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化け物になろうオンライン~暴食吸血姫の食レポ日記~  作者: 蒼井茜


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突撃お前が晩御飯(運営との挨拶)

 挨拶という事もあって久しぶりに袖に腕を通したスーツは気分を切り替えさせてくれた。

 数年ぶりに着るけれど体型は変わっていないのかすんなりとチャックも締まったし、苦しい感覚もない。

 よしよし、ジムの効果が出ているみたいね。

 それから指定された住所までスマホを頼りに歩いていくと、古ぼけたコンクリのビルがあった。

 私が言う事じゃないけど、まるで幽霊が出そうな場所ね。

 まぁ慣れているからいいけど。

 必要に応じてこういう廃墟みたいなところで寝ることも多かったから問題ない。

 ビルに入って入口にある電話を鳴らすとすぐに人が出てきた。


「ようこそ、伊皿木刹那さんですね。話は聞いております」


 丁寧に対応してくれたその人……なぜかガスマスクを装着している。

 そこら辺で買えるサバゲ用やコスプレグッズではない、本格的なものだ。

 昔使ったことがあるからわかる。


「はい、伊皿木です。国家公安の依頼でこちらにご挨拶させていただくべく」


「どうぞこちらへ、まずはウェルカムドリンクでも飲みながらお話を」


「喜んで!」


 ウェルカムドリンクと聞いて、この妙に暑い中えっちらおっちら歩いた分美味しいだろうなと思い喉がゴクリと音を鳴らした。

 そのまま通されたのは応接室、とは言い難いけれど一応はそういう風にしたのだろうと思える場所。

 長ソファーが二つ、テーブルが一つで調度品は何もない一室。

 ともすれば以前お世話になった警察の取調室を豪華にした感じにも見える。

 あの時は大変だったわ……。


「さぁ、どうぞ」


 そう言って差し出されたのは皿の上に乗った黒と茶色で構成された塊。

 異臭ともいうべきなにかを発しているそれを、私は見たことがあった。


「こ、これは……」


「どうしました? ウェルカムドリンクを喜んでといったのですから、どうぞ飲んでください」


 差し出されたのはキビヤック。

 グリーンランドやカナダ、アラスカで作られる伝統的な漬物の一つだ。

 海鳥をアザラシの中に詰め込んで地中に長期間埋めて作る、大変手間暇のかかるそれ。

 しかも漬物とは名ばかりで、残った尾羽を引きぬいて肛門から内臓をすする。

 肉も皮もそのまま食いちぎり、最後には頭蓋骨をかみ砕いて中の脳みそも食べるのだ。


「ほ、本当に……」


「おや? 臆しましたか? せっかく用意したのですがね、いらないというのであれば今回の話はご縁が無かったという事で」


「本当に頂いていいんですか!」


「え?」


「キビヤックは輸送が難しく、しかも作るにあたって手間暇がかかるくせに好む人が少ない! えぇ、主流だった当時では特定の栄養素を補給するのに必要不可欠だったものの現代では輸送技術の発展によって伝統的にしか作られない代物! しかもですよ! 地中に埋めたところで匂いが強いため野生の動物によって横取りされてしまう可能性が高い! それを避けるために埋めた土の上に石を積むけれどそれでも避けられるのは狐程度! つまりとても貴重なんです!」


「え、えぇ手に入れるのにはそれなりの労力がかかりましたが……」


「本当に! いただいてもいいんですね!」


「ど、どうぞ」


 ふ、ふふふ、久しぶりに食べるわぁ。

 ずるずると内臓をすすると独特の風味とのどごし、これがたまらない!

 皮も肉も、発酵の過程で風味付けがされているからそのままでもいける!

 脳みそはクリーミーでもう最高だ!


「はぁ……ごちそうさまでした。まさかこんなおもてなしを頂けるとは思いもよらず。ウェルカムドリンクという事なのでよくあるコーヒー程度かと思っていましたが御社を侮っておりました」


 これほど、私のためにしてくれる企業。

 多少性格に難があったとしても私はこの人たちを信じよう!


