異世界だよ刹那さん
「んー! 今日もいい天気!」
空から降ってくるコロニーは太陽を覆い隠し、今日も今日とて地球側に反発しようとする人達の健気な努力が眩しい。
いつも通りビームで蒸発させてから公安に足を運ぶとのんびりとした空気が漂っていた。
「あ、伊皿木さん。三根総理がお呼びですよ」
「ども、直々にお呼びという事は急ぎですかね」
「だと思います。ただご自宅で話さなかったという事はそこまででもないかもしれませんね」
「ほほう?」
たしかに今日は早めに家を出た祥子さん、地球に接近するコロニーを見つめながらアンニュイな表情を浮かべていたのは可愛らしかった。
けれどお仕事の話とかは特になく、いつも通りの日常だったとだけ言っておく。
「お呼びですか?」
「いらっしゃいせっちゃん、ごめんね書類仕事しながらのお話になっちゃうけど」
ぺったんぺったんとハンコを押しながら微妙に疲れた笑顔を向けてくれる。
その心遣いだけでも嬉しくなってしまうわ……。
「結論から言うけど、せっちゃんちょっと異世界に行ってきてもらえないかしら」
「出張ですか?」
「そうね、ちょっと長めの出張だと思うけど大丈夫?」
「私は平気ですけど……祥子さんは大丈夫ですか?」
「何の心配しているか知らないけど私は自制心あるから大丈夫」
それでは私に自制心がないみたいではないか……ないけどさ。
「頼光君と黒助君、刹子ちゃんのお世話の方は?」
「さすがに育休はとれないけど、それでも時間に余裕はできたから大丈夫よ。一会さんも手伝ってくれるしね」
「なるほど、ではすぐにでも行った方がいいですか? それとも準備が必要ですか?」
「すぐに。なるべく早い方がいいわ」
「……つまり、それだけ急ぎの仕事という事ですね?」
「えぇ、はっきり言って緊急事態よ。コロニーが降ってくるよりもやばいわ」
トントンと書類を整えてから次の山に手を伸ばす祥子さん。
彼女がここまで言うとはそれなりの問題なのだろう。
「異世界の神様、何十柱か面識あったわよね」
「ありますねぇ、たぶんそろそろ100超えます」
「で、軒並み弱かったのよね」
「そうですね、ゲリさんでも勝てたと思いますよ。相手によっては一会ちゃんでも余裕でしょう」
現在のパワーバランスだが、近接戦闘に限れば一会ちゃんの方に分があるけどドラゴンと精霊のポテンシャルを全開にすればゲリさんに軍配が上がる。
そんな状況である。
囲碁路哭さんとか三日月委員長と比べたらどっちもまだまだなんだけどね。
「異世界の神様が世界を作る時にこちらの娯楽作品をモチーフにすることはよくあるみたいなの。逆にこっちの娯楽作品を作る際に異世界をモチーフにする、いわゆる天啓みたいなのを受けることもあるんだけどね」
「あぁ、それは聞いたことあります」
辰兄さん72人のお嫁さんのうち一人、元異世界の女神さまから。
「で、今回統合前の情報を見て作られた世界があるのよ」
「……嫌な予感がしてきました」
私の勘は鈍い。
正直に言ってこの手の話題で相手が何を言おうとしているのか察するのは苦手分野で、いざとなったら腕っぷしでどうにかしてきたせいもある。
そんな私でもこの流れで「やばい世界が作られました」と聞いて思い浮かべる元ネタは一つである。
「化け物になろうオンライン、それを基にした世界よ」
「やっぱり……」
「しかも改変されているの」
「改変?」
「ステータス、ゲーム時代はマスクデータになっていたけれどアレを魔法的に再現して肉体のポテンシャルなどを空中に表示することが一般的にできるようになっているわ。もちろん持っているスキルや、初期ステータスから才能を読み解くことも難しくない」
「……それは相当まずくないですか?」
自分と相手の強さがある程度わかるというのは戦闘において大きなポテンシャルとなる。
少なくとも縁ちゃんみたいにころころ変化する人以外ならば、その数値は全ての指針になりえる。
更には才能の有無までわかるという事は、将来の夢なんてものが空想でしかなくなってしまう。
ゲームならば許されていた事象が、現実では洒落にならない問題になる。
