vs暗殺者
やっと回ってきた私の出番。
最低な試合を見せた辰兄さんに、善戦したけど搦め手に負けた刀君、暴走したとはいえ技を昇華させ勝利をもぎ取った一会ちゃん。
ここでお姉ちゃんが負けるわけにはいかないわよね。
と、思いながら上着を脱いでドームの中央に向かう。
「なんだ、女か」
「うわぁ、一言目から小物臭……あ、伊皿木刹那です。死なないように頑張ってね?」
「くそが……殺してやる」
「名乗りもできない小物がよく言うわねぇ」
「チッ、木皿儀祐樹だ。地獄で閻魔にこの名を伝えておけ。多少は覚えもいいだろう」
金髪の、チンピラみたいな男だけど殺気だけは本物。
たしかに強そうではあるんだけどなぁ……。
「残念だけどあの人からそんな名前聞いたことないから知らなーい。三流暗殺者風情が調子に乗ってもねぇ」
「殺す……」
わぁ、適当に挑発したんだけど効果覿面だわ。
びっくりするほど効いてて心配になるレベルだけど、ビーという試合開始の合図と共に彼が先手を取った。
速度も攻撃力も、独などの搦め手も含めて超一流と言っていい身のこなし。
さっきまでの試合がお遊びに……あ、いや、辰兄さんは遊んでたし刀君は弄ばれてたけど、本気の殺し合いに見える位には強い。
ただ、私の眼でも追えるくらいには遅い。
緩急をつけて狙いを定めにくくしているのはわかるけど、所詮それだけなのよね。
「はいそこ」
指先から軽くビームをぶっ放す。
それだけでチンピラが吹き飛び、壁に叩きつけられた……はずだった。
「はっ、甘いな」
突如背後に現れたチンピラに頸椎を刺される。
一瞬体の力が抜けたけれど問題なし。
まだ動ける。
むしろ傷を増やしてくれてありがとうってところかしら?
「ファンネル!」
うなじからあふれる血を全てファンネルに変える。
そしてチンピラをひたすら追いかけ、そして逃げ場を狭めて包囲完了だ。
このままビームを放てば終わりだろう。
そう思った瞬間、今度こそ間違いなくチンピラの姿が消えた。
私は知っている。
これは影移動だ。
となると次に出てくるのはやはり私の足元……。
そう思い影を凝視して警戒していたが、それは予想外の所に現れた。
祥子さんの背後、そしてその首筋に注射針を突き刺していた。
ビーという音と共に私の名前と、WINの文字が浮かび上がるが関係ない。
殺す、ただその一点を追求して拳を構えチンピラをぶん殴ろうとする。
残念ながら、再び影に潜られて拳は辰兄さんの顔面にめり込んだだけだったがそんな事はどうでもいい。
「祥子さん!」
「っ……!」
「無駄だ。今打ち込んだ毒はお前らでも簡単に死ぬような、木皿儀家秘伝の猛毒だ。むしろあれだけぶち込んだのにまだ生きてるのが不思議だぜ」
「お前……」
「おっと、怒るなよ? 俺の目的は最初からそこにいる総理大臣の姉ちゃんなんだ。勝敗なんざどうでもいいのさ」
プツリと、何かが切れる音がした気がした。
「辰兄さん。さっきのスライムで祥子さんの解毒は?」
「できるよ? ただ体内に入り込ませるから何が起こるかわからない。最悪の場合スライムが変質してもっと危ない事になるかもしれないけどどうする?」
「やって。何もしないよりまし。それに……あいつはぶち殺す」
「了解だ。こっちは僕に任せるといい」
笑顔で送り出してくれた辰兄さん。
兄妹皆も同じ様子で、特に縁ちゃんは不機嫌そうな顔をしている。
これなら大丈夫だろう。
少なくとも縁ちゃんが本気になった、その事実が全てを解決したと言っていた。
なら私がやることは一つだ。
「お前は殺す」
「おいおい、あんたの勝利だってのにまだやる気か? 別にいいけどな。なにせ暗殺対象にはてめぇも含まれてるからよぉ!」
影移動を使わず、歩法により接近してきたチンピラ。
さっきまで見せていたのは適当な、それこそお遊びのようなものだったのだろう。
格段に早く、その力量に至っては格が違うと言ってもいい。
避けられない、受け止められない、だけど問題ない。
「はっ、目玉頂き!」
