それはド外道だよ刹那さん
「せっちゃん、朝だよ?」
「ん……ふぁ……」
あくびをしながら身を起こすと祥子さんがコーヒーを片手に立っていた。
あぁ、なんとすがすがしい事か。
平和な一日の始まりだ。
「はい、いつも通りのキリマンジャロブレンド」
「ありがとうございます」
「最近お疲れみたいだけど、少し休んだら?」
「それ、祥子さんが言いますか?」
総理大臣の座についてから休まる日などない彼女が言っていい言葉ではない。
連日連夜、大量の仕事に忙殺されかかっているのは知っているのだ。
そしてその書類のうち3割が私に対する苦情だという事も。
「まぁ確かにせっちゃん関連の苦情は多いけどね、でもそれも旦那様の補佐って考えたら苦じゃないかな」
「はははっ、朝から凄い口説き文句ですね」
「そうね、たまにはいいかなって」
「あんまり甘やかされると付け上がっちゃいますよ? 私」
「いいんじゃないの? それこそたまにはね」
ニカッと笑みを見せる彼女は、なんとも愛くるしい表情をしている。
だからだろうか、身体が自然に動いた。
コーヒーカップを机に置き、そっと頬に触れ……ぶん殴った。
「ごはぁ!」
「で、なんの真似かしらこれ」
「な、何するのよせっちゃん!」
「やかましい! 偽物が囀るな!」
「に、偽物なんて酷い!」
「まーだ続けるか……なら次は渾身の一撃を叩きこんで……」
全身全霊、二度とビームが撃てなくなってもいい覚悟で拳を固める。
全神経を集中させ、明鏡止水によって取り込んだ力を右手の拳に集める。
「ま、まった! 降参します! だからそれは勘弁してください!」
「認めるのね、自分が偽物だって」
「認めます! 認めますから!」
「じゃあ聞かせてもらおうかしら。なんでこんなことしたのかをね……」
ギリギリと拳を軋ませながら距離を詰める。
それに応じて偽物が後退るが、そこは既に壁際だ。
逃げ場はない。
「えっと……実は私色欲の悪魔でして」
「ほうほう」
「でもどっちかというと夢魔の性質が強いんですよ」
「ハーフってこと?」
「いえ、サキュバスです。夢魔でありながら悪魔でもあるという存在です」
なるほど、種族とかそういうのは疎いけどなんとなく理解した。
化けオンじゃ別の種族になってたけど、統一後の世界じゃそういう基準になっているところもあるのね。
「でもまだまだひよっこで……それで強くなりたいと思って人類最強と名高いあなたの力を貰いに来たんです!」
「誰がそんなことを……」
少なくとも私は人類最強などではない。
その称号がふさわしいのは縁ちゃんだ。
土俵を変えれば私よりも強い相手というのはいくらでもいるし、縁ちゃんに限らず私の兄妹はみんな特定の分野に限定すれば私よりも強い。
「えっと、この前の配信でそんなコメントがあったので」
「あれかぁ……」
そういえばお料理配信でゲリさん捕まえに行った時そんなコメントがあった気がする。
おかわり作るために明鏡止水で居場所特定して、影移動で背中に飛び乗ってエリクサーぶっかけて尻尾千切って、その帰り道にドラゴンなぎ倒して全部ミキサーにかけてた時だっけ。
「それで手っ取り早い方法を選んだんですが……なんで偽物ってわかったんですか? これが人間特有の愛のパワーってやつですか?」
「え? ただの解釈違い」
「え?」
「いい? 祥子さんはね、甘々で優しくて、辛辣でかっこよくて、何をしても可愛くなきゃいけないの。その点あなたのそれは都合のいい女ムーブすぎた。点数を付けられないくらいにはね」
「なるほど……」
「ついでに言うなら祥子さんは私の好みをちゃんと知っている。珈琲だってそう」
「え? 何か間違ってました?」
「あの人はね、最近コーヒーの隠し味に自分の血とトリカブトを混ぜて渡してくるのよ!」
遺伝子レベルの相性の良さという事か、私をマグカップ一つで満足させるにはそのくらいしないといけないらしい。
トリカブトは私がお願いして入れてもらっているが、血液は自主的にやってくれているのだ。
おかげで私専用のマグカップは他の人に使わせちゃいけないと言われている。
舌先がぴりっとして美味しいんだけどねぇ……。
「……調査不足でした」
「そうね、次からはもっと調べた方が……あー、いや、せっかくだから紹介しましょうか? 人類最強の一角」
「え!? 本当ですか!?」
「うん、ここに行きなさい」
端末に映した場所、更に住所まで詳しく記載して相手の写真を見せた。
まぁ……色欲の悪魔って言ってたから大丈夫でしょ。
「ありがとうございます! なんとお礼を言えばいいやら……」
「お礼はいらない。代わりにクレームも受け付けないからね」
「そんな! 文句なんて言いませんよ! それでは行ってきますね!」
そう言って窓から飛び出していった彼女を見送って、私の意識が暗転した。
「おはよ、せっちゃん」
「……祥子さん」
「今日はずいぶんとお寝坊さんね、早くしないと朝御飯もコーヒーも抜きよ?」
「今行きます!」
「そ、いい子いい子」
「えへへー」
やっぱり祥子さんはこうでなくちゃなぁ……。
しかしあの夢は解釈違いだったけど、あれはあれで可愛かった。
まぁ、所詮はそれだけなんだけどね。
あとは辰兄さんに任せればいいでしょ。
この後刹那さんのもとに兄から「嫁が増えた」との連絡が入ったのは言うまでもない。
やったねせっちゃん、家族が増えるよ!