だからこそ今の地球でもステータスなどを見ることができる道具は役所が厳重に管理しており、更にそのデータは第三者が簡単に閲覧できないようになっている。
もちろん当人の強い希望があれば見ることはできるが、才能方面はわからないように設定されている。
化けオン運営はその辺も見られる上位互換を作ったけど、将来を悲観する人がいるかもって言う理由でお蔵入りにして下位互換の物を現在も使用しているのだ。
まぁ、滅茶苦茶面倒くさい手続きをして、死ぬほどだるい検査を幾重にも受けて、職業相談員と役所の重役立ち合いのもと才能を見ることが許される場合もあるんだけどね。
多くの場合は犯罪者の社会復帰や、浮浪者、ニートなどのケアに使われる。
「そうね、実際大きな問題をいくつも抱えていたみたい」
「いた?」
「えぇ、過去形よ。こちらとあちらでは時間の流れが違うらしくてね、向こうの1000年がこちらの1時間よ」
「それで、私に何をしろと?」
「実地調査。調べられることはなんでも調べてちょうだい。相手の強さ、能力のあれこれ、一般人の戦闘能力、可能なら神様の情報も。そしていざとなったら現場判断での世界抹消も許可するわ」
「……本気ですか?」
「本気よ。言ったでしょう、コロニーが落ちてくるよりもやばいって。その世界は化けオンを基にしていた。統合の際に最初に地球に組み込まれたのが化けオンだった。近い波長を持つ世界は徐々にこちらに近づいているの」
「つまり……統合の可能性があると?」
「ほぼ確実に」
「その際にトラブルになりえる」
「えぇ、相手の力量にもよるけれどね」
「人命どころか世界そのものを抹消してもいいくらいには?」
「私達は手が届く範囲の相手しか救えないの」
「……わかりました。座標をください」
「いいえ、今回は万全を期して公安の施設で行ってもらうわ。荷物も準備してある、化けオン運営に頼んであちらでも目立たない装備を用意してあるから」
至れり尽くせりとはこのことか。
けどなぁ、あまり気の乗らないミッションだなぁ。
「あぁ、それと調査が終わるまでこっちに帰ってくるのは禁止。時間経過でどうなるかわからないから。正直せっちゃん一人送り込んだ結果世界の統合が早まる可能性だってあるんだから」
「うぅ……」
「私は寛容だから、ちょっと他の人に目移りするくらいなら許すわ。浮気はダメだけどね」
「吸血は浮気に入りますか?」
「ギリギリ食事と認めましょう」
「おっぱい揉むのは!」
「浮気です」
「頭を撫でるのは!」
「相手によります」
「ご飯を作ってあげるのは!」
「全面的に禁止します。いいから行ってきなさい!」
いつの間に覚えたのか、念動力で首根っこを掴まれて部屋から追い出されてしまった。
仕方ない、異世界転移エレベーターにつくまで秘書さんに荷物を用意してもらおう。
なんとなく新章でも初めて見ようかと思ってこうなりました。
一応続きます。
注釈
コロニーの落下について
日常的な光景だがどこの国に落ちようとも分裂した刹那さんが対処することになっている。
異世界エレベーター
各国公安が似たようなもの持っているが、日本は異世界エレベーターの他に違法所持されているトラックが複数存在する。
対象に衝突することで異世界へ飛ばすトラックだが、現状確保できたのは刹那さん関係のみである。
どこかの神父が関わっている可能性が示唆されている。
刹那分裂体
文字通り刹那さんの分裂した存在。
ある種のクローンかプラナリア。
戦闘能力に差はなく、意識を共有することもできるため某クローンネットワークみたいな状況に。
ただし繋ぎっぱなしにしていると相手が考えた言葉などがポロリと口から洩れる事もあるのであまり使わない。
デメリットなどは特にないが弱点が一つだけ存在する。
なお元に戻る時能力が乗算される形になるのでむしろ使わせすぎるとやばい。
最近はご飯だけでなくコンセントから電気を食べる事もできるようになったため食費はあまりかかっていない。
その代わり電気使用料金が偉い事になった。
異世界に本人が行く理由は「クローン配置し終わったらこいつ手元に置いておくの嫌だな」という理由から。
過剰戦力ともいう。




