試合開始前
なんだかんだで時が経つのも早い物で、歳を取ったなと思う今日この頃。
久しぶりに一家全員集合した伊皿木家は東京ドームにいた。
こう、野球選手が控えてる場所あるじゃない?
あそこでお茶とお菓子を片手に木皿儀家との試合開始を待っていたのである。
諸々ルールを決めたりして、メディアの手配とかしてたら半月なんてあっという間だった。
何ならもう少し時間欲しかったくらいで、最後の方は睡眠時間と食事時間削ってたから……食事量は増えたけど。
「で、私細かいルール聞いてないのよね」
「あれ、祥子さんにはその辺書類で提出してますよね」
「読んだけどよくわからなかったのよ。あと途中から記憶が無いんだけど……」
あー、そういえば呪いとか幽霊の使役がどうのとか書いた項目があったわね。
多分それを真面目に読もうとして、意識ふっ飛ばしながらもまともに仕事したという事なんでしょう。
祥子さんは意識を飛ばしても仕事は正確に、公正に行うのだ。
たまに行き過ぎた行為を目撃すると意識を取り戻したうえで怒りにより恐怖を超越した状態になるけど。
「えーとですね、詳しく説明すると長くなるのでかいつまんでですが」
そこから説明した内容は本当にざっくりしたものだった。
まず試合開始の合図と共に方法は問わないので戦闘開始、ただし公序良俗に反する行為は禁止で犯罪もNG。
主に辰兄さんのために作ったルールである。
あの人ナンパ勝負とか言い出しかねなかったから先んじて手を打っておいた。
勝敗はどちらかのギブアップか戦闘継続不可能、要するに意識を飛ばすか死亡して1分以内に起き上がらなかったら負けというルールだ。
まぁ、致命傷くらいじゃ止まらないから、私達もあの人達も。
それとルール違反と見なす行為は観客と、他選手。
つまりはここで見学している対戦相手以外の誰かに傷を負わせる、あるいはそれに準ずる行為と乱入。
まぁ、流れ弾もダメだけど、わざとデッドボールに当たりに行くのも反則だよってことで。
大まかにこの三つがルールだけど、戦闘方法は問わないという内容で幽霊の使役や呪いはOKと書いていたのがダメだったらしい。
統合後、子供が生まれてすぐは気力で耐える事も多かったけど最近子供達が破天荒になったからか、もう自分がしっかりしていなくても勝手に育ってくれると思ったのだろう。
もともと親からの愛情というのを知らない人だったし、放任主義な面があるため気が緩んだ結果か、反動で怖い物はパニックホラーでもダメになってしまった。
鮫映画で泡吹いて倒れたのは驚いたわ……。
あ、でも親としての愛情は持ち合わせているし、子供達の将来についてもちゃんと考えてるというのは本当。
祥子さんは自分に向けられなかった分の愛情を、放任しつつ当人の意志を尊重するという形で注いでいる。
具体的には習い事とか、通いたい学校とか、そういうのを聞くためにちゃんと家族の時間を作って話し合いなんかもしたりしているし、やりたいことがあるならやらせてあげている。
お小遣いはまだ早いかなという扱いだけど、月いくらまでという制限の中でゲームや本を買い与えることもしている。
約束事を守っていればいいお母さんなのだ。
なおその約束事を破った時は滅茶苦茶怖い。
怒った祥子さんは理詰めで叱ってきて、決して怒鳴ることはないのだがそれが怖い。
以前頼光君が心霊写真みせてその場を逃れたが、後日木に吊るされてた。
やる時はやる人なのだ。
「それで、とりあえず誰から行く?」
早く帰って家族との時間を楽しみたいなぁとか思ってたら一会ちゃんが声をかけてきた。
実はこの場で一番真面目なのは彼女である。
辰兄さんはスタンドを見渡して好みの相手を物色、永久姉は持ち込んだゲーム機を球場のモニターに繋いで観客と一緒にゲームしている。
刀君はお嫁さんに抱き着かれて……というかホールドされるような形でのしかかられて助けを求めるような視線を送ってきているけど無視。
羽磨君は連日連夜の疲れからかぐっすりお昼寝。
縁ちゃんもその隣でお昼寝中である。
お父さんたちはお弁当を広げて、終わった後の飲み会をどこでやるか端末を覗き込みながら語り合っていた。
「一会ちゃんがやる気なら最初でもいいけど」
「どうしようかしら……もう少し身体をほぐしたいのよね」
「んー、じゃあ二番目か三番目くらい?」
「そうね、最後の方になるとまたウォーミングアップの調節が大変だから」
「うーん、じゃあラストは縁ちゃんとして、六番手は羽磨君にしましょう。お疲れみたいだし少し休ませてあげたいから」
これは純粋にお姉ちゃんとして休んでほしいという意味合いからだ。
いや、最近マジでお疲れのようだったから。
市役所から公安、政治といろんな仕事掛け持ちしてたからね。
外交官なんかもやってたから本当にお疲れさまよ……。
「あとは永久姉だけど、5番目くらいでいい?」
「んー、いいよ。あ! 誰だ赤甲羅投げたやつ! 呪ってやろうか!」
……この人はなんでこう。
こんなだから結婚できないのよ。
「刀君は……」
ぎろりと睨んでくるお嫁さんこと橋姫さん。
うん、言わんとすることはわかるから睨まないでほしい。
「ご相談なんですが、二番目か一番目に出れば後の時間は二人でゆっくりできると思うんですよ。どうです? うちの正統後継者として最初にかっこいいところ見せるなり、あるいは負けたとしても怪我をして戻ってきたところを裏で介抱するお嫁さん。健気であの子の好みだと思いますよ」
ボソッと耳打ちするとスッと手を出して、サムズアップしてきた。
橋姫さん、嫉妬深いけどちょろいのよね。
「じゃあそういうことで一番手は刀君に……」
「いや、僕が行こう」
そう言って立ち上がったのは辰兄さんだった。
木皿儀家側を見ると向こうも順番が決まったらしく、背の低い男の子がナイフを弄んでいる。
……あかん。
「彼みたいなタイプは僕のお嫁さん達にいなかったからね。ちょっとお話してみたいんだ」
「殺されてこい糞兄貴」
「死ね、呪う」
「全身の骨折れればいいのに」
「勝っても負けても10回くらい殺すから」
そう言って起きている全員で辰兄さんの背中を叩いて、戦場に送り出した。
無事は祈ってないけど、祈る必要もない。
むしろ祈るのは相手の貞操の無事である……。




