エピローグ
「久しぶりの東京……随分様変わりしたわね」
2年ぶりに帰ってきた東京の姿は以前のそれとは別ものだった。
まるで逆浦島太郎、高層ビルとかが立ち並んでいるのは変わらないがその外見と、そして風景が大きく様変わりしていた。
耐震性が不安になるような形状の建物が乱立し、車が空を飛び、人が飛ぶ。
ファンタジーとSFを混ぜたような世界だがやはり懐かしい。
祥子さん主導の法整備と化けオン運営によるオーパーツともいえる技術の産物で東京という都市はその景観を大きく変えた。
結果としてかなり発展したのは間違いないのだが、群馬の秘境から帰ってきた私には少し騒々しい。
少しぶらぶらしながら公安に向かうかなと思い、駐屯地から出る。
AーP1君はボディとして使っていたヘリが大破する事3度、都度送られてきた新しいボディに乗り移っていたが最後は疲弊してネットの海でぐっすり眠っている。
あの樹海での冒険にヘリはさすがに厳しかったのだろう。
ゾンビが大量発生した時も空から支援してくれてたし無理をさせ過ぎた。
そういう私もだいぶ無理をしたからか、それとも歳のせいか白髪が生えてきた。
抜くと増えるというけれど本当だったなと思う。
一本の白髪を抜いた瞬間増殖するようにぞわっと白髪が生えてきたからね。
「あ、このお店懐かしいな」
いつぞやにお店の食材を食べつくして、無料券をもらったはいいけど次に行った時は店名が変わっていて使えなかった焼肉屋さんだ。
それなりに繁盛しているのか昼間だというのにお店からは喧騒が響いている。
そこからフラフラと街中を歩いて見れば出禁にされたお店がいくつも目に入った。
あの頃みたいな暴食はもうできない。
力の大半を失った結果か、食事量もかなり落ちてしまった。
ナイ神父撲滅作戦。
世にいう邪神や祟り神などをどうにか大人しくさせようという作戦の一つだったが、その過程で多くの代償を支払ってきた。
仲間も、友達も、家族との時間も。
それでもナイ神父を倒す事が出来た。
次のがリポップしてきた時は頭を抱えたけれど、なぜかそこから真なる邪神とか言うのが出てきて共闘して、世界の危機を両手の指じゃ足りないくらい倒してきた。
そして群馬という魔境が、誰でも自由に出入りできるようになってからは睡眠時間を削り法整備に勤めた。
今後あの神父は名を変え姿を変え、のらりくらりと余生を楽しむと言っていたけれどそれどれくらい長いのかな……。
なんにせよあの厄介者を子孫に託すというのは少し心苦しいけれど大丈夫だろう。
群馬にいても通信はできたから祥子さん達ともやり取りを続けていた。
辰兄さんのハーレムが増え過ぎて無人島をもう一つ開拓したとか、永久姉が結婚して子供が生まれたとか、縁ちゃんが正式に公安に就職すると同時に結婚したとか、刀君が双子の父になりデレデレだとか。
一会ちゃんや羽磨君もそれぞれ結婚したっていう報告を受けた。
お祝いに行かなきゃなぁ……さて、そろそろ覚悟を決めるか。
「伊皿木刹那、ただいま帰還しました」
そう言いながら公安の扉を開いた。
同時に鳴り響く破裂音。
クラッカーだった。
「おかえりなさい!」
「実験の続きをしたくてワクワクしていましたよ!」
「英雄の帰還だ!」
「あー、皆さんありがとう。ただ作戦自体はほぼ失敗よ。ナイ神父を完全に滅ぼすのは不可能って判明して、仕方なしに共闘してもっと危ない存在を潰してきただけなの。それに実験というけれど力の大半は失ってしまったから」
私の言葉に職員たちが静まり返る。
「せっかく用意してくれた御馳走なのに食欲も減ってしまったの。だからごめんね?」
謝りながらそそくさと祥子さんの所へ向かう。
今一番合いたい人の一人、最愛の奥さんだ。
「祥子さん」
「ん? あ、せっちゃん。久しぶり」
「お久しぶりです。随分東京の様子が変わりましたね」
「えぇ、化けオン運営の作った危険物だけどリミッターをかければ何とかなるってわかってね。それを利用して必要な整備を進めていったの。今じゃ各国でネオ東京なんて言われているわね」
「なんですかそれ」
苦笑しながら返すと祥子さんの視線が険しくなった。
「作戦の経緯も結果も聞いているわ。力の大半と食欲を失ったって聞いたけど?」
「そうですね。詳しく話すと長くなります」
「お茶でも淹れるわ。お茶菓子くらいなら平気でしょ?」
「はい、いただきます」
近くにあったソファーに腰を下ろす。
そして背もたれに寄りかかり大きくため息をついた。
あぁ、なんという贅沢だろうか。
ふかふかの椅子に座り、背もたれまであるなんて。
作戦中は切り株か石の上だったからなぁ。
「お待たせ。それでどんな状況かしら」
「まぁ、力といっても物理的な部分が弱くなったくらいですね。影移動みたいな技量に頼った物は相変わらずですが、以前みたいな無茶はできなくなりました。ビルを駆け上がるとか漫画みたいな真似は無理です」
「そう……本当に?」
そう言って祥子さんが指差したのは私の手元だった。
視線を向ければティーカップが消えて、膝の上に紅茶がかかっていた。
……あれぇ?
