木皿儀家のつかい
爆発音の正体は言うまでも無く木皿儀家の攻撃だった。
というか挨拶かな?
あの家は加減ってものを知らないから……。
「マキナちゃん、いる?」
「はいお母さん。ミサイルを迎撃しましたが搭乗者には逃げられました」
「ミサイルに搭乗者?」
「七人の男女がミサイルの上に乗ってましたので搭乗者というのが適切かと」
あぁなるほど、あわよくばこっちに被害与えつつ最速の方法で移動してきたんだな。
たしかにミサイルよりも早い移動手段って限られてるし、私もたまにやってたからわかるけど……。
「祥子さんがいるって言うのにミサイルぶっぱはさすがに見逃せないわね」
「同意よ、暗殺者だとか親戚筋の遺恨とかはどうでもいいけど祥子姉を巻き込むのは許さないわ」
「ん、護衛としても同意。祥姉好き」
私の言葉に一会ちゃんと縁ちゃんが青筋を立てて立ち上がった。
この二人は伊皿木家兄妹の中でも祥子さん好きだからね。
辰兄さんという例外を除いて、祥子さんラブな我が家。
態度こそ変えてないけどあの永久姉ですら大人しく従うし、刀君は奥様もろとも菩薩の如き懐の広さで懐柔した人外ほいほい。
辰兄さんはほら、性欲メインだから別枠。
純粋な愛情の私達と比べたら天と地ほどの差があるから。
「で、搭乗者はどこに?」
「既に玄関の外で……来ます!」
その言葉に身構える。
と、同時に鳴り響くチャイム音。
「……えぇ?」
拍子抜けしてしまった。
どんな攻撃をしてくるかと身構えてたのに普通にチャイム鳴らす?
もしかして罠?
とか考えていたら……。
「はーい、今出ますねー」
「あ、ちょっ」
こちらの事情にまだ疎いリリエラがすたすたと玄関に向かい、ガチャリと鍵を開けてしまった。
この子、悪魔なのに人の悪意に鈍感なところあるから。
この前もそれで訪問販売に引っかかりそうになってアリヤに止められてたわ。
……普通領主の娘の方が能天気で、悪魔の方が狡猾なんじゃないかなと思ったのは私だけじゃないはず。
「夜分遅くにすみません。木皿儀と申します。お宅の伊皿木刹那さん、一会さん、縁さんの親戚です」
こいつも平然と入って来るなよ……。
いや招き入れたのこっちだけどさ。
「あ、これお土産の如月饅頭です。最寄り駅にある工務店が作ってる特産品なのでよければ皆さんで」
「これはこれはご丁寧に。どうぞ中へ、今お茶淹れますね」
「いえいえおかまいなく」
とか言いながら普通に入ってきたのは身長2mほどの男性。
筋骨隆々と言った様子で、見た目から硬派。
いかにもな【優しい武闘家】といった雰囲気を醸し出している。
実のところ木皿儀家との縁は長く深いんだけど、その個々人までは知らない。
そもそも素性があやふやで、実在してはいるんだけどどれくらいの人数がいるのかわからないというのが本質。
なんか一部のゲームでリアル暗殺者じゃないのかって噂が流れた人がいたけど、そういう都市伝説レベルの人達なのよね。
だから親戚の私達もその内部構成までは知らない。
「あ、どうも。遅くに手荒い訪問となってしまった事をお詫びします。うちの長の命令で一刻も早くとのことで信管を抜くこともできず……」
「はぁ……」
「申し遅れました。木皿儀七死天の木皿儀省吾と申します。あ、七死天っていうのは長に認められた七人の最強暗殺者の事でして、木皿儀家の内部でも本家と分家があるんですがそう言った柵をはずれて強い人だけを集めたグループですね。とはいえ今の七死天はみんな本家筋なんですが、そのトップをやらせていただいてます」
「これはご丁寧に……えっと、伊皿木家の次女の刹那です」
「おぉ! あなたがこの混沌とした世界の原因の! 噂はかねがね。その過激な性格とそれに見合った実力の持ち主で木皿儀家からはどうにか婚姻を結べないかと画策していたのですが、まさか総理大臣とご結婚されるとは思ってもおらず。遅くなりましたがご結婚、並びに出産をお祝いさせてください。こちらご祝儀とお祝いの品々です」
どこから出したのか直立しそうな封筒と、数々の梱包された箱を取り出して並べていく省吾さん。
……なんだろう、常識人なんだけどそれが逆に怖い。
というか口数多い人だなおい。
「あのぉ、つかぬ事をお伺いしますが本日の来訪はこれが原因でしょうか」
ちらりとみせた黒い封筒。
十中八九そうなんだろうなとは思っているが、聞かないわけにはいかない。
「あぁ、長が勝手に送り付けたというそれですね。一応こちらも命令なので動くのですが、我々としましては今の立場を気に入っておりますので興味があるのは半数未満です。残りは純粋に戦いを楽しみたいという人でして、お恥ずかしながら自分もその手合いです。ただ七死天に限らずうちの者達は協調性に欠いておりますれば、ミサイルを迎撃されると同時にじゃんけんをして負けた自分がこちらへご挨拶に、他のもの達は観光に出てしまいました」
おいおい……観光って……。
それに戦いたいって暗殺者としてどうなの?
