とあるエルフ達の人間嫌い《後編》
さてさて、影移動で日本に戻って真っ先に薬局へ。
花粉症のお薬を購入して、マヨヒガちゃんダンジョンの保管庫に収納。
ガンタイプと呼ばれる針無しの注射器が増えたことで、薬局でもその手の薬品が普通に買えるようになったのは僥倖、手間暇を考えて飲み薬が主流になったのも僥倖、問題になりかけた違法麻薬の蔓延は化け物化で阻止されたので結果オーライ。
それでも効力という点では錠剤よりも注射系の方が上なんだけどね。
錠剤は数日間飲み続けなきゃいけないから忘れたら面倒なのよ。
ともあれ花粉問題は解決、諸々を公安の人に説明して領収書渡して経費にしてもらう。
んで、運営と顔合わせ。
「てなわけで、お手軽に用意できて成長の早い苗木とか無いですか?」
「いくつかありますよ。公安からもらった遺伝子サンプルも使った物ですが、土壌を痛めず使えるものがいくつか」
「ほうほう」
案内された部屋はコンクリートで七方をふさがれた部屋、一面だけガラス張りのコンクリート箱というべきかしら。
そのど真ん中に、根っこが地上を這いまわっている樹木があった。
「あれはいわゆる魔力を糧にして成長する木なんですよ。土の上なら風で倒れる心配もないんですが、狭い環境で飼育するならこの形が一番かなと思いまして」
「風の影響受けないですからね」
「それもありますが、あまり大きくすると処分するのも大変でして」
「と、言いますと?」
「魔力で成長する、つまり一般的なミネラルとかそういう栄養素関係なく育つんです。だから土を痛める事もないんですが、妙な方向に進化して硬質化するようになっちゃったんですよ。有体に言えば滅茶苦茶頑丈」
「へぇ、どのくらいですか?」
「オリハルコンのノコギリでも切れませんでした。というか表皮を傷つけることもできずノコギリが丸裸になりました」
それは凄い……ん?
「炎は?」
「巨大化した実験体は富士山の火口ですくすく育ってます。日本でもトップクラスに魔力が集中する場所だったので今後も成長を続けるでしょうね」
「よく公安が許可しましたね……」
「滅茶苦茶怒られた、とだけ言っておきます」
無許可だったのか……。
「ただ副産物としてその木がある限り噴火を抑えられると思いますよ。旧世界の噴火は自然現象でしたが、今は魔力を膿として吐き出してるような状態だったので」
それは……割といいことしたのかもしれないわね。
「果実をつけるものもいくつかありますが持っていきますか?」
「できれば誰かついてきて、現地で講師をしてほしいですね」
「そうですねぇ……」
お、久しぶりの値踏み視線。
何を要求してくるかしら。
「お子さんの身体測定で手を打ちましょう」
「頼光君ちゃんのならいいですよ。刹子ちゃんはダメです」
「わかりました、いつ出発しますか?」
「準備ができ次第」
「では明日、同じ時間で」
よし、苗木もゲットだぜ!
じゃあ今は準備に集中して……とりあえずお薬は鞄に詰め込み、食料を買い足して影の中に収納。
疲れて帰ってきた祥子さんと甘い一夜……というには絞られとられまくった一晩だったけど、枯れないくらいに加減されながら運命の日を迎えた。
まず運営を拾って、そのままエルフの島へと移動する。
「はーい」
「来たか……まだ期限はあるぞ」
「善は急げと言いますからね。とりあえず花粉症を治すお薬処方します、彼が」
「どうもー、刹那さんに連れてこられた医者みたいなものです」
「その間に私は杉を駆除するので、集落から動かないでくださいね」
「いや、同行させてもらう。貴様がよからぬことをしないとも限らないからな」
「まぁいいですけど……見てて面白い物じゃないですよ?」
「どうだかな。妙な真似をしたら……」
「しませんよ」
どこまで疑り深いのか……まぁ過去のあれこれを聞く限り人間を信用してないから致し方なしか。
とりあえず近くにあった杉を掴んで引っこ抜く。
それを影を通してマヨヒガちゃんダンジョンに送る。
木材としては優秀そうだから再利用したいもの。
というか地下で生活してるマリッサさん達、元暗殺者達にお願いされたのよね。
使ってもいい木材が欲しいって。
しかし一本抜いただけでもわかるけど、大きい木ね……育つのに数十年、もしかしたら百年超えてたかもしれないわ。
それが島一杯となると骨が折れる。
という事で……。
「離れないでくださいね」
「何をする気だ」
「こうします」
魔法とは違う原理だけど、ナイ神父の運営する芸能事務所の人から教わった異能。
影を操るという物を使ってみる。
その人は本当に影を動かす事しかできなかったんだけどね、私は修練を重ねて影を巨大化させることもできるようになった、10分で。
で、更に修練つんで影移動の発展形として影の中に異空間作れるようになった、30分で。
更に更に修練を重ねて異空間から影移動もできるようになった、20分で。
合計1時間にも及ぶ特訓の結果私は強くなったのだ!
