修行会だよ、弟子は大変だ
水曜日の更新は休むと言ったな。
あれは嘘だ。
「し、死ぬ……死んでしまいます……」
「そう言って訓練中に死んだ人はほとんどいないから大丈夫よ。はい、もう1セット」
「おにぃ……」
「うん、鬼の子孫」
アリヤとリリエラの訓練を始めて3日が経つ。
ちょうどいい感じの聖属性エリアができたのでそれを拠点にブートキャンプをしているのだ。
如何せん、雑魚相手ならば無双できる二人だがアリヤの場合は対個人特化、リリエラは力を抑えられずに周囲への被害が凄まじいことになるためそれぞれ特別メニューでの訓練中である。
「あの、お姉さま、これ、きつい、です!」
「そうね、あと3時間キープ」
「ひーん!」
アリヤは主に集団戦も可能にするため魔剣の取り扱いとその他諸々魔力とかの使い方を物理的にたたき込んでいる。
つまりは私が全力で魔剣を使うから見て覚えて、再現しなさいという事だ。
なおこれで山が一個吹っ飛んだが、まぁよしとしておく。
対してリリエラはカンフー映画でよくある水を入れたお茶碗を両肩両手足に乗せて、ついでに水ガメ握らせての空気椅子。
力を入れ過ぎて水ガメが割れたら1時間追加なのだが、既に5回割っている。
なおこの瓶、滅茶苦茶割れやすく作っているので最初の一個は手渡した瞬間握り潰してた。
昔取材先で習った素焼きのノウハウが役に立ったわ。
「はい、もう一本!」
「し、しぬぅ……!」
情けない掛け声と共に振り下ろされる魔剣、その一撃は私に向けられたものだが狭い範囲を魔剣の能力で剣先を転移させたものであり、更には拡大解釈による能力強化が行われている。
転移先の範囲だけを拡大して、手元の転移座標は小さくしてある。
つまるところ、少ない動作で大量の敵を切る方法なのだ。
これを応用すれば山一個を粉みじんにできるだけの威力があるが、アリヤの愚直な性格が剣に乗っているのかただの横なぎになっているのだ。
「うーん、こう、もっと縦横無尽にって感じで」
「脳みそが追い付かないです……」
「身体で覚えられるようになるまであと30セット」
「あぁあああああぁぁぁああぁあぁあ……」
絶望の表情で剣を振り続けるアリヤ、しかし相変わらず……どうしたものかしらねこれ。
少し悩んだけどとりあえず的は私のまま、リリエラに向き直る。
足元に転がる水ガメが8つ。
「はい、8時間追加。合計残り11時間だけどきりが悪いので12時間ね」
「ひぃいいいいぃぃ……」
ぽろぽろと涙を流すが、こちらも時間が無いからね……。
ちょっと急がなきゃいけない事情がある。
もうすぐ年末なのだ。
つまりもうすぐクリスマスなのだ。
先日不意に思い出した刀君のクリスマス除霊取材、その一件で計算するとそろそろ時期的には……となったことで早めの解決を模索しなければいけなくなった。
なぜって?
可愛い我が子達と祥子さん、みんなで一緒にすごすためよ!
大人になってから8歳と9歳と10歳と、12歳と13歳の時も待ってたなんて言われたくないからね。
私が生まれるはるか前のアニメの台詞らしいけれど、アメリカでは親権剥奪レベルの行為らしいし最近は日本もその辺厳しいから。
とくに祥子さんは今総理大臣の立場であり、国のお手本にならなきゃいけない。
なのに妻である私が家を仕事であけているというのは好ましい状況ではないのだ。
とはいえ、この調子ではクリスマスには帰れそうにないのも事実。
私が下手に明鏡止水で二人をパワーアップさせても本人たちのメンタルが持たないだろうし、たぶん強化中に発狂することになる。
なので今重要視しているのは「こっち側の人間を連れて帰った時、地球で最低限生き残れるだけの力をつける事」だ。
それ以外の問題は私が何とかすればいい。
というわけで剣で撫でられながら私も修行をする。
今までいろんな方法でビームを撃ってきたし、自爆もしてきた。
だがすべてが直線的か、あるいは私を中心とした範囲攻撃にすぎない。
故に編み出した新技の練習である。
まず血を手のひらから押し出して、それが巨大な水球になるまで続ける。
続けて空高く持ち上げたそれを目標地点上空まで移動させ、破裂させて雨のように降り注がせる。
どうにも私の血というのは猛毒に匹敵するらしく、これだけで血を浴びた相手は死ぬ。
遠距離からのマップ兵器というやつだ。
だがこれで終わらないのが私クオリティ!
地面にしみこんだ血を外周はビームで、内側は自爆でと使い分ける事で敵を逃がさず爆発の衝撃も逃さない完全抹殺空間を作り上げる事ができるようになったのだ。
なお考案は祥子さんである。
穏便に、指定範囲のみを焼き尽くす技とか作れないの? と聞かれてアレコレお酒を飲みながら考えたのだ。
名付けてうちの奥さんが考えた技強いしかっこいいし使い勝手がよすぎて祥子さんマジで愛してるスペシャル!
なお血液を大量に消費するのでお腹が減るという問題が残っているが、それはそれ。
最悪土を食べるなり霞を食べるなりすればなんとかなる。
これも祥子さん考案だ。
一度怒られた時ご飯抜きにされて、霞でも食べてなさいと言われ、そして思い至った。
明鏡止水とは仙人になるための第一歩という話をうずめさんに聞いたが、じゃあ霞というものを食べる事ができるんじゃないかと考えた私は世界を知った。
霞とは文字通りの意味でのものではなく、仙人がエネルギーを得るための氣のようなものだと。
それはそこかしこに溢れているが、エネルギー量の大小はある。
いずれ勝手に回復するエネルギーが漂っているのだ。
これを仙人は霞と呼び、日本ではそのエネルギーが多い所を龍脈と呼び、こっちの世界では大気魔力と呼ぶらしい。
なお味はしないので食べてもお腹が膨れるだけなのだ……。
「これで!」
「はいだめ、あと120セット」
「くたばれぇ!」
「も、もう指が……」
「12時間追加」
「死んでくださいお姉さま!」
うちの弟子たちはまだまだね、霞を食べて回復しながら眺めていよう。
アース・スターノベルさんにて口絵が完全公開!
から揚げにされ、スープにされたとかげが笑顔で自らの肉体を販売する姿をごらんあれ!
書籍限定の書下ろしです。




