そんなだから……
天使騒動も汚職騒動も収まって数日。
祥子さんが退院してきた。
「おかえりなさーい!」
文字通り飛びついた私をそのまま抱き留めてくれる。
昔だったら避けられただろうに……少し感動する。
「ただいませっちゃん。それよりうちの様子はどう? 何か変りない?」
「あー、えっと、そのー」
「なにかあったのね」
にっこりとした笑みが今は怖い。
そう、今うちには妲己が来ているのだ。
そして何故か英雄さんも一緒にいる。
部屋はいくらでも作れるからいいんだけど……。
「第四夫人になる妲己じゃ。よろしくの正妻殿。それとこれが第五夫人の堕ちた英雄じゃ。名は知らんし当人も忘れておるようなのでシエルと名付けた。今後はよろしくしておくれやす」
「……せっちゃん?」
「ま、まだ何もしてません!」
「まだ?」
「……まだ、としか」
「ふーん?」
あ、これ死ぬな。
直感で理解した。
しかしそれ以上に堕ちた英雄さん改めシエルさんか……チラリと見ると文句はなさそうというか、文句はあるけど状況的にそれを受け入れるのもアリと言った様子。
目的のためなら手段は選ばない感じかな?
「妲己さんはともかく、シエルさんは何か思惑があるようだけどお聞きしてもいいかしら?」
「貴君らが神と崇める存在、その多くからその者の監視を命じられた故こちらに留まらせていただくこととなった。迷惑であれば屋根の上か庭先を貸していただけるだけでもありがたい」
「あぁ、せっちゃんの監視役……それがどうして夫人枠に?」
「死ぬまで見張って、死んでも引き取り手が見つかるまで監視していろという命を受けたので一番適した形がこれだと思った次第。不本意ではあるがこの身を使ってでも大人しくさせておくように言い聞かされている」
「あー、それなら大丈夫。いざとなったら私が搾り尽くすし、そうなったら数日は大人しくなるから。何か問題起こしたら私も一緒にしめるし、ちゃんと部屋も御飯も用意する。だからね……」
祥子さんが過去見たことのない表情でシエルさんを見ている。
「共闘しましょう。この子相手に私一人じゃ他の仕事が間に合わないの! とりあえず役職は伊皿木刹那監視官という事で、国からお給料も支払います。それから彼女に対するあらゆる攻撃を許可します」
あれぇ? 私の扱い、酷くない?
「あとはそうね……必要経費や道具も用意するからいつでも申請してね。明日は公安で手続きをしてもらうけれど、その際はせっちゃんも同行してもらうからお仕事としては支障も無いはず」
「御厚意、感謝する。生あるうちという制約はあるが、我が身命を貴女にささげよう」
膝をついて臣下として礼をするシエルさん。
……なんだろう、私何か悪いことしたかな。
彼女の前でやったのは……街中でのPKとか、殴り合いとか、旧来の仲間殲滅した事とか、自爆した事とか、あまり大した事してない気がするんだけど……。
「こういう、なんで自分が悪い事になっているんだろうって言う顔しているときは大体本気で理解していないから問い詰めるだけ無駄よ。とりあえずしばいておけばいいわ」
「承知した」
早速意気投合した2人、そして側頭部に突き刺さるナイフ。
なかなか痛い。
「あの、もうちょい加減を……」
血液がナイフを消化し、そして少し垂れたそれが地面に穴を穿つ。
「今回は慣れてもらうために何も言わなかったけど、無駄に血を流させるとこっちが苦労するから殴打の方がいいわよ。もっといいのは関節技」
「なるほど……」
「あー、もしもし? 伊皿木刹那が出血、小量なれど地面を侵食中につき対処を。うん、うちの前。よろしくねー」
これは対伊皿木家用の特殊チームへの呼びかけだろう。
いざという時私達のやらかしたアレコレに対処するチームらしい。
まぁ……最近はそんなに忙しくないみたいだからホワイトだよね?
「それで妲己さんは……どういったおつもりで?」
「ふむ、刹那とはそこそこの付き合いなのじゃがこやつは面白いやつでな。せっかくなので人の一生くらいならば共に歩んでもいいかと思ったのじゃよ」
「端的に」
「面白そうじゃから夫人として見守ろうと思ったのじゃ」
「部屋は庭に用意した犬小屋でいいですね」
たまにクリスちゃん経由で預かるティンダロス君のための犬小屋。
少々大きめで角がパテで埋められている。
「要人の情報などを手土産にしておる。これでも傾国の美女と呼ばれ、神と崇められたこともあり、更には豊穣の力もあるのじゃ。役に立つと思うえ?」
「ふむ……」
「それと刹那の御し方なら多少心得がある。こやつは美味い飯を作るが、儂は異世界の料理にも精通している。交渉材料にはならぬか?」
「今日から我が家の料理人としてお願いします」
「うむ、任されよ正妻殿」
なんだろう、この外堀から埋められたついでに私も埋められた感じ。
逃げ場がないとはこのことだけど……うん、役得という事にしておこう!