「な、なんだこれは!」
「おきになさらず」
「気にな……木が……」
「題して、シャドウイーター」
最近日本では即興で技名をつけるのが流行っている。
14歳マインドの持ち主が発症原、そこから子供心に火がついた人たちが遊びまくっているのだ。
「ふぅ、とりあえず木は除去できたので次にあれこれ植えていきますが」
「いやいやいやいや、なんだ今の!」
「悪意を持って使わなければ安全な移動手段の一つです」
「……悪意があったら?」
「そらのおとしものになるでしょう」
「………………」
なんか静かになったわね、まぁいいか。
「伊皿木さん」
「あ、運営の」
「随分早く終わりましたね、こちらも施術は終わってますが」
「じゃあ植林はじめますか?」
「えぇ、お願いします」
では再び影を広げる。
近くで見張ってたエルフの女剣士さんがびくっと怯えた様子を見せるが気にしない。
以前の私なら引きつった表情に良からぬ想いを抱いていたかもしれないが、今は祥子さん一筋なのだ。
嫁が可愛すぎて生きてるのが辛いぜ!
「名付けて、シャドウ……えーと……植林!」
思いつかなかったので影から直に苗木を引っ張り出して、地面に根っこの部分だけ植える。
そういえば動物がいないわね……。
「エルフって草食ですか?」
「え? あ、いや、肉を口にしなかったわけではないが、我らは栽培した作物や山菜を主食としていた……動物はだいぶ前に絶滅したので魚を食べる事が多かったな」
「じゃあ今度家畜送りますね」
「か、ちく? なんだそれは、燃やしていい土地の事か?」
「食べるために育てた動物の事ですよ。鶏とか猪みたいなのとか」
「それは助かるが……見返りに何を求める気だ」
「だから不可侵条約ですって。可能なら相互通商条約とかも欲しいですけど順を追ってですね」
「む……ならばこれらの木が育つのを見守りながら族長と話してみよう」
「あ、これすぐ育ちます。魔力を吸って成長するので、ですよね?」
「はい、ついでに言えば実をとり尽くしても魔力注げばまた実ります」
「その時の成長率は?」
「実が無ければ魔力はそっちに全て注がれるので木その物は大きくならないですね」
「食べ放題ね」
「ついでに実が宿す魔力は回復の効果があるので病気対策もばっちりです」
「至れり尽くせり!」
「でも最初の段階で育てすぎるとカッチカチになっちゃうんですよねぇ」
「それ以外は完璧ね」
「あー……伊皿木さんには辛い事実が一個だけあります」
「え?」
「これらの木は全てit遺伝子という物を使っています」
「あいてぃー?」
「はい、伊皿木辰男遺伝子。成長と増殖、回復力に重きを置いた遺伝子です。そしてそれらは精液から抽出されたので……」
「絶対食べたくないです」
「ですよねー。今it遺伝子無しで同じもの作れないか試してる所なので試食まではもう少しお待ちを」
「はーい。というわけで、エルフの皆さんで魔力を注ぎましょう! お手本は私がやります!」
「え?」
「え?」
「ん?」
運営さんとエルフのお姉さんが同時に目を見開いてこっちを見つめてきた。
なによ。
「あの、あれだけの事をしてまだ魔力が残っているのか?」
「教える役目って僕のお仕事じゃ……」
「ダメな例を最初に見せるのって大切だと思うんですよね」
「……自覚してる」
「魔力操作が下手くそなのは知っていますから。今後練習しようにも練習そのものを禁止されているのでうかつに使えないんですよ。ここいらでパーッと発散しておきたいので」
「そうですか……軌道エレベーターにならないといいなぁ」
「さすがにそこまではいきませんよ」
笑い飛ばしながら歩くことしばしば、エルフのお姉さんに案内されて辿り着いた集落は……まぁ普通の集落だった。
石造りの家が並んで、窓の代わりに木の板、中央に広場があるくらいで他には何もなし。
「あの広場に植えてもいいかしら」
取り出したるは残しておいた苗木、たしか林檎の改良品だったはず。
道中聞いた話ではこの木を作るために3人の女性が辰兄さんの毒牙にかかったとか……まだお嫁さん増やすつもりなのかしらね。
この前エイリアンの女性が増えてたし……金属生命体とどうやって子供作ったのかしら。
「さて、じゃあ……これが私の全力全開!」
若者の間で流行っている謎魔法陣を展開!