「首、いただき」
右目に突き立てられたナイフから毒が侵入してくる。
眩暈、吐き気、動悸、手足の震え、他にも様々な症状が出ているが関係ない。
たしかに普通なら致命的だろう。
だが私は毒を食べて育ってきた。
今更、多少強いだけの毒なんか効かない。
油断した馬鹿は空中にいたからこそ簡単に捕まえられたし、その喉首を掴んで宙づりにできた。
「お前は死ぬぜぇ? 夫婦仲良くあの世でよろしくやってりゃいいんだよ!」
焦りも見せず、首を掴まれながらもケラケラと笑って見せる。
あぁ、こいつ死兵の類か。
たまにいる鉄砲玉というやつで、対象を殺したらあとは自分も証拠を残さないように死ぬというタイプの暗殺者だ。
なら普通に殺しても意味が無いだろう。
最大の恐怖、最悪の悪意を持って命乞いをさせてやろう。
「カフッ」
「お、ついに内臓にダメージが行ったか? そこまでくればもう時間はないぜ? カカカッ、さっさとおっちんじまいな!」
「勘違いするなよ? 私は自分で内臓を傷つけただけだ。お前の毒なんかとっくに分解している」
「はぁ? 強がり言ってんじゃねえよ」
「強がりかどうかは自分で確かめろ」
そう告げてから、全身から血を噴出させる。
ドームの地面を汚染していくそれを、意図的に操る。
今なら、それも自在に操れる気がした。
ただそれだけだが、できなくてもやる。
「パンデモニウム……」
咄嗟に名付けた技だが、ある意味では正鵠を射ているだろう。
汚染された地面は泥のように溶け、そして触れるもの全てを飲み込んで殺す猛毒に変化した。
底なし沼であり、毒沼でもある。
毒に対応していない私の靴が音を立てて溶けていくが気にしない。
「まずは地獄の一丁目だ」
チンピラを掴んだ右腕を自爆させる。
死なない程度に加減しているが、声帯が潰れたのだろう。
喉を抑えて毒に汚染された大地に落ちてしまった。
咄嗟に首を抑えながらこちらを見ているが、その頭を踏みつける。
毒沼の上で暴れているが関係ない。
「伊皿木刹那、あの世の神様にその名を告げれば覚えもいいかもしれないわ」
言われた言葉をそっくりそのまま返して、そして密度を上げる。
先ほどまではドームの地面全体を覆っていた毒沼。
それが一所に集まり、目の前のチンピラを飲み込んだ。
徐々に沈んでいき、最後に手を伸ばしてきたがそれを蹴り、沈めた。
今度こそ勝利だ。
だがそんな事はどうでもいい。
「祥子さん!」
「大丈夫。縁が血を分けてくれたからね。順調に回復しているよ」
辰兄さんの言葉通り、祥子さんの血色がよくなっている。
汗を舐めてみれば毒は体外に排出されつつ、ほとんど無毒化されているようだ。
せいぜいお腹を下す程度ですむだろう。
「はぁ……安心した。ありがとうね、縁ちゃん」
「ん、祥姉好き。だから死なせない」
「なんでもお礼するから言ってね? 私にできる範囲でって但し書きがつくけど」
「ん、考えておく」
そう言って祥子さんを膝枕しながら、縁ちゃんは少しずつ祥子さんに血を飲ませていた。
が、ここで問題が発生した。
「ただいまの試合ですが、両者反則によりDrawとなります! 選手以外への攻撃は禁止されているため、先に反則を犯した木皿儀祐樹選手の失格! それに続き失格で選手ではなくなった祐樹選手への攻撃により伊皿木刹那選手も失格です!」
……いや、正直どうでもいいんだけどね?
祥子さんの命の方が大切だから。
もし生き残ってもまたあいつに襲われたらたまったもんじゃないしね。
だからこそ、このタイミングでとどめを刺せたのはラッキーとしか言えない。
「おっと、忘れてた」
パンデモニウムの毒沼から血液を取り出し、そして上空で爆発させた。
汚い花火(物理)というやつで、この爆発によって飛び散った血煙は後々毒となって降り注ぐ。
それも調節できるんだけど、今回は転移の技を駆使してチンピラが送られたであろうあの世へ血煙を送っておいた。
死後も苦しむがよい……あ、巻き込んだ死者の皆さんはごめんね?




