「なら本当に寝たらよかったのに……」
「眠気が限界を超えた全能感ってあるじゃん?」
「それ、勘違いだからね。私眠気超えた時の全能感で片づけた仕事全部没くらったから」
あんな修羅場は二度とごめんね。
それにしても……強そうね。
両手の剣が黄金というのは気になるけど、胴体は銀一色。
多分ミスリルだから当たったらアウト、両手の剣は打ち合ってみなきゃわからないけれどどちらも手甲で防げるかしら。
まぁあのサイズの剣だと正面から受け止めたら重みでばっさりと切られるだろうから、剣の腹を殴るか受け流すかよね。
「じゃ、私がやりますか」
「俺も援護くらいはするよー、威力がガタ落ちするけどブレス吐けないわけじゃないし」
「そう、なら巻き込まないでね。低威力でも多分私重傷だから」
「善処します」
「当てたら頭からマルカジリ」
「絶対あてません!」
これで後弾はないでしょう。
もとよりゲリさん相手にそんな心配はしてないけど、ゲーマーの中にはマナーなんてくそくらえ、レアアイテム独占のためならみんな利用するぜなんて人もいるから。
それにしても……お茶目なジョークなのに結構なおびえ方ね。
なんでかしら。
「ま、いいや。こいつは倒していい奴だし」
「いやいや、敵は全部倒そうよ……何気にドロップアイテム美味しいし」
そう、ゴーレムは美味しいのだ。
味じゃなくて、素材の値段的な意味で。
基本ドロップは外装、魔道回路、壊れた魔核のどれかで核がレアドロ。
ただし正常に稼働している状態から心臓部にある核を引っこ抜くと魔核というそのまんまのネーミングなアイテムが手に入る。
多分技術者か、設計図のどちらかが手に入ればゴーレムを作ることもできるかもしれないわ。
やり方によっては自分の体をゴーレム化することもできるかもしれないし、パワーアーマーみたいな鎧も作れるかもしれない。
けどまぁ、それ以上に銀素材だからね。
手に入れたらお金に換算しやすいのよ。
「じゃあフィリア、いきまーす」
クラウチングスタートの姿勢でよーいどん。
ゴーレムの懐に飛び込んでジャンピングアッパーを股間にぶつける。
「ひぇっ……」
ゲリさんが前かがみになって怯えているけど気にしない。
そのまま飛んで顔面に拳を叩きこむ。
「かった……」
殴った手がしびれる。
ジンジンするし、手甲で守られていない腕なんかはピリピリする。
もしかしてこれ、全身ミスリルでできているのかしら。
あほの極みね……研究者なら浪漫がとか言い出すかもしれないけど、私はそういう浪漫は無視するタイプだから。
「うげっ」
ようやく動き出したゴーレムの動きは鈍い。
けれどその巨体のせいで威圧感が半端じゃない。
振り下ろされた剣を紙一重でよけようか迷いながらも、大きく飛びのいて躱したことで私は確信する。
こいつ、話では頑丈という部分しか焦点が当てられてなかったけど攻撃力もやばい。
私が本気の踏み込みでようやく壊せるかどうかの床をあっさりと砕いて見せた。
ただの一振りでだ。
その破片を叩き落しながらもう一本の剣を宙返りでよける。
そして剣の腹を殴りつけてバランスを崩させようとして、失敗した。
確かにバランスは崩れた、一瞬だけ。
その一瞬で姿勢を直して切りかかってきた。
今度こそ紙一重で避けるけれど、前髪が何本か切れる。
相当切れ味いいけれど、顔が痛くないからあれはミスリルじゃないみたいね。
「ならっ!」
狙うは指、その関節、そして剣を奪う!
両足を地面につけて、大きく踏み込む。
手のひらをこちらに向けてクイクイと挑発をしてみると、うれしいことに上段からの切り下ろしにシフトされた。
ふっ、この程度の挑発に乗るなんてね……。
そして最後に剣の半ばで私を両断しようとしたそれを、踏み込むことで持ち手の真下に入る。
「破っ!」
そして右手の指を一本、叩き折ってやった。
私の一撃じゃ威力が足りない。
なら、相手の攻撃速度も加算すればいいのだ。
装甲の弱い関節部に叩き込んだ腕、それによって壊れた指がプラプラと揺れている……んだけど、私もその関節に挟まってプラプラ揺れている。
「あるぇ?」
「フィリアさん……」
ゲリさんのあきれたような声が聞こえたけど無視、後で尻尾齧る。
「おらぁ!」
関節に挟まった左手はこの際捨てよう。
そう思い他の指も殴っていく。
1発でだめなら10発、100発と殴り続ける!
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!」
右手一本のラッシュ、ようやく剣を支えきれなくなったのか、その手から落とした金色の剣。
左腕を切り落として、剣を掴み腰に当てる。
かなり重い、けれど……やってできないこともない!
腕とドライアドの蔦で構えたそれを、こちらに切りかかってきた剣とぶつけ合う。
当然腕力で劣るこちらがはじかれるけれど、そのまま回転して首を狙う!
「……」
しかしそれは無言のまま佇むゴーレムの右腕に阻まれた。
くそう……あ、でも腕がひしゃげてる。
ならこのままガンガン行こうぜ!
「まだまだぁ!」
がむしゃらに剣を振る。
こんなんじゃそっちの道の師匠に怒られそうだけど、こんな武器の使い方教えてくれなかった師匠が悪い!
切り返すすきを与えることなく、何度も何度も剣を巨体にぶつける事数分。
ようやく外装が崩れ、右腕を切り落とし、頭部に剣を突き立て壁に固定することができた。
こうなれば後はやることは一つ。
大きく息を吸い、丹田に集中、全神経を集中させた一撃。
「直伝! 二の打ちいらず!」
天国の師匠、見ていますか?
あなたの拳は私達が立派に引き継いでいます……。
心臓部に突き立てられた右腕、しかし外装をいっさい壊すことなく……その威力だけがゴーレムの内部機構をずたずたにしていった。
そして背後に抜けた衝撃が、ゴーレムの背中をはじきとばす。
……勝った。
「ゲリさん勝ったよ!」
「お見事!」
「というかゲリさん、援護はどうしたの?」
「いや、あの速度に打ち込むの無理だから……」
何か言い訳を始めたゲリさんをドライアドの蔦で締め上げる。
「ゲリさんは男の人だよね?」
「え? はい」
「ならこういうの、好きでしょ?」
全身をくまなく探る蔦、まるで木製の触手である。
男の人の趣味はよくわかんないけど、昔付き合ってた人が隠してた本にこういうのがあった。
私の好みじゃないからそっとしておいたけど。
「ちょっ、なにを!」
「なにってそりゃもちろん……」
ちょっと色気を出して見せる。
なまめかしくというべきかしら、表情と声色を少し変えるだけでも男の人を誘惑するのは簡単だと先生が言っていた。
それを実践したところ、ゲリさんはゴクリと生唾を飲み込んでいる。
「お・し・お・き」
そう言ってゲリさんの顔に、私の顔を近づけて……通り越して尻尾を齧った。
「そんなことだと思ってたよ!」
ゲリさんの悲鳴がこだまする中、尻尾を引きちぎった私は悪くない。
……なんかイカゲソ食べてるみたいで美味しいわねこれ。