特に意味がないのでただの無駄だけどそれを通して魔力を注ぐことで成長を抑えるのだ!
「あ……終わったわこれ」
ボソッと運営さんが呟いた。
「やっべ」
私も口ずさむ。
思ったよりも木の成長が早い。
ギュンッと伸びたかと思えば雲を貫いて、更にその肥大化に巻き込まれて家屋が根に飲まれ、幹に私達が吹っ飛ばされた。
逆にふっ飛ばされなかったらもっと注ぎ込んでた。
まだ1割も使ってない魔力……でも今のでコツ覚えたわ。
「えー、注ぎ過ぎるとこうなるのでご注意ください。家屋や壊れた物はこちらで用意させていただきますので許してください本当になんでもしますから……」
土下座、まごう事なき土下座である。
が、相手はこちらを見て怯えている。
「なんだ今の魔力……」
「神に匹敵するのでは……」
「いや、それ以上だろ」
「踏んでほしい」
「木のてっぺんが見えねえ……」
エルフの皆さんは木を見上げる事に懸命になっている。
これ、頑丈なのよね……。
「ふん!」
一発、思いっきりぶん殴ってみるけど手が痺れた。
ぱらぱらと外皮が落ちただけで大したダメージでもなさそう。
これを折るのは少し手間ね……。
お?
「どっせい!」
空から降ってきた何かをキャッチしてみる。
抱えるくらいある何か、それを腰を落として掴んだ。
「林檎?」
やたらめったら大きい林檎だった。
抱えても手が回らない。
食べ応えはありそうだけど、辰兄さんの遺伝子が使われているとなると拒否反応の方が……。
「御神木だ……」
「聖樹だ……」
「なんと神々しい……」
……使われている遺伝子は一生秘密にしておきましょうか。
「じゃ、皆さんはちゃんと先生の言う事聞いて成長させてください。くれぐれも育てすぎないように」
「「「はい!」」」
エルフの皆さんがだいぶ心を開いてくれた様子。
なんか一部妙な視線も混ざってるけど敵意というより敬意に近いのかしら。
ま、無害なら放置でいいわね。
それから数時間後、島中の木を育てたエルフ達は疲れ果てた様子だったがいい汗かいたといわんばかりだった。
そして勇気ある者が落ちてきた林檎に齧りつき、凄まじい魔力回復だといい始めたことで林檎を使った宴会が始まったのである。
なお私は食べたくないので持ち込んだ食料を齧ってみていたのだった……さみしい。
そうして一晩島に泊めてもらったのだが、エルフは相互通商条約を結んでくれるといい始めた。
手始めに大量の果物を押し付けられそうになったが、国に帰って相談すると言って逃げた。
運営さんが果物だけでなく、と松の木なども用意したようで島の北側は高齢エルフ達の盆栽場になったらしい。
なおマツタケの菌も持ち込んだようで、美味しいマツタケがたくさんとれるそうだ。
こうしてエルフ達と仲良くなった私は「エルフ大使」の肩書を手に入れる事になったのである。
……彼らが栽培した果物は口にしてないけどね!
世間じゃ高級品だけどね!
美味しそうなのが恨めしい!
おのれ辰兄さん、今度ぶん殴る。
落ちてきた林檎について
大気圏より上から落ちてきた、つまりこの木を登れば理論上生身で宇宙に行ける!
そして落ちてきた実は刹那さんが踏ん張らなければいけないほど重かった。
威力を受け流さなければ島が消滅してた。




