お久しぶり!
ふと身体に違和感を覚えたのはある日の夕暮だった。
いつも通り散歩をして、買い物を済ませてから帰路についた時の事。
ゾワリと嫌な気配に包まれ、身体が急に重くなったのだ。
敵意、そう理解すると同時に臨戦態勢に移る。
「久しいのぉ、魔の者フィリア」
「誰だ……」
拳を握り、攻撃に備える。
数秒……周囲の気配に気を配っているとそれは突然訪れた。
上空!
「はっ!」
渾身の一撃を見舞った。
間違いなく急所を破壊したはずの一撃、だというのにその巨体は嫌がるようなそぶりを見せただけでくるりと回転して地面に降り立った。
九尾の狐、まさしくそのままの姿。
「腕は訛っておらんようじゃのう。重畳重畳」
「何者だ……」
「おや、忘れたのかえ? あぁ、いや、この姿を見せるのは初めてじゃったのう。ちぃとまっておれ」
そう言うや狐はどんどん小さくなっていき、そして人間の姿になった。
狐の耳と九本の尾を残しながら。
「……あれ? 妲己?」
「然り。いやはや、もっと早く挨拶に来たかったのじゃがなかなか居場所を探り当てられなくてのう。それになんじゃあの家、近づけば問答無用で迎撃してきよる。何度か死にかけたぞ」
そこにいたのは化けオンで出会った妲己だった。
なるほど、英雄さんがこっちの世界に来ている以上彼女がいても何らおかしくない。
「いきなり攻撃してくるからびっくりしたじゃない……」
「それがこちらの流儀と聞いたのでな」
「誰よ、そんなこと言ったの……」
「小さくて黒い英雄じゃよ。お主相手にはこの手の挨拶をするべきと言われてのう」
「英雄さん……ちなみにこの身体が重いのは?」
「うむ、こちらの連中に聞いたが『でばふ』というやつじゃな。儂の能力の一つで相手の力を削ぐことができるのじゃ」
なるほど……思えば妲己のクエストは途中で放置していた気がする。
つまるところ本領発揮した彼女と戦うというのが最終試練だったんだろう。
多少力を抑えられたとはいえ、私の本気の一撃を受けてケラケラと笑っている彼女相手にアバターで勝てたかどうかは怪しい所だ。
……負けイベとは考えにくいから時間経過系のクエストだったのかな?
「して、今日来たのはほかでもない。お主に仕事を頼みたくての」
「仕事? それなら公安に」
「既に話は通してある。お主を模した英雄と、あの小さくて黒い英雄でな」
「あ、穢れた英雄もいるんだ……」
自分の2Pカラーが闊歩しているというのはちょっと妙な気分だけど、まぁいいか……いや、ゲーム内では黒髪黒目だったはずだからドッペルゲンガーか?
「ここではなんじゃ、茶でも飲みながら話を聞いてもらえるかの」
「しょうがないわね。うちに来て」
現在我が家は祥子さん不在、刹子ちゃんお泊りで取材、黒助君お仕事、頼光君は実家で修行中でリリエラとアリヤくらいしかいない。
一会ちゃんたちもお仕事が忙しいのだ。
家族揃ってというのは珍しいのである。
「それにしても、初手であんな攻撃してくるとか……」
「なにを言う。あの英雄を軽くあしらえるお主相手に手加減なぞ自殺と変わらぬわ」
「だとしてももうちょっと穏便に挨拶はできなかったの?」
「ふぅむ、ではお主が孫に囲まれ隠居生活を送るようになった頃にはそうしてやろう。縁側でくつろいでいるお主に飯を用意しに行く程度の事しかできぬがな」
「ははっ、それは嬉しいわね。でも正直何十年、何百年かかるかわからないわよ?」
私達の体細胞は変質と言っていいほど別物になっている。
子を成せるのが不思議なほどだが、何かしらの力によってそこは問題ない様だ。
まぁなんにせよ私達の寿命は延びて、十月十日で子供が生まれるという既存の方式も変わらないまま。
人口爆発の食糧問題なんかも懸念されたけどとある細胞を組み込んだ食品の流通と、コロニーの大量生産、また各種世界の統合により地球というか宇宙全体と惑星そのものが広がっているから問題ない様だ。
今の状態で既存の飛行機にのってブラジルまで行こうとすると一週間はかかる程度に地球も肥大化しているのである。
補給も考えれば半月くらいかかるのかな?
「数百程度、あの地で暇を持て余していた時間に比べれば些細なものよ」
「それもそっか」
「あぁ、とりあえず前情報だけ伝えておこうと思っておったのじゃ。今回の仕事の概要というやつじゃな」
「道端で話す事じゃないからお茶でも飲みながらってなったんじゃないの?」
「それは詳しく話すと、というやつじゃ。実際のところそこまで厄介な話でもないし、聞かれたところで困ることでも無し。儂と英雄2人、そしてお主で天使共を黙らせぬか?」
突拍子もない、しかしなんとなくだけど納得できる仕事内容を聞いて私はため息をつきながらコンビニのチキンを齧るのだった……。