「……そうですか。ちなみにぶぶ漬けなどはいかがですか?」


「ほほう、キビヤックの後にお茶漬けですか。期待しても?」


「もちろんです」


 そういってスマホを取り出してどこかに連絡を取った男性。

 同じくガスマスクを装着……というか実験とかの際に使うような防護服まで着た人が3人。

 大きな炊飯器を持った人、大きなやかんを二つ持った人、そして段ボールを抱えた人が入ってきた。

 もうこの時点で私の期待は最高潮だ、あんなに大きな炊飯器があるとは!

 どこで買ったか教えてもらわなければ!


「さぁ、どうぞ。あなたのために用意したぶぶ漬けです」


 用意された段ボールを開くと、中には黄色と赤の模様が目立つ缶詰らしきものが……こ、これは!


「シュールストレミング!」


「驚きましたか?」


「はい! 世界最高に臭いと言われる缶詰、しかし定義的には内部で発酵を続けているため缶詰の定義から外れるという際物! しかもですよ、空輸すると気圧の関係で破裂するため海上輸送しか方法がないため1缶で5000円を超える高級品! 先ほどのキビヤックにつづきこんな素晴らしいものを……まってください? これ、賞味期限が半年前ですね」


「おや失礼、ですが食べられないわけではないですのでどうぞ?」


「あなたはわかっていらっしゃる! シュールストレミングのうま味が最高潮に達するのは賞味期限が切れて半年から一年の物! そのころになると缶が膨張して破裂寸前になりいずれ勝手に爆発する危険性もあるが、その分においや味も濃縮されている! 素晴らしい見識です!」


「え、えぇ?」


「そしてこちらのご飯ですが……」


 ぱかりと開いた炊飯器を覗くと中に入っていたのはつやつやのお米、少々行儀が悪いがしゃもじの先端に乗せて食べてみると芳醇な甘みが口の中に広がる。


「山形県産のコシヒカリ、福島産のひとめぼれ、それにミルキークイーンと……まさか幻のコメ天日干のブレンド⁉ なんという奥深い味……ふつうお米は複数の種類を混ぜ込むと味が落ちてしまいますが、これは配合率にこだわりを持っているのかどの味も殺していない! 風味すら豊かなまま、いやそれ以上に引き立てられていると言っても過言ではない! まさに職人芸です!」


「……うちの味覚エンジン担当が頑張った結果です」


「後程握手をさせていただけますでしょうか!」


「……手配しておきます」


 そして用意されたやかんから、新しく出してもらったカップに少量注いでみる。

 中身はコーヒーのように黒い液体、臆することなく飲む……はぁ。


「最後にこのお茶……この鼻腔をくすぐる香り、そして鮮烈な苦み……センブリ茶ですね! しかもかなり濃縮された味、長時間低温でコトコト煮続けたのでしょうか……だからこそコーヒーなどよりはるかに鋭い苦みの奥に甘味がある! いや味だけではない、色ももはやコーヒーとそん色ないそれになるまで煮詰めたことで味も香りも洗練され、更に奥深いものになっている! だというのに雑味をいっさい感じさせないことからわかるのは二つ、一つはこの茶葉が高級品でありごく少数しか取れない高鈴山産の天然の逸品であること! そしてもう一つはこのお茶を入れた人は食にとても詳しい……やはり味覚エンジン担当の方ですか?」


「そ、そうですが……」


「最高です! これだけの味を出せる方はほとんどいないでしょう! 素晴らしい芸術です!」


「よ、喜んでいただけたようで何より。それよりぶぶ漬けでもどうですか?」


 なんと! シュールストレミングにこの素晴らしいお米とセンブリ茶を使うというのか!

 私にはない発想だ……エレガント!


「では早速」


 まず用意された丼にご飯をよそい、シュールストレミングの缶を開ける。

 プシュッという音と共に中のガスと、液体が飛び散り最強と名高いその香りを漂わせる。

 なんともかぐわしい!

 それをご飯の上に乗せて、やかんからセンブリ茶を注ぐ。

 なんと背徳的であり、そして前衛的なのだろうか。

 素晴らしい……では……。


「いただきます!」


 両手をぱちんと合わせて箸をつける。


「こ、これは……」


「いかがです?」


「シュールストレミングの臭みがご飯の味を損なうのかと危惧していましたがセンブリ茶の持つ鮮烈な苦みが臭い消しとなり、しかしシュールストレミングの持つ塩辛さがその苦みそのものを中和……互いが互いの短所を打ち消し合い最後に残るはそれぞれのうま味! ご飯の味も損なわれることなく実に甘美! 素晴らしい! あなたは素晴らしい人だ! グゥレイトォ! エレガント! ブリリアント! インフィニットジャスティス! いや、どんな言葉を用いてもあなたを表すには足りない! 崇めてもいい組み合わせです!」


 そうか、こういう臭いの強い食べ物を食するためにこの建物はコンクリなんだ。

 この部屋には窓がなく、扉一つのみ。

 であれば、この部屋から臭いが漏れ出すことはほとんどない。

 だからこそ、存分に世界中の食べ物を研究できるという事だ!

