暴君切開
それからは妲己の指示通りあっちこっちへ飛び回った。
影移動とかその辺駆使して滅茶苦茶迅速に動いたし、公安に頼んで人間のままだった方々の情報をも送ってもらったから割とスムーズだった。
「うむうむ、この調子ならば明方には終わりそうじゃのう」
「えぇ……徹夜はちょっと……流石に肌のダメージとかが蓄積するようになったのよ」
「世界の終焉と肌のダメージを同一視するのはお主くらいじゃろ。つべこべ言わんと次行くぞえ」
「はーい」
脱皮しても肌の痛みはなかなか治らないんだけどなぁ……。
そもそもの脱皮も結構きついからあまりやりたくないのよね。
ドール趣味の縁ちゃんが私の皮膚で人形作ったり、読書趣味の一会ちゃんが本の装丁に使ってお盆と年末のイベントで頒布しているらしいから。
中身はナイ神父からもらった本の写しだというからゾッとする。
「にしても、化け物みたいな見た目になるという割には普通ね」
「そうなる前に手を打てているという事じゃ。しかし……」
「どうしたの?」
「流石に因子が弱すぎる……それに少ない」
「弱くて少ない? ってことはどこかに大物がいる可能性があるってこと?」
「うむ、話が早くて助かるの。その通りじゃ。恐らくはとんでもない、それこそ単独で世界を滅ぼしてなお余りある力を持ったのがおってもおかしくない」
「まじかぁ……ん?」
ピクリと私の中の祥子さんセンサーに反応があった。
何か苦しそうにしているような、そんな感じだ。
普段は月の物の時とか、寝不足や胃痛で悩んでいる時くらいにしか反応しないのに……。
最近は妊娠中という事もあってそういう無茶や、無理な仕事は避けているはず。
だというのにこれは……。
そこまで考えて思い至った。
天使因子を持つ人間が大量に減った地球、個々の力が弱い天使達、そしてこのタイミングでの事件と祥子さんの妊娠。
もしかすると物凄く悪い方向に話が進んでいるのではないだろうかと。
「はっ!」
空間を引き裂いて公安への直通ワープを試みる。
影移動をと考えたが、あそこへの移動はそれなりに大変なのだ。
だからこその力業である。
「なにをしとる、そちらにはなにも……!?」
「ごめん妲己、それどころじゃないみたい」
祥子さんの執務室に飛び込んですぐに異変に気付いた。
濃厚な血の匂い、そして明確な殺意。
それがすぐそばに存在する。
「祥子さん!」
地面に突っ伏している祥子さんとSPの人達。
見たところ出血はSPの人だけだが、祥子さんのお腹が大きくなって苦しそうにしている。
まだ妊娠発覚して間もないのに……いや、そんな事よりもだ!
「せっ……ちゃ、ん……?」
「喋らないで! すぐになんとかします!」
「お腹の、子を……先に……助けてあ、げて……」
くぅ! 私の奥さんいい女すぎる!
じゃなくて……。
「わかりました。とりあえずこれを飲んでください。ゆっくりでいいから」
差し出したのは時間経過で体力と肉体の損傷を回復させる化けオン運営特製ポーションである。
生きていれば半身吹っ飛んでいようと生き延びさせられるし、欠損部位も治る優れものだ。
問題は傷の深さに応じて回復まで時間がかかるという点だけ。
続けざまに祥子さんのお腹に手を当てて彼女の痛覚を抑える。
私の手のひらから極細の糸をだして神経に接続し、痛みを抑えながら意識を奪う。
少しスプラッタな事をするからこの方がいい。
「はっ!」
あまりやりたくないことだが、最後に膨れたお腹を切り裂いて中から赤子を取り出す。
帝王切開というには乱暴な方法だが今はこれでいい。
腹の内側から肉と皮膚を破って飛び出して来ようと暴れていた我が子、それに対抗するならこれが一番だ。
「ようこそ私達の世界へ、我が子。まだ名前も考えてないけど、君の真意を問いたい」
取り上げた子を前に、祥子さんにエリクサーレベル99という運営特製の物体をぶちまける。
死体に触れさせなければ爽やかなミント味のものであり、かけてよし、飲んでよし、調理の具材に使ってヨシの優れものだ。
死体にかけるとゾンビになる程度には回復力があるアイテムで、お腹の傷もみるみる引いていく。
最初に使ったポーションで体力は回復していくだろう。
見えないところの傷や、魂の損傷についても同様だ。
魔力の消費はエリクサーで補った。
もう大丈夫だろう。
SPの人達には適当なポーションぶん投げておいたから生きていれば大丈夫。
さて、問題の我が子だが……。
「天上天下唯我独尊!」
「頭冷やせ」
産まれたばかりの我が子に、ついデスクに置かれていた麦茶をぶっかけてしまった私は悪くない。