私の知る限り相手に悟られないようにというのが基本だと思うんだけど……。
それこそ爆破みたいな派手な方法でも成功すればそれは暗殺になるわけだし……。
「ということは話し合いの余地はないけれど、お互いに交流を持つことに不備はないと」
「そうですね。こちらとしても手荒な真似をするつもりは無く、安全な場所で適当に戦えれば十分です。無論うっかり相手を殺してしまっても恨みっこ無しというのが前提ですが」
とたんに省吾さんの視線が鋭くなる。
空気が重く張り詰め、まるで針のように全身を突き刺す鋭い物になった。
のだが……。
「まぁ殺せるものなら殺してみろって話になるわよねぇ。省吾さんでしたっけ。ご祝儀とお祝いの品はありがたく受け取らせてもらいます。その上でとりあえず下っ端には下がってもらいたいのですがいいですか?」
祥子さんが空気を霧散させるように問いかけた。
暖簾に腕押し、この人は修羅場慣れしすぎているのでこういう空気は日常茶飯事だったりする。
「これは総理、我々としてもそうしたいのですが監視役だそうでして……」
「じゃあ依頼します。伊皿木辰男を殺せたらその人達もまとめて伊皿木家と木皿儀家の御家騒動に関わっていいですよ。それこそ参戦して下克上を狙ったりしてもね。ただし周囲に被害を出さないという条件で」
「おや、いいのですか? 一国の長がそのような依頼を。それに相手は義理とはいえ兄ですよね。このことが表ざたになれば……」
「あ、問題ないです。伊皿木警報って言うのが日本にはありまして、伊皿木家七兄妹の行動地点はすべて監視されて接近するとアラートが鳴るようになってますから。特に危険なのがパターンTとパターンSです。パターン辰男とパターン刹那ですね。前者は貞操の危機で、後者は食糧難の可能性という事でうちも頭を抱えてますし、各国のお偉いさんは飛行機諸共落とそうとしたりしてたのでこのくらいは日常茶飯事です。というか私もそろそろ何か行動しないと諸外国から白い目で見られるようになるので、パフォーマンスだけでもしておかないといけないんですよ」
「パフォーマンスですか」
クスクスと笑う省吾さん、だが目が笑っていない。
「暗殺にいそしんで数百年、殺し殺されが基本だった本家暗殺者の木皿儀家への依頼がただのパフォーマンスで済むと?」
「あの伊皿木辰男を殺せるとでも?」
「ふっ……面白い。その挑戦受けましょう」
ぱちんと省吾さんが指を鳴らすと家の外にあった気配が消えた。
一般人に見せかけたものだったんだろうけど、剣呑なものだったから注意はしてたのよね。
流石にうちのセキュリティを超えられるほどじゃないし、乗り込んできても即座に制圧できただろうから無視してたけど。
うん、あの程度で辰兄さん殺せてるなら私達がとっくにやってるわ。
「ともあれ、細かい日程などはそちらで決めてくださって構いません。ただひと月以内に返答が無ければ……そうですね、まず手始めに総理の首をここに置くことになります」
再び空気が張り詰めた。
だが原因は省吾さんではなく、その発言に反応した一会ちゃんだった。
「わかりました。とりあえずこの場にいる年長者としてその意見を受け、明日にでも親元と頭首に伝えさせていただきます。あと一つ……いや、二つ忠告しておきますね」
「はい、どうぞ」
「一つ目は祥子さんは私よりも強いです。というより縁ちゃん……末の妹を除けば世界でも屈指の実力者です」
少なくとも伊皿木家の人間が本気で戦っても勝てるのは数人だろうか。
木皿儀家の実力は知らないけど、省吾さんクラスが出てきてようやく戦いになるレベルだろう。
伊達や酔狂で一国の長を務められるほどこの世界は甘くない。
迂闊な政策を口にした瞬間亜音速の石礫が飛んでくるのだ。
それをものともせず、必要なら旦那を肉盾にしてから固定砲台にしてビームぶっぱするくらいの図太さと、一瞬の間にそれをやってのけるだけの実力が無いと責任者という立場にはなれないのである。
「二つ目ですが……次に祥子さんを殺すと言ったら肉片すら残さずこの世から消し去るぞ筋肉だるま」
全力の殺気をぶつける。
たらりと、省吾さんの頬に汗が伝うのが見えた。
その背後でお茶を持ってきたリリエラが白目剥いて気絶しており、ついでに来客用の湯飲みは殺気の余波で割れてしまっている。
今ので死なないで冷や汗一つか……やっぱり本気で挑まなきゃいけない相手みたいね。
「肝に銘じましょう。とはいえこちらは卑怯卑劣が日常茶飯事、うっかり口にすることもあるかもしれませんし、血の気の多い者もいるでしょう。その際はご遠慮なく」
「……わかりました。では今日はこれくらいで」
そう言って立ち上がり出て行く省吾さんを見送る私達。
追いかけてここで決着をつけてもいいんだけど……それはそれで面倒なのよね。
刀君がいなくてよかったわ……あの子なら積極的にぶん殴りに行ってただろうから。
ま、私達が温厚でよかったわね!