「私の見た限りだとティーカップはせっちゃんの握力に負けて粉々になったわよ? それ縁ちゃんでも壊すのにちょっと力入れなきゃいけないような代物なんだけど」
「えぇ?」
「うん、せっかくだから検査受けてきなさい。そうしているうちにお腹も減るでしょ」
「……はい」
とぼとぼと部屋を出ようとしたその時だった。
不意に柔らかい感触が背中から胸に。
「おかえりなさい。無事だと信じていたけれど、本当に大きな怪我もなく帰ってきてくれてうれしいわ」
「……ただいま、祥子さん」
「さ、いってらっしゃい」
数秒、たった数秒だがそんな僅かな時間で私の気力は回復した。
今ならナイ神父撲滅作戦RTAができるかもしれないくらいに。
そんな風に意気込んでいた結果……。
「二年前より大幅にパワーアップしてるわね」
「弱くなったはずなんですけどね……」
「仮説が一つあるんだけど……高負荷訓練って知ってる? 山とかの低酸素な環境とかでやる訓練」
「えぇ、自衛隊の訓練には何度か取材で参加させてもらったので」
「あれに近い現象が起こっていた可能性ってない? 例えば群馬がせっちゃんみたいな人間の範疇を超えた存在を封印しておくような場所だったとか」
「……確かに一度入ると出るのが大変というのは共通認識でしたけど、それを把握している人物が少ないので何とも」
「なんで出るのが大変なの?」
「それは底なし沼みたいに奥に吸い寄せられるからで……あれ? だとすると中心部はもっと人口が多くないと……」
「これも仮説だけど、外に出るには相当な力がないと無理なんじゃない? そんなところでナイ神父みたいなラスボスと連日連夜戦い続けたんでしょ」
「いえ、戦い自体は数日で終わりました。リポップするので隠居してもらう方面で話を進めていたんですが、世界を壊そうとする真なる邪神とか、世界の力を吸い取る悪魔とか、そういうやつらが押し寄せてきたので殲滅と懐柔に時間がかかって……」
もしかしてそういうのを封印していた土地だったのかな?
なんて思うけれど、正直なところ今更感が半端ない。
過ぎたことだし倒したし。
「それで今までにないパワーアップをしてきたと……ねぇ、正直に答えてほしいんだけど群馬では何を食べてた?」
「えっと、基本的には狩猟が基本でした。倒した悪魔とか邪神とか、あぁ人間は食べてないですけどゾンビは美味しかったです、キビヤックみたいで」
「……そう。このデータ見てくれる?」
差し出されたタブレットを見ると私の存在値が示されていた。
存在値とは物質的か非物質的かという数値であり近年制定されたもので、私や縁ちゃんのような人間は100%の数値が出る。
肉体を持って物質としてこの世界に足をつけているという証拠だ。
化け物の多くがこの存在値100%を基本としているが例外もいる。
例えば精霊やゴースト系は存在値0%だったりするし、祥子さんみたいに天使のような種族は50%とかになる。
半分は霊的な存在という事になるらしい。
そして私の存在値だが20%となっていた。
これは顕現した神様に近い数値であり、あの人達はだいたい25%~40%だったはず。
「えっと……」
「食欲無くなったの、人間辞めたからじゃない?」
「そんなバカな……」
「世界の統合、せっちゃんは生身であっちの世界に行ったから影響は少なかったという研究データが出ているのは知っているわよね」
「まぁ、はい」
なおその時に余らせていたアバターがマヨヒガちゃんことマキナちゃんのボディになっている。
中身が空っぽだからね、入りやすいんだ。
「これ、少なかっただけで皆無じゃないのよ。例えば暴食の悪魔が持っていたラーニング能力。もともとの人間性に近い部分は保持されていたの。今まで使う機会が無かっただけで」
「あー、そういえば統合後は化け物食べる機会ってなかったし倒した相手は軒並み格下で消滅することが多かったような……」
「ここにきて邪神とか悪魔とかラーニングしまくったんでしょうね」
「ってことは、私危険じゃないですか?」
「そうね、念入りに監視しなきゃいけないわね」
「……私達の愛の巣に他人を招くと?」
「先に他人を招いてハーレム作ったのはせっちゃんよ? 泥棒ネコを大量に拾ってきて……」
それを言われると目を背けるしかできない。
うん、まぁ、ハーレムと言ってるけど私がやり捨てされたりなんかも多かったからね。
今も家で帰りを待ってくれてるのは色欲の悪魔のリリエラと妲己くらいじゃないかな……。
「ともかく、これからはしっかりと監視をします。し、しかたないから私がみっちりとね!」
「え?」
「なに? 不満?」
「いえ、でも総理大臣自らそんなことを」
