塔の住民
「おのれ魔の者め!ここまで来たか!」
「あーそれなんだけど、あなたたちはこの地下の実験? あれのこと知ってるの?」
「罪人のいきつく土地だ!」
なるほど、アレは刑罰なのか。
だとしたら死刑よりも重いように見えるけど……多分詳細は知らないんでしょうね。
「罪人のなれの果てが実験体、まぁまぁ酷いはなしよね。同情はしないけど」
実際もっと酷い環境を見たことがあるから何とも思わない。
まぁね、本当にヤバイ国になると罪人なんて使い捨てにできる実験体みたいな扱いというところもあったから。
危うくぬれぎぬ着せられて私もそうなる所だったけど、間一髪助かったのよね。
「実験体だと? あれは我らを大いなる頂に導くための試練だ!」
「罪人が試練って……まーた妙な思想にとらわれたタイプの人か」
勇者パーティといい、なんか妙な思想の持ち主が多いわね。
正直に言ってしまえば、シナリオ担当の精神が不安になってくるわ。
なんだろ、選民思想とは違う……ある種の被差別感情?
人間であることそのものに嫌悪しているような、しかもそこにあるのが人間という存在への嫌悪だけじゃなくて知的生命体全般への嫌悪に近い。
んー、人間であることも化け物であることも嫌だという感情かしら。
そしてそれを体験したかのように、自分たちの立場を不必要に低くするか高くするかといった感じに動いている。
随分とひねくれているわよね。
「それで、私を撃つの?」
「このまま地下へ戻るならば命だけは助けてやろう!」
「はっ」
思わず鼻で笑ってしまった。
命だけは助ける? あの地下にいる魔族は皆リスポンの呪いがかかっている。
それはつまり、死ぬことこそが解放という状態にもかかわらずそれを許されない状況に追いやられているということ。
なのに命は保証するなんて言われてもねぇ。
そもそもの話、私たちプレイヤーは死んでも生き返る。
そういうゲームだから。
「面白い冗談ありがとう。そしてさようなら」
本気の踏み込み、そして同時に先頭で銃を構えていた人の胸部を殴りつける。
寸勁、だったかしら。
中国で習った武術の一つで相手にいっさいの外傷を負わせることなく、しかし内臓をずたずたにする一撃。
二の打ちいらずなんて言われ方もしていたわね。
「こ、殺せ!」
方々から向けられる銃口、けれど遅い、そして少ない。
機銃の斉射を雨と例えるならば、これはそよ風で舞った木の葉だ。
避けるのも、叩き落すのも、そして打ち返すのも造作もない事。
自らが撃った弾をはじき返されてその身で受け止める者もいれば、仲間の撃った流れ弾にさらされる者、私の拳で沈むものと各々勝手に数を減らしていってくれた。
そして最後の一人、まだあどけなさを残す少年が震える手で、そして地面に水たまりを作りその上に尻もちをついた状態でこちらに銃口を向けていた。
「選びなさい、生き残るために逃げるか、それともここで死ぬか。ひとつ言っておくと死は救済よ。このあと私は塔を徹底的に叩き潰す。そして他の国々から塔へ進行してくる軍もいる。あなたは罪人として拷問を受けた末に死ぬでしょう」
そこで一度言葉を区切る。
少年の顔色がどんどん青く染まっていき、絶望したように自分の手に持っている銃や周囲でいまだにドロップアイテムへと変化することなく倒れている人々の屍を見つめている。
「死者呪転」
その死体たちがドロップアイテムとならなかった最大の理由、私の種族であるネクロマンサーが原因だ。
死者呪転の能力には一定時間、一定範囲内にいる自らの手で倒した相手をそのままの状態で保つことができる。
これはアクティブスキルで、自らの意志で発動しないと効果がない。
ちなみに自動的に発動するスキルのことはパッシブスキルなんて言う。
「さぁ、選びなさい。死を望むのであれば楽に殺してあげる」
「あ、あ……」
「3秒あげるわ、その間に銃をおろせばあなたは今だけ生き残れる。おろさないなら……」
少年への言葉に力を籠める。
1秒、少年は銃口をこちらに向けながらカタカタと震える。
2秒、銃口をおろした。
3秒、自ら銃口を咥えて足の指で引き金を引いた。
「……頭のいい子だったのね。私が直々に殺さないと、あるいは私の下僕が手を下さないとネクロマンサーの効果は発動しない。偶然かもしれないけれどね」
倒れた少年はそのまま光の粒子となり消えていった。
当然、ドロップアイテムはなし。
手に入れたのはそこそこの人数の下僕。
まぁまぁ悪くないでしょう。
とりあえず彼らに食料の在処をきいて、次の階を目指す。
階段を上った先で待ち受けていたのは、地下で聞いたゴーレムだった。
丸い頭、一つ目、ずんぐりむっくりな体型。
ともすれば可愛らしいともいえるフォルムだけど……うん、これは無理かもしれないわね。
今しがた手に入れた下僕を使って時間稼ぎすれば走り抜けることもできるかもしれないけれど、2度目はない。
彼らはリスポンしないわけだからもったいないのよね。
ここは一度引き上げてゲリさんと合流、外の人たちと連携をとってゴーレムの数を減らすか、内部に潜入する人を用意しましょう。
夜はゲーマーにとって本領を発揮できる時間。
なぜなら学校や会社から帰宅して、食事も風呂も済ませてあとは寝るだけという状態だ。
今なら人を招き入れやすいし、ちょうどいいというべきかゲーム内でも間もなく夜が来る。
ふふふ、今に見てなさい塔の黒幕たち。
ゲーマーを敵に回すと恐ろしいのよ?
あと私から冒険の際に手に入る食料の数々、それらとの出会いを奪った罪を償いなさい!
塔なんかに閉じ込めて、地下に叩き落として、挙句の果てに食料は既存の物ばかりとかふざけんな!
主人公の本音は最後の一文にあり。