 なんという……なんという真摯さなのだろうか。

 これほどまでに食に一生懸命な人が悪い人なわけがない!


「………………」


 ガスマスク越しに信じられないようなものを見ている目をしているのも、おそらく同感してくれる人が少なかったことの表れだろう。

 そこまで真剣に物事に取り組む人は少ない。

 ましてや、ビル一つを潰すつもりで使うというのは普通の企業では考えられないことだろう。

 ならば、この人たちは間違いなく他よりも一歩先へ進める。

 実際その成果が化けオンだ、ここまで真剣にやっているからこそあのゲームが生まれたのだろう。

 なんとも素晴らしい!


「ふぅ、ごちそうさまでした」


「……マジかよこの女、嫌がらせで用意したのに全部喰いやがった……」


「え? 何かおっしゃいました?」


「い、いえ。本日はご挨拶という事でしたので……簡単に弊社のパンフレットと公安に提出する必要がありそうな書類を纏めさせていただきました。こちらをお持ちいただければと思います」


 差し出された封筒を手に取り、中身を確認していく。

 パンフレットはいかにも手作りですと言った様子で、人員募集などをしていないのは見るからに明らかだ。

 だが用意された書類、これには計り知れない価値があると一目でわかった。

 役に立つ立たないは別として、動物の遺伝子改良計画。

 人間の持つ腕力を10倍に、またそれに合わせて骨や筋肉の頑強さも引き上げるための方法が記された書類なんかは軍や警察、消防などからは喉から手が出る程欲しいだろう。

 今後30年使えないとしても、国はこの書類をもとに徐々に人類進化を進めていく可能性もある。

 そんな人間に関わらない分野では瘦せた土地でも栄養を豊富に含んだ果実が取れるうえに成長に時間のかからない木や、味を極限まで高めた肉なども記されている。


 なんと……驚くべきことに科学的に火薬を新造できるような内容まで書かれている。

 これによると反動が数百倍に跳ね上がるもののハンドガンで5km先を狙撃できるような強力な火薬が作れるようだ。

 戦車に積み込めば大気圏を突破する砲撃も可能らしい。

 ただしその場合銃身や戦車、砲手が衝撃で爆散することになるため、それを防ぐ強化金属の生成法まで書かれている。

 他に目を引いたのは……幽霊を可視化する方法とか、神話の時代を生きた神々に会う方法というもの。

 うーん、あまりピンとこないわね。

 まぁ面白そうだから祥子さんが許してくれたらじっくり読んでみましょう。


「確認しました。本日はありがとうございました、もう満足です! 今日はこの書類を公安の知人に渡して、夜にはログインしますのでお世話になるかと」


「そうですか、銀の塔の攻略が始まっていましたね。頑張ってください」


「えぇ、本当にありがとうございました!」


 そう言って、元気に建物を出た私の前に現れたのは一台の車。

 中から出てきたのは目の下にクマを作った祥子さんだった。

 あ、握手忘れてた。

運営トップ「相手の土俵で勝負して追い返そう」

運営メンバー「相手の落ち度にすればいいよね、じゃあ準備する」

主人公登場

運営トップ「ひゃっはー、最初から右ストレートじゃ!」

主人公「ご褒美!」

運営トップ困惑のままラッシュを浴びせられて終了。


結論、無謀な戦いはやめましょう。

そして主人公は特別な訓練を受けていません、よい子は真似しないようにしましょう。

普通に腹と鼻と舌壊して終わりです。

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― 新着の感想 ―
人間性を捨て去った性格最悪科学者VS人間性を捨て去ったナチュラルボーンスーパーウーマン ファイッッッ!!!!
な、ナチュラルボーンクリーチャー……???
貞塚ナオvs桂木弥子みたいだな(笑)
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