アンジール……
絞り出した声は暗闇の中で木霊した。
「驚いた。まだ意識があるとは思ってなかったよ刹那。早速だけど死んでくれるかい?」
「お断りよ、それよりこっちで話しているの。邪魔をしないで」
結構体力使うのよこれ!
ハデスとノーデンスにぶつけると思っていたエネルギーを全力で放出しながら話しているような状態だもの。
例えるなら会話のために常にビーム撃ち続けなきゃいけないくらい大変。
【僕にできる事……できないこと……】
「そう、あなたならなにができる? そしてなにができない?」
【壊す事……できる。できないこと……沢山】
「そっかぁ、壊すのが得意なのね。そういう人知っているから今度紹介するわ」
【でも壊したくない……なのに……】
「あ、大丈夫。その人は壊したがりだけど、壊したくないものまで壊れちゃう人だったから力の抑え方は教えてくれるはずだから」
【ほんとう……?】
「えぇ、本当よ。だから少しだけ眠っていなさい。そうすればあなたは生きられる。私も生きられるし、ナイ神父をぶっとばして知り合いを紹介してあげられるわ」
【わかった。寝る】
「えぇ、おやすみ」
【おやすみなさい……お母さん】
……ん? 今聞き捨てならないこと言った気がする。
お母さん?
私をそう呼ぶのはマヨヒガちゃんくらいで……あ、今はマキナちゃんか。
あとマキナちゃんが意識与えたテセウス号。
それくらいしか想像できないんだけど……。
「ちょっと待って、なんでお母さんなの?」
【だって、僕の悪い部分を食べて産みなおしてくれたから】
「そんなことした?」
【うん。それにお姉ちゃんが教えてくれた。自分を育ててくれる人もお母さんだって】
「お姉ちゃん……?」
【来るよ】
真っ黒な人型、略して黒助君と呼ぶことにするけど彼がそう呟いた瞬間だった。
パキパキと音を立てて空間が割れた。
「お母さん!」
「せっちゃん!」
そこから現れたのはマキナちゃんと、祥子さんだった。
あぁ……奇麗な羽だなぁ。
まさに祥子さんは天使だ。
ふわふわとした羽が散って、とても幻想的で……いいなぁその羽。
私も欲しいなぁ……。
今度ルルイエさんに頼んでちょっと齧らせてもらおう。
私にもくれよってお願いしなきゃ。
「まったく! 無茶ばかりして!」
「本当ですよ! こっちで帳尻合わせている間にどれだけ大暴れしているんですか!」
すっごい怒られているけど、こればっかりは反論できない。
実際すごく暴れちゃったからなぁ……。
「どうにか世界は安定させられました。混乱は残っていますが、そこの歪みの影響はもう受けないでしょう」
そっか、じゃあ黒助君は実質無力化されたと考えていいんだ。
「公安が対処して日本国内は安定したわ。強いて言うなら総理がネカマだったという衝撃の事実が世界中に拡散されたことくらい。しかもイリーガルな方法でネカマになって、姫プレイしていたらしいから近々退任になると思うけどね」
……とんでもないスキャンダルが発生していた。
くっそぉ、記者の端くれとして真っ先に取材できなかったことが悔やまれる!
「他の国々も比較的安定しています。以前敵対した世界公安や、銀の黄昏と言った宗教団体などが主体となって騒動を抑えてくれています。戦争などもすべて一時休戦状態、今後どうなるかまではルートが多すぎて予想できませんが、ある人物の力を借りれば何とかなるでしょう」
「えぇ、そのある人物がピンチだからと聞いて連れてきてもらったんだけど……思ったより余裕そうね、せっちゃん?」
おっと、これは結構怒ってる奴だ。
でももう体力使い果たしちゃって声出すこともままならないのよね……。
「だから」
「えぇ、だから」
「行きますよ、お母さん」
「帰りましょう、せっちゃん」
差し伸べられた手を掴むだけの力が入らない。
けれど私の手を持ち上げてくれた人がいた。
【行ってらっしゃい、そして改めておやすみ、お母さん】
黒助君……ふわりと、三つの小さな手に触れたと思うと同時に意識は暗転した。
ザックスでまた遊べる……こんなにうれしい事はない。