「あぁ、それなら満期だから。続投求める声も多いんだけど下地は作ったし、後継者も育てた。私は引退する頃合いだと思うのよ。それに家族を大切にしたいのもあるからね」
ニカッと笑って見せた祥子さんは初めて会った時……もう十年以上前になるだろうか。
その時に見せた心の底からの笑みを見せてくれた。
あぁ、私は恵まれているんだな。
こぼしたお茶の熱さに気づかないほど人間を辞めてもこの人が隣にいれば大丈夫だ。
「さ、原因が分かったならできる事も多いでしょ? 例えばほら、鬼の力を解放して存在値を上げるとかさ」
「それ迷惑になりません?」
「今更それを言う? いつも迷惑ばかりかけてるじゃない。今更一つや二つ増えたところで何も言わないわよ」
「はははっ、なら遠慮なく」
鬼の力を抑えていた封印を破り、角を生やして全身に刺青のような痣が走る。
同時にお腹が大きく鳴った。
あぁ、この空腹感も久しぶりだ。
「さ、みんなが用意したご飯食べに行きましょう? 流石のせっちゃんでも食べきれない量を用意してあるらしいから」
「食料と国庫の備蓄は十分ですか?」
「国が傾かない程度にお願いね?」
笑い合いながら、手を繋いで職員さん達の所へ向かった。
空気が沈んでいたけれどお腹が空いたと言った瞬間みんな歓喜の表情でアレコレ押し付けてきたけれど、どれもこれも美味しかった。
でも、ちょっと足りなかったかなという本音は隠しておいた。
パーティに水を差すのも申し訳ないし、みんな片付けに忙しそうだったから。
もとより多忙な中こうしてお祝いしてくれたのだから水を差すような真似はしたくない。
「ねぇ、実は食べ足りないでしょ」
「……バレました?」
「まぁね、これでも長年の付き合いがあるし、なによりお嫁さんだから」
「かないませんね」
「じゃあ、帰ってカレーでも作りましょう? みんなー、今日は家族水入らずで過ごすから私早退するねー」
「うーい」
「また腰言わせんでくださいよー」
「ごゆっくりー」
「ありがとー。さ、帰りましょ」
「いいんですか?」
「いいのよ。私の仕事はもうほとんど終わっているんだから。あとやることは頼光君達のお迎えとご飯を作ることくらい。だから今日は、ね?」
「わかりました。祥子さんはそういうの言い出したら聞きませんからね」
「あら、よくわかっているじゃない」
「これでも祥子さんの奥さんですから」
「ふふっ」
「へへっ」
改めて、この人と出会えてよかった。
色々あったけれどこの人と結婚できてよかった。
久しぶりにこの人のご飯を食べられる、その嬉しさだけで私はこれからも頑張れるだろう。
「さぁ、ご飯食べたら今後の家族計画について話し合いましょう? あの子達もせっちゃんの帰りを心配していたし、土産話もたくさんあるんでしょう?」
「はい! いくら語っても足りないくらい、いくら食べてもまだ食べたいくらいです!」
手を繋いで公安の建物を出ると同時に太陽光に照らされた。
あぁ、いいなぁ。
私はこの世界に産まれてきて幸せだった。
そしてこれからもっと幸せになれるだろう。
けど、その主役はもう私じゃない。
私達の子供が、子孫が、また新しい物語を紡いでくれるだろう。
中には悲劇もあるかもしれない。
喜劇だってあるかもしれない。
けれど私達の家族だ。
そのくらいどうにかして乗り越えてくれるだろう。
もう大人がでしゃばる時間は終わり、時代を子供に託す時間が来たんだな。
だから沢山話して、沢山教えて、そしてあとは自由に育ってほしい。
いつでも力を貸すけれど、過保護になりすぎないように。
だから、私の物語はこれでおしまい。
今後大きな事件があったとしても、その解決に駆り出されたとしてもそれは余談でしかないのだから。
さて、じゃあとりあえず帰ったらみんなに伝えよう。
子供でいられる時間は短いけれど、童心に戻ることは難しくないと。
主人公でいられる時間なんてあっという間に過ぎてしまうけれど幸せがあれば生きていけると。
私達の時計が止まるまで、その幸せを抱きしめて生きていこう。
でもまずは美味しいご飯を食べながらの団欒よね。
「祥子さん、ありがとうございます」
「何に対してのお礼かは知らないけれど、どういたしまして」
長い間ご愛読ありがとうございました。
これにて完全完結です。
竜頭蛇尾となったのは私の未熟故。
そのうちそれ行け円香ちゃんが始まります!(嘘のような本当の話だけどタイトルは違う)
木皿儀円香の子供時代に遊んだVRゲームの物語、伊皿木家と関わらない統合前の世界で行われる全く違うゲームの話です。
刹那さんのように人間を辞めるような事は無い……と思います。
さて、いつ公開できるかな?
あらためて長い間ありがとうございました。




